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一人の夜
しおりを挟むかすかに、彼――モーガンの声が聞こえたような気がして目を覚ました。
体中、私自身と彼の精にみまれ、シーツが冷たく絡みついている。薄く瞼を開けると、服を着た彼が私を見下ろしていた。
「腹減ったら飯食ってくるわ。俺が帰った時すぐに眠れるように、ベッドを綺麗にしておけよ」
そう言い捨てて、彼は部屋を出て行った。
いつものこと。
私は返事を返す間もなく出て行った彼の後ろ姿を見つめてから、もう一度ゆっくりと瞼を閉じた。
しん……とした静けさが辺りをつつむ。
多分、時間はまだ深夜。夜明けには程遠い。
このまま眠ってしまいたいけれど、濡れたシーツが気持ち悪いしベッドを整えておかなければ、帰宅した彼に叱られてしまう。殴るなどの暴力を振るわれることは無いが、ずっと不機嫌な空気の中で過ごすのは耐え難い。
「んっ……」
意識が戻ると、また、体の中のうずきを感じ始めた。
三度、四度と彼の精を受けて嫌というほど快楽に溺れたというのに、まだ足りないと、媚薬が残る体が訴えている。まだ、もっと、ぼろぼろになるまで抱かれたい。
体の中をかき回してもらいたい。
「……いや、だ……」
心で思うことと体が望むことのバラバラで、どうしていいかわからなくなる。
嫌なら逃げればいいと思う言葉も浮かぶけれどそれはできない。
私は、彼と契約している。
運命を共にする両翼の翼として。
魔法をおびた契約書にサインをした時、私たちは離れられない存在になった。
私は騎士のすべてをサポートする魔法師として。
そして騎士は、私のすべてを守る。はずなのだけれど……どうしても守られているという気持ちにならない。
私が高望みしすぎているのだろうか。
彼に言わせれば眠る部屋とベッドがあり、衣服を与えられ食事を取ることができて、魔法の研究もできる魔法院の出入りも許可されるようになった。
魔力を補充する神殿に通うだけのお金は与えられていないけれど、町外れの森の奥には魔力の泉が湧いている。そこまでいけば、魔力を補うには十分だ。
崩れかけた小屋にうずくまって寒さに震えながら眠り、日に一度の食事を取るのが精いっぱいだった子供のころから比べれば、今の生活はとても恵まれている。
そう、私は……恵まれている。
「起きよう……」
疼く体をなだめながらベッドから起き上がった。
窓を開けて、まだ冷たい夜風を部屋に入れ、こもった匂いを押し流す。今からシーツを洗っていては彼が戻るまでに乾かない。体に残る魔力は少ないが浄化の魔法を使い、寝具を綺麗な状態に整えた。
体にこびりついている精と汗を冷たい水で洗い流し、一杯の水を口にして息をつく。
一通りのことを終えると、立っているのも辛いほど体力と魔力を使い切っていた。
「魔力を、補充……しないと」
何もしなくても、しっかり食事を取りゆっくりと眠れば、数日後には回復している。
けれどそれでは間に合わない。いつ、彼に次の魔物討伐依頼が来るかわからないのだし、また明日の夜も彼に抱かれることになるのだろう。そうすればまた、部屋や寝具を綺麗に保つ魔法を使わなくてはならない。
私は軽く外套をはおり部屋を出た。
もうすぐ満月になろうとする月が、夜の街を照らしている。
遠くの酒場からは大きな声が響いてくるものの、昼間はにぎわう通りを行く人の姿はない。そのまま歩きなれた石畳の道を行き、町を守る城壁の、今は閉ざされた門扉まで向かった。
この時刻、通常ならば人の行き来は許されない。国を護る騎士と魔法師以外は。
「セシル様」
「こんばんは」
「また、こんなお時間に森へ?」
いつものように門番が声をかける。
最初の頃、夜の森に行く私を門番たちは不審に思っていた。けれど少しずつ私の事情が知られると、いつも苦笑しつつ通してくれるようになった。
「騎士団には、先日の討伐金が入ったんじゃないんですか?」
暗に、パートナーからお金を受け取り、安全な神殿で魔力補充の聖水を貰わないのかと聞いてくる。私もいつものように苦笑しつつ、同じ言葉を返した。
「頂いたお金は、次の討伐の準備に充てたく思いますので。私は……森の泉で十分なのです」
「ですが、魔物がでているようですよ」
「ええ……昨日の昼、第一騎士団が森の向こうの渓谷に、討伐に出ていました」
もう一人の門番が教えてくれる。
国王直属の騎士団は、第一から第三まで。続く第四から第六騎士団は、名のある侯爵家の指揮のもとで働く。今年入団したモーガンは第六騎士団だ。功績を上げれば第五騎士団へと上がることができる。
門番が言う第一騎士団は、先日ご成人されたアシュクロフト公爵家のご子息が所属されているところではないだろうか。国の中でも先鋭中の中の先鋭。そのような方たちが出た討伐なら、町を出るのは控えた方がいいかもしれない。
でも……。
「第一騎士団の方々なら、きっと素晴らしい成果を上げていらっしゃることでしょう。むしろ安全かもしれません」
微笑みながら言う私に、門番たちは顔を見合わせる。
魔法師が城壁の外に出たいというならば、彼らに止めることはできない。
「少しですが、これで温かい飲み物でも買ってください」
何枚かのコインを手渡す。
これは守る騎士がいるにもかかわらず、一人で夜の森に出なければならない事情の、口止め料だ。受け取った門番たちはもう一度顔を見合わせてから、「お気をつけて」と言って、私を外に出してくれた。
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