【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第5章 この腕に帰るまで

161 呪い

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 小鬼ゴブリンが、鋭い牙を生やした豚の巨漢オークが、皮膚が崩れたゾンビのような魔物が、砂糖に群がる蟻のように押し寄せて来る。
 その全てを弾き、砕く、守りの魔法石。
 砕ける瞬間の衝撃は塞ぎきれないのか、空気の圧力となって、右から左からと叩かれる。天井から吊られた鎖と共に身体が踊る。

「あっ……ぅ、あ!」

 ギリ、と奥歯を噛んで睨み返す。
 ストルアンは軽く自分の顎を撫でながら、口の端を歪めて眺めている。

「まだまだ余裕がありそうですね。チャールズ、催淫の香も追加を。魔物たちも興奮して、より狂暴になるでしょうから」
「かしこまりました」

 二つ、三つ、と香炉を増やし、それぞれに火種と香の元を振りまいていく。
 紫煙が立ち上り、むっとするほどの甘い匂いが、俺のまわりまとわりついてきた。煙の流れから見て……おそらく風魔法を使い誘導している。
 匂いを嗅いだ魔物が咆哮ほうこうを上げた。

 血走った赤い目。
 ヨダレは滝のように流れ落ち、股間には体格に見合わないほど巨大なモノを猛らせている。皮膚を切り裂き、噛み付こうとするかのような姿に、指先一つ届かないと分かっていても背筋が凍る。
 これが……守りの石の魔力を使い切り、砕けるまで続く。

「くそっ! あ、ぁぁああ!」

 魅了の力で威圧し返す。
 一瞬、動きを止める物もいるが、完全に封じることはできない。
 守りの魔法石は相手からの攻撃を防ぐと同時に、俺の力も制限する。何より香の匂いに狂わされ、より狂暴化している相手に、魔力で捻じ込むには分が悪すぎた。

 更にこれ以上無理に魅了を使えば、魔法酔いの状態になって自分を追いつめてしまう。

 それでなくても香の影響で、身体の熱が制御できない。疼きはそのまま淫らな欲となって望みそうになる。おぞましい魔物のソレで、思いっきり、掻きまわしてくれ……と。

「は……ぁあ! う……ぁ」

 ストルアンが嗤う。

「さぁ、堕ちてくるといい。想像を超える快楽をあげますよ」
「い……や、だ……」
「抵抗しても無駄だというのに……」

 砕かれても、砕かれても、群がる魔物の数は減らない。
 ストルアンにとってこの程度の魔物を呼び寄せるなど、何でもないことだと分かる。俺の周りには砕け死んだ魔物が、魔法石の屑となって積もり始めていた。
 霞む視界で周囲を見渡す。

 小鬼ゴブリン豚の巨漢オーク、ゾンビや悪魔のような姿の魔物に、黒い狼や顔を見にくく歪ませた猿のような姿の物もまざり始める。
 その中に一瞬……見覚えのある魔物があった。
 赤く輝く瞳。驚くほど長い牙。離れていても分かる鋭い爪。
 そして破れて欠けた左耳を持つ黒いライオンのような――ベネルクの地下道や迷宮で、度々遭遇していた魔物だ。

 俺は視線だけを上げてストルアンを睨む。
 チキチキと、首元で輝く石が音を立てる。

 ストルアンの言うように、二度もさらわれるような情けない俺を、ヴァンは見限ったかもしれない。隣に立つのはいつも守られてばかりの俺より、共に戦うことのできるクリフォードの方がふさわしいとも思う。
 それでも。
 心の底では、ヴァンは絶対に俺を捨てない。裏切らないと信じている自分がいる。

 大切だと何度も、何度も、何度も言ってくれた。

 抱きしめて、口づけを落として、俺の願いを叶えてくれた。

 そんなヴァンが俺を探さないでいるというなら、それなりの理由がある。
 今は――今が夜中か夜明けかは分からなくても、大結界の再構築を優先しているはずだ。日々を大切に過ごす人たちの命を預かる仕事を、無責任なストルアンのように投げ出せるわけが無い。
 そのせいで重度の魔法酔いになって、動けないでいるのも想像できる。

 俺を探さないのではなく、探せないでいるだけだ。
 そう……俺は信じている。
 絶対に、信じる。

 ヴァンは俺を、大切にしてくれるのだと。


 
 俺の願いは……ただ、ヴァンのそばにいたい、それだけだ。
 ヴァンの腕の届く場所にいたい。
 ヴァンの熱と匂いを感じられる場所に……。
 ……ただそれだけだ。
 たとえヴァンの一番になれなかったとしても、そばにいることを許してくれるのなら、俺はヴァンのいる場所に帰る。自分の力で帰って見せる。



「あぁ……本当にしぶとい」

 ストルアンが俺の心の奥底を覗き込むようにして呟いた。

「アーヴァインがあなたを捨てたという私の言葉を、信じていないのですね」
「誰が……信じる、か……」
「事実、あなたはずっとこの場に囚われているじゃないですか」

 助けの気配も無い、とストルアンは嗤う。
 嗤っているが……その顔に、少しずつ焦りの色が浮かび始めているように、感じる。
 いつまでも俺が屈しないからか。それとも……守りの魔法石の魔力が、想像以上に膨大だったことに驚いているのか。

「皆を騙して、いた……大嘘つきの言葉……なんか、信じな……い」
「純真ですねぇ。まったく……あなたは私の、嗜虐心しぎゃくしんあおってくれる」

 ストルアンはは大きく一度、深呼吸をした。
 そして薄暗いホールに響き渡るように声をあげた。

「そう……では、呪いをかけましょう」

 両腕を広げ、素晴らしいアイデアだと言うように宣言する。
 俺は視線だけで睨み返す。
 いったい……次は、何をしでかそうというのか。

「これより先、あなた人の姿を人として見ることができない。言葉を聴き分けられない。見るもの全てが魔物の姿となり、言葉は魔物の呻きとなる。それも醜悪な。触れることすら魂が拒絶する姿に。一生涯……死ぬるときまで」

 横に立つ、チャールズが顔をひきつらせた。
 そして哀れみを含んだ瞳で俺の方を向く「……可哀想に」と口にする、その表情はストルアンと同じく、愉快でたまらないといっているようだった。

 ストルアンが呪文を唱える。
 視界が……徐々に、歪んでいく。

「解呪も限定させましょう。それで呪いはより強力になる。いかにあのアーヴァインといえでも、解くことは叶わない」
「素晴らしいです。いっそのこと解呪の方法は、アーヴァイン様にまつわるものがよろしいかと」

 慇懃いんぎんに礼をするチャールズに、ストルアンは頷いた。

「そうですね。では、情緒的ロマンチックに……としておきましょう。動けない奴があなたのもとに来るなどあり得ない。他の者に唇を奪われたなら、呪いは二度と解けない」

 ストルアンとチャールズの姿が、醜い魔物の姿に変っていく。

「……もし、あなたが信じるようにアーヴァインが現れたとしても……あなたには、その姿が彼とは分からない。数多あまたの魔物の中からどうやって見分けるか……見もの、ですね」

 言葉が、切れ切れとなって、代わりに意味をなさない魔物の呻きに似た、音に……変っていく。


「魔物にしか見えないアーヴァインのもとに、はたして……あなたは、居られるのでしょうか……」






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