守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ。金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~

日埜和なこ

文字の大きさ
上 下
85 / 116
第八章 赤の魔女

8-9 時を進められた魔女

しおりを挟む
 エイミーの背中に刻まれた魔法陣の構造は、五段階になっていた。
 使われている言語はそれほど古くない。ざっと目を通すだけで、その内容をおおよそ把握できた。

わらわの知っている言葉と少し違うの」
「あぁ、そうか──」
 
 五百年前とは違うよなと言いそうになり、俺は口を噤んだ。
 エイミーはビオラが封印から解き放たれたという話を知っているようだが、暴食の魔女だということまで知っているとは限らない。それなら、あえて情報を与えてやることもないだろう。

「エイミーの魔力は、この魔法陣を動かすのに使われているようだな」
「そうじゃの。青の魔女では、五段階もの術式を常に動かすので精いっぱいじゃろう」
「体をめぐる魔力を回収、増幅、圧縮、蓄積をした後、放流を自動的に行うよう組まれているな」
「放流? あぁ、これは循環もさせておるのか。それで魔力が尽きないのじゃの。上手いこと組んでおる」

 感心するビオラは、蓄積を現す魔法陣を指さした。
 
「これから胸の石には繋がっておらんの」
「あぁ、蓄積場所は七つ……だいぶ分散しているな。頭部、眉間、喉、心臓、胃……これは腹部、子宮か?」
「東方の魔術に伝わるチャクラというやつかの?」
「いや……これは、無理やり魔法だ」

 気づきたくもない術式に気づいた俺は、肩越しに振り返ったエイミーの驚いた顔を見て寒気を感じた。
 エイミーは十四だと言った。だが、この魔法陣によって成長を速められている。何年で二十歳近い見た目になったのか。考えれば考えるほど、恐ろしい話だ。

「より多くの魔力を引き出すために、脳や内臓を活性化させている。その結果、人より早く成長しているんだろう」
「その通りです! はぁ、やっぱりラスさんは凄いです。見ただけで解けちゃうんですね」
「十四歳って言ってるのも……その体に合わせての年齢か?」
「それは本当です。先日十四になったばかりです」
「なら、この魔法陣を刻まれたのは、いくつの時だ?」
「十一を迎える前だったので、三年前くらいですね」

 つまり、三倍近い速さで成長していることになる。もう二十歳近い見た目ということは、このままでは老化する一方になるのか。

「エイミー、お前が時の魔法を調べているのは、その成長を遅らせるためか?」
「そうです。だって、このままじゃ、二十年後にはお婆ちゃんになっちゃいますから」
「……妾に近づいたのは、そういうことじゃったか」

 真剣な顔で魔法陣を睨んでいたビオラは眉間にシワを刻むと、そっとエイミーの肌に指を触れた。

「申し訳ないがの……妾もどうして幼女になったか、分からんのじゃ。その手掛かりを探しに亡国ネヴィルネーダを目指しておる」
「……そうでしたか」
「エイミーの場合、魔術が循環しておるのも問題じゃの」
「あぁ、外から別の魔法で干渉しても、一時しのぎにしかならないだろうな」

 長い睫毛まつげを揺らし、視線を下げたビオラは小さく頷いた。その直後だ。

「一時しのぎでも良いです!」

 エイミーはその豊かな胸を揺らして勢いよくこちらを振り返った。

「こ、これ、エイミー!」

 慌てたビオラは、ベッドのブランケットをエイミーに押し付けたが、期待に目を輝かせた彼女は半裸のまま俺に顔を近づけてきた。
 豊満な女の体に反応して赤くなるような初心うぶな十代ではないが、さすがに目のやり場には困るな。

「この魔法、一時的にでも遅らせられますか!?」
「今すぐは無理だが、やりようはあると思うぞ。お前の体を活性化させている七つの魔力を貯蓄する場所に干渉する仕組みを組んで──」

 そこまで言い、はたと気付いた。
 この魔法は永続的に続くよう肌に刻まれているが、外から干渉出来るように術式を組んでビオラにかければ、成長させることが可能なんじゃないか。

「ラスさん?」
「どうしたのじゃ?」
「あ、いや……とにかく、師匠を見つけて引っ張りだそう。あの人なら、何とかしてくれるだろう」

 師匠頼みになるのは少しばかりしゃくにも思うが、俺はビオラのことで手一杯だ。
 ちらりとビオラを見ると、ほっと安堵のため息をついていた。

「とりあえず、お前は服を着ろ。今の目的がネヴィルネーダ王城に変わりはない」
「あ、はい、そうでした!」

 脱いだシャツを拾い上げたエイミーはいそいそとそれに手を通した。小さなボタンに指をかけ、ふとビオラを見る。

「魔女さんの魔法は、外からの干渉なんですよね?」
「そうじゃ。まったく意味の分からぬ魔法陣が組まれておっての。それを解かねばならんのじゃ」
「外からの干渉なら、別の魔法で打ち消すことは無理なんですか? それこそ、私に使われている魔法で」

