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森の泉
しおりを挟む街道を行く夜の道は、風に揺れる木々の他に動くものの気配は無い。今夜は獣たちも息をひそめているのか、フクロウの鳴き声すら聞こえてこなかった。
媚薬による体の疼きも、冷たい夜風に当たることで少しはマシになっている。
「このまま……ずっと一人であったら……」
人恋しいと思う気持ちは、ずいぶん昔に失った。
誰かを頼ることができるのは、頼ってもいいと言ってくれる人がいる人だけだと思う。辛くとも悲しくても、全て自分一人の力で乗り越えてこなければならなかった。
モーガンと契約した時、わずかな望みを抱いたが、それは彼を頼ってもいいという意味ではないことを早々に知った。
私は、望まれた時に望まれるだけの働きをして返すのだと。
誰からも必要ないと言われるよりはマシなのだと、今は思う。
「……ん?」
街道の向こうから、馬車の音と馬の蹄の音が近づいてくる。
こんな時間に早馬とは何かあったのだろうか。と思うと同時に門番たちの言葉を思い出した。遠回りではあるけれど、この街道は森の向こうの渓谷に繋がっている。魔物討伐に出た騎士団だろうか。
急ぎ、馬車の進行を遮らないよう、道端に寄った。
さほどせずに目の前を馬車が勢いよく通過していく。ちらりと見えた人影は、第一騎士団の騎士と魔法師たちだ。様子から怪我人が出のだろう。
魔物討伐ともなれば当然、治癒の術を持つ者が同行する。
第一ともなれば攻撃のみならず、防御の点でも一級の者たちだ。けれど魔力も体力の無限にあるわけではない。想定を超える敵と戦ったなら、撤退することもあり得る。
急ぐ彼らはおそらく、王都の神殿に向かったのだろう。そこならば怪我も呪いも癒すことができる。
遠く小さくなっていく馬車を見送りながら、私は息をついた。
もし今……私に魔力が残っていたなら、何等かの手助けができたかもしれない。
「いや……第一騎士団の方々を助けるなどおこがましい」
呟いて、私は街道を外れ森の中へと入っていった。
街道とはくらべものにならないほど細い道が、暗い森の奥へと伸びていく。新月の晩なら明りの魔法も要るが、満月にほど近い今夜はその必要もない。
遠くにやっと夜の鳥の声を聴きながら、ただ黙々と道を行く。
頭を空っぽにしていなければ、媚薬の疼きに動けなくなってしまう。こんな夜の森など誰も来ないと分かっていても、自分で自分を慰めるようなことはしたくなかった。
どれほど歩いただろう。
ずいぶん長くかかったような気もするけれど、まだ夜が明ける様子は無い。思うより時間は過ぎていないのかもしれない。
時々、波のように襲い掛かる熱と疼きに気を取られて、時間の感覚が無くなっている。
途中で何度か息をつきつつ、木の根に足を取られながらも、ようやく森の奥の泉までたどり着いた。
周囲に人の気配は無い。
獣も、魔物も無い。静かで穏やかな月夜だ。
私は外套を脱ぐと、薄いシャツを一枚羽織った姿で冷たい泉の中に入った。
体を包む清らかな水が、月の力と私の呪文で魔力となり体の奥にしみこんでいく。
わずかずつでも戻ってきた魔力を使い、媚薬の成分を少しでも浄化していく。それでも完全に熱と疼きが消えることは無く、自分で自分の体を抱くようにして息をついた。
「はぁ……」
いじられたい、かき回されたい。
それができないというのなら自分で自分を慰めたい。
……想像して、あまりに惨めで顔を横に振る。
涙があふれてくる。
「だれか……助けて……」
呟く自分に、心の中で声をかける。
大丈夫、大丈夫と。
何度も自分に言い聞かせる。
どれほど辛くても永遠に続くわけじゃない。
あの寒村で凍え死ぬと思った夜は何度もあった。けれど私は命を落とすことなく、今ここにいる。きっといつかこの辛さも終わるだろう。
それが、いつ、どのように訪れるのか……私には想像できないけれど……。
がさり、と音がした。
はっとして音の方に振り向く。
普段、何ものかが近づいてきたなら、それが獣だろうと魔物だろうと音がする前に気配を察する。一人で夜の森にいるならなおさらだ。
それなのに、油断していた。
「誰……」
木立の間から姿を現した――それは、第一騎士団の制服を着た、若い男だった。
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