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第5章 この腕に帰るまで
162 堕ちる
しおりを挟む身悶える。
まとわりつく香の匂いに身体の芯は熱を持って、消えるどころか内側をじりじりと焼いていく。叫び声を上げすぎて、喉も裂けそうなほどに渇いていた。
そう……渇く。
水よりも、白く濁った青臭い……あの、精を飲ませてくれと、喉の奥まで突いてくれて懇願しそうになって、頭を振る。それがだめなら、下から突き上げて腹を掻きまわしてくれと……この中を、意識が飛ぶほど弄ってくれと声を上げたくなる。
精神までもが、砕けそう……だ。
あれが何時間……いや、何日経ったのか分からない。
背筋を反らし、床を蹴り、ぎりぎり届く手首や腕に歯を立てて堪える。生理的な苦痛から涙が溢れて、乾いたはずの咥内から涎がしたたり落ち、床を濡らす。
「あぁ……ぁ、あ……!」
数え切れないほどの魔物は全て、弾かれ、砕かれ、石や砂になった。
守りの魔法石は耐えきったのだと……。
そう、思う思考が浮かんでは消える。
耐えきった……けれど、あと、どのぐらいまで耐え続けられる?
次に魔物をけしかけられたなら。
更に香を焚かれたなら……何日、何時間……いや、何分俺は、耐えられる……か。
「……ぅ、ぁあ、あ……ヴァ……ン」
助けなど要らないと言った。
俺よりも大切なものが、やらなければならないことがあるのだから、助けなんか要らない。自分の力で逃げ出してやる。負けない。
そう思い言い返したにもかかわらず、もう限界だと……思うこころが泥の底から湧く泡のように浮かび上がっていた。
ぱちん、と弾けて俺の意志を砕いていく。
薄暗い部屋の中で、夢と現実がまざりあっていく……。
夢。
廊下がある。
冷たい灰色のコンクリートの壁。青白い電灯。四角く切り取られたドア。
静かで誰もいない。このドアの向こうには誰も居ない。いや……黒い手がいくつも、俺を捕らえようと待ち構えている。
だから開けてはいけない。
そう思うのに、俺の手はドアノブを掴み、回し、開いてしまう。
その向こうの暗がりに足を踏み入れたら、二度とこちら側には帰って来られない。だから踏み出してはいけないと思う俺の背を、冷たい声が押していく。
――堕すタイミングを逃したのよ。
振り向くと、ミイラのように干からびた死体が立っていた。
喉の奥で「ひっ」と声が鳴って、俺は一歩、部屋の中に後ずさる。
――好きに、どでも行けばいい。あぁ……でも、アンタみたいな子に、居てもいいなんて言ってくれる人なんかいないわよね……里来。
腕を伸ばして、俺を捕まえようとする。
首を横に振りながら、俺は「やめて」とかすれた声を漏らした。
やめて、近づかないで。
――大人になったら、ウリもできる。だから置いてやってんのよ。分かってるの?
耳障りな嗤い声が聞こえた。
だってお前はいやらしい。男だろうが何だろうが、優しくしてくれるなら何でもいいんだ。喜んで身体を差し出す。尻を振るようないやらしい子だ。
耳を塞いで「違う!」と叫ぶ。
好きなんだ。
ヴァンが好きだから、身も心も渡したいと思った。
そばにいて、熱を感じて、抱きしめられたかっただけだ。出会ったあの夜のように。優しく抱きしめられたいと……。
「初めて……だったんだ……」
ずっとそばで、見守ってくれる。
誰にも傷つけさせない……と言ってくれたのは。
それなのに。
暗い部屋の中。
いや……真っ暗な、穴みたいな場所。
そこに落ちていく……落ちて、慌てて戻ろうとして戻れなくて……もがいている内に捕まえられた。どんどん引きずり落とされ。振り払えない。
幾つもの腕が伸びて来る。
服の隙間から入り込み、破き、取り去っていく。裸に剥いていく。
嫌だと……叫ぶ声が出ない。
身体の中に入り込んでくる。
恐怖と嫌悪感で、身体が痙攣していく。
あの夜のように……震えが、止まらない。
寒いわけじゃない。身体を犯していく闇の気配に、拒絶する心と身体がバラバラになりそうだ。それなのに、同時に感じる……恍惚とするような期待。
この闇に身をゆだねたなら、狂うほどの快楽が待っている。
暗闇の向こうから、ひたひたと、と歩いてくる魔物がいた。
干からびた皮膚。落ち窪んだ眼。口は耳まで裂け、赤い舌だけが虫のように濡れて光っている。肉塊の魔物のそばで一度立ち止まってから、近寄り、一歩離れた場所でじっと見つめる魔物。
本当に魔物なのか、呪いで魔物のように見える人間……なのか……わからない。
俺は……手首に繋がる鎖を、握りしめた。
「……ぁ」
黒ずんだ爪の指先が伸びて、すっと、俺の顎を……持ち上げた。
◇◇◇
「あぁ……やっと、堕ちた」
虚ろな黒い瞳が、僕を見上げる。
白くなめらかな肌は、涙と涎に汚れている。それでも、この美しさは損なわれていない。お披露目会で僕の膝を砕いた時と同じ、人を惹きつけてやまない人。
「リク様……チャールズです」
大声で笑い出したくなるのを堪えて、僕は言う。
「呪いのせいで、わかりませんか?」
「う……」
「あなたの目には、どんな姿に映っているのでしょう……さぞかし、醜い化け物の姿でしょうね。そんな醜い魔物に、あなたはこれから犯されるのです」
ふふふ……と喉を震わせた。
本当に、これほど美しい……しかもあのアーヴァイン様が手中の玉として慈しんだ人を、この僕がめちゃくちゃにする。想像するだけで興奮してくる。
お披露目会で倒れたかいもあるというものです。
「気づいていましたか? リク様の魅了がどの程度か見るために、僕はあえて無抵抗で魔力を浴びてみたんです。……とても、気持ちよかったですよ」
ぞくぞくした。
同時に、欲しいと思った。
この僕がどれほど魅了を振りまいても、アーヴァイン様は見向きもしなかった。そのアーヴァイン様の宝玉を、僕は手に入れたんだ。
身体の隅々まで堪能させてもらう。
催淫の香で、感度は正気を失うほど高くなっているのですから、存分に楽しめるはずです。
「……ぅ、あ」
「既に正気ではなかったですね」
ストルアン様に差し出す前に、味見くらいはいいでしょう。
まずはあなたの唇を奪い、解呪のチャンスを潰しておきましょう。
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