 小首を傾げたエイミーは、俺が考えていたことと同じようなことを口にした。
 目を見開いたビオラは俺を振り返る。

「俺も今、考えていた。やってみる価値はありそうだが……」

 問題は術式を組んだのがビオラの師マージョリー・ノエルテンペストだってことだろう。文献にも名が残っていない鬼才だ。外からの干渉を拒む仕組みを組んでいるかもしれない。それが悪い方向に干渉したらと考えると、俺にはそれを試す勇気はなかった。

「ふむ、面白そうじゃ。やってみるかの!」

 しかし、にやっと笑ったビオラは、エイミーに再び魔法陣を調べさせて欲しいと願った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希
キャラ文芸
 『とらわれの華は恋にひらく』の第三部、最終話です。  正体不明の敵『滅亡の魔物』に御乙神一族は追い詰められていき、とうとう半数にまで数を減らしてしまった。若き宗主、御乙神輝は生き残った者達を集め、最後の作戦を伝え準備に入る。  千早は明に、御乙神一族への恨みを捨て輝に協力してほしいと頼む。未来は莫大な力を持つ神刀・星覇の使い手である明の、心ひとつにかかっていると先代宗主・輝明も遺書に書き残していた。  けれど明は了承しない。けれど内心では、愛する母親を殺された恨みと、自分を親身になって育ててくれた御乙神一族の人々への親愛に板ばさみになり苦悩していた。  そして明は千早を突き放す。それは千早を大切に思うゆえの行動だったが、明に想いを寄せる千早は傷つく。  そんな二人の様子に気付き、輝はある決断を下す。理屈としては正しい行動だったが、輝にとっては、つらく苦しい決断だった。

婚約破棄騒動に巻き込まれたモブですが……

こうじ
ファンタジー
『あ、終わった……』王太子の取り巻きの1人であるシューラは人生が詰んだのを感じた。王太子と公爵令嬢の婚約破棄騒動に巻き込まれた結果、全てを失う事になってしまったシューラ、これは元貴族令息のやり直しの物語である。

ガダンの寛ぎお食事処

蒼緋 玲
キャラ文芸
********************************************** とある屋敷の料理人ガダンは、 元魔術師団の魔術師で現在は 使用人として働いている。 日々の生活の中で欠かせない 三大欲求の一つ『食欲』 時には住人の心に寄り添った食事 時には酒と共に彩りある肴を提供 時には美味しさを求めて自ら買い付けへ 時には住人同士のメニュー論争まで 国有数の料理人として名を馳せても過言では ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が 織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。 その先にある安らぎと癒しのひとときを ご提供致します。 今日も今日とて 食堂と厨房の間にあるカウンターで 肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。 ********************************************** 【一日5秒を私にください】 からの、ガダンのご飯物語です。 単独で読めますが原作を読んでいただけると、 登場キャラの人となりもわかって 味に深みが出るかもしれません(宣伝) 外部サイトにも投稿しています。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。

高杉晋作

春秋花壇
キャラ文芸
高杉晋作

鎮魂の絵師

霞花怜
キャラ文芸
絵師・栄松斎長喜は、蔦屋重三郎が営む耕書堂に居住する絵師だ。ある春の日に、斎藤十郎兵衛と名乗る男が連れてきた「喜乃」という名の少女とで出会う。五歳の娘とは思えぬ美貌を持ちながら、周囲の人間に異常な敵愾心を抱く喜乃に興味を引かれる。耕書堂に居住で丁稚を始めた喜乃に懐かれ、共に過ごすようになる。長喜の真似をして絵を描き始めた喜乃に、自分の師匠である鳥山石燕を紹介する長喜。石燕の暮らす吾柳庵には、二人の妖怪が居住し、石燕の世話をしていた。妖怪とも仲良くなり、石燕の指導の下、絵の才覚を現していく喜乃。「絵師にはしてやれねぇ」という蔦重の真意がわからぬまま、喜乃を見守り続ける。ある日、喜乃にずっとついて回る黒い影に気が付いて、嫌な予感を覚える長喜。どう考えても訳ありな身の上である喜乃を気に掛ける長喜に「深入りするな」と忠言する京伝。様々な人々に囲まれながらも、どこか独りぼっちな喜乃を長喜は放っておけなかった。娘を育てるような気持で喜乃に接する長喜だが、師匠の石燕もまた、孫に接するように喜乃に接する。そんなある日、石燕から「俺の似絵を描いてくれ」と頼まれる。長喜が書いた似絵は、魂を冥府に誘う道標になる。それを知る石燕からの依頼であった。 【カクヨム・小説家になろう・アルファポリスに同作品掲載中】 ※各話の最後に小噺を載せているのはアルファポリスさんだけです。(カクヨムは第1章だけ載ってますが需要ないのでやめました)

処理中です...