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第5章 この腕に帰るまで
160 手足となってもらう
しおりを挟む……よかった。
俺の為にこの国を捨てるようなことを、ヴァンはしなかった。
ヴァンは、ヴァンのやるべきことを優先した。
たくさんの命を守るために務めを果たす。その儀式の場に向かったんだ。
「ですから、助けは――」
「要らない」
そう、俺は口にして笑った。
「……助けは……要らない。俺のことを捨てたのなら……それでいい。そうする必要があったからだ。ヴァンには……やらなくてはならない大切な仕事がある」
ストルアンの瞳が細められる。
「国を守る……それと俺となんて……比べものになんか、ならない……」
手首に繋がった鎖を掴んで、両脚に力を入れ立ち上がった。
一人でも戦ってやる。
俺は――俺を嫌いで、利用しようとするような奴が相手なら、戦える。
「お前が今ここに居るということは……捨てたんだろ? アールネスト王国を」
ヴァンに並ぶほどの能力を持ちながら、こんな薄暗い場所で、たった一人の人間を捕らえて楽しんでいる。愉悦に浸っている。その違いだけで……分かる。
格が違う。
三大魔法使いなんて嘘だ。
ストルアンは、とんだ三流魔法使いだ。
「お前は、ヴァンの足元にも及ばない」
ストルアンの、細められた神経質そうな目元がつり上がった。
嫉妬と苛立ちと、簡単に言いなりにできると思っていた相手の思いもしない抵抗に、腹を立てているような顔。けれど俺は――。
「そんな奴に……負けない」
……負けない。
たとえこの場所で刺し違えて息絶えることになったとしても、俺の力を好きに使わせない。俺も最後まで戦って見せる。
ヴァンに……多くの人に守られて、今日まで生きて来たんだ。
だったら、ヴァンとこの国を大切にしている人たちのために、俺の命を使ってやる。
ストルアンが喉を鳴らして嗤った。
「……これはなかなか、潰しがいがある」
ストルアンの腕が横に伸び、空中を撫でまわすなのように指が踊った。
呪文。
ヴァンが口にしていたものとは系統が違うのか、聞き覚えの無い呪文が、ストルアンの醜く歪んだ口元から紡がれていく。
やがて薄暗い部屋の奥、暗がりの床が輝き……のそり、と黒い影が這い出してきた。魔物を呼び寄せたのか。
「もしも……」
ストルアンが種明かしでもするように、自慢げに言う。
「……アーヴァインが、あなたを聖地ヘイストンに連れて来ること無く、ベネルクの街に隠し置いているようなら、街を壊滅させてでも奪うつもりでいました。その為に多くの魔物を配置して、準備をしてきたのです」
俺は吊り上げられた手首に繋がる鎖を握りしめる。
「まぁ……それらの魔物は、あのゲイブとかいうギルドマスターに壊滅させられましたが、いいでしょう。あなたは手に入ったのですから」
まだだ。と俺は心の中で言い返す。
この首にヴァンが付けてくれた守りの魔法石がある限り、奴は指一本触ることができない。
ストルアンはまだ、本当の意味で俺を手に入れられていない。
ズズズ……と濡れた大きな布を引きずるような音がする。
男の隣に立っていたチャールズが、暗がりから近づいてくる気配に顔を引きつらせて、一歩離れた。
床を這うようにして来た物――。
こねた肉を寄せ集めたのような不気味な物が、俺を中心にして描かれている魔法円の外側、ぎりぎりの場所で止まる。
動きはタコのようだ。けれど肉塊から伸びたいくつもの腕に吸盤は無い。
そのかわり……先端には男性器でも模倣したような、不気味な形状になっていた。
「これが、ゲラウィルと呼ばれる魔物です。醜悪でしょう?」
数歩離れた場所に立つストルアンが、取って置きの玩具を自慢するように言った。
「不気味な触手を突き刺して、卵を産み付けていく。卵で膨れて歪んだ腹はそれは愉快ですよ。しかも孵っても直ぐには出てこない。宿主の魔力を餌に数日腹の中で暴れまわるのです。その快感は……催淫の香など比較にならないほどだと……」
くくく……と、喉の奥を鳴らした。
「止まらない絶頂の連続に、一日ともたず精神は壊れます。そうなればもはや、この魔物の責め苦無しでは生きられなくなる。一度味わったなら、産み落としたくないと思うほどだと……楽しみですね」
ちらり、と俺に視線を流した。
これから何が起こるのか、想像して俺は冷たい汗をにじませる。
「その首の守りの魔法石が砕けたなら、真っ先に卵を産み付けてあげますよ。それまではこの子たちに相手をさせましょう」
見覚えのある小鬼や、それの倍近い体格のオークが、緑がかった土気色の腕を伸ばしながら、俺を囲む魔法円の内側に入り込んで来た。
入り込んで俺に群がろうと、つかみ取ろうとする。
「――っう!」
そのわずかな距離で魔物の腕が吹き飛んだ。
のたうつ魔物を押しのけて、更に次の魔物が腕を伸ばす。
弾かれ、砕ける。
首の守りの魔法石がチキチキと音を鳴らしながら、俺を守り続ける。けれど……これが何時間も続いたなら……いつか石は、魔力を使い切る。
砕けるかも……しれない。
「この国は、平和になり過ぎました」
ストルアンが見世物を楽しむように言う。
「争いこそが人を進化させる。技術を発展させる。この世に平穏などというものは、あってはならないのですよ」
「何を、言って……」
「世界に戦乱の渦が吹き荒れる。すばらしいです、ね」
にちゃり、と嗤う顔は魔物のようだった。
「アーヴァインは既に立っているだけで精一杯の状態です。この私が六夜かけ、手ずから奴の力を削ぎ落としたのですから。大結界再構築は失敗する」
そして確信を込めた声で言う。
「結界の崩壊と共に、外界から兇悪な魔物が雪崩込む。数百年と続いたアールネスト王国の亡びの時です。すべての人は魔物の餌食となり……やがて魔法石となって、この私を楽しませる素材となる」
人を……この国の人を殺して、実験材料にすると……。
「本気で……言っているのか?」
「ええ、魔法石は迷宮からでなく、人から採ればいいのです」
その方が簡単でしょう? と、ストルアンは嗤う。
「あなたには、その大いなる計画の手足となってもらいます」
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