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第一章:聖女から冒険者へ

5.初めてのデート?①

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 私は朝からずっとそわそわとしていた。
 何故かと言うと『折角貿易の街にいるのだから、一緒に見て周らないか?』と、先日イザナから誘われたからだった。
 いつもイザナと行動を共にしているゼロは何か用事があるらしく、今日は朝早くから出掛けると聞かされていた。
 そうとなると私と一緒に街を回るのはイザナ一人になり、これはいわゆるデートではないだろうか。
 そんなことを考えただけで私の胸は高鳴り、顔が勝手に熱くなってきてしまう。
 私は自分の火照った頬に手を当てて、何度も『どうしよう』と呟いていた。

(ただ街を一緒に歩いて回るだけだけど、二人きりだし……これってデート、だよね?)

 イザナと二人で出掛けるのは初めてかもしれない。
 以前旅をしていた時、立ち寄った街で一緒に歩いたことはあるけど、あれはあくまでもついでに寄っただけだ。
 約束して、待ち合わせをして、一緒に出掛けるのは今回で初めてだと思う。
 だから楽しみで仕方が無かった。

 私は待ちきれない気持ちになり、まだ待ち合わせの時刻には随分早かったけど向かう事にした。

 
 ***


 街の中央にある噴水の前に着くと、多くの人々が行き交い賑やかな話声があちらこちらから聞こえてくる。
 周囲を見渡して見るが、さすがにまだイザナの姿は無かった。

(さすがに早すぎたかな……)

 約束の時間まではまだ大分あり、私は空の方に視線を向けた。
 見上げると、そこは雲一つない青空が広がっている。
 この国は南国の様に一年中暖かいが不快な暑さではない。
 それに、心地良い風が先程から頬に触れて気持ち良く感じていた。
 まさにデート日和とでも言うかのように外は晴天で、私の気持ちは高鳴っていく。
 
「あれ、ルナ?」
「……あ、イザナ」

 私が空を仰いでいると、突然聞きなれた声が近くから聞こえて来た。
 ハッとして声のする方向に視線を寄せると、そこには待ち人の姿があった。
 視界にイザナの姿が入った瞬間、急にドキドキして鼓動が速くなっていくのを感じる。

「約束の時間よりも早く来たつもりだったけど、待たせてしまったみたいだね」
「ううん、そんなことないよ! 私もさっき来たばかりだから!」

 私は誤魔化すように少し早口で答えていた。
 楽しみで早く来過ぎてしまったなんて知られたら恥ずかしい。

(どうしよう……、もう緊張してきた)

「今日のルナの格好、いつもと雰囲気が違うけど可愛いな。ルナはそういった可愛らしい服が好きなんだね」
「うん」

 私は服の事を褒められて、少し照れながら頷いた。 
 イザナは私に優しく微笑んでいてくれて、目が合うだけでも私は一々ドキドキしてしまう。
 きっと緊張し過ぎていて、過敏に反応してしまっているのかもしれない。

 今日の私の服装はと言うと、白地のオフショルダー型のふんわりとしたワンピースを身に付けていた。
 胸元にはアクセントになる空色のリボンが付けられていて、靴は少しヒールの高いものを選んだ。
 
 イザナから誘われた後、直ぐにお店に行き選んだものだ。
 以前購入した服はイザナと会う前に選んだものであり、完全に私の趣味に走った服装だった。
 だけど大人っぽい雰囲気のイザナと並ぶと、ただでさえ童顔なのに更に幼く見えてしまう。
 その為、今日は少し大人しい感じの服を選んでみたのだった。
 イザナがどんな反応を見せるのか直前まで不安だったが、可愛いと褒めて貰えてすごく嬉しかった。
 その気持ちが表情に溢れるように、私の顔は笑顔へと変わっていた。

「じゃあ、行こうか」
「うん!」

 その言葉に私は嬉しそうに答えた。

 私はイザナと並んで歩き出すと、顔を上げて彼の方へと視線を向けた。
 一緒に歩く時はいつも私のペースに合わせてくれる。
 イザナは私より五つ上の二十五歳。
 横顔もすごく綺麗だし、身長も高くて、どこから見ても大人っぽい雰囲気の容姿にしか映らない。
 こうやって並んで歩いていても、恐らく誰も夫婦だなんて思わないだろう。
 そんな事を考えいると、私は足元の段差に気付かず躓きそうになり、がくっと体が揺らいだ。

「……っ!?」
「大丈夫か?」

 私が体勢を崩し、よろけて転びそうになる寸前でイザナに抱き留められた。
 突然イザナに抱きしめられるような格好になり、私は見る見るうちに耳まで真っ赤に染まっていってしまう。

(わあああ……!!)

「ご、ごめんなさい……」

 私が慌てて離れようとすると、突然イザナは手を握って来たので、驚いて彼の方へと視線を向けた。

「ルナは前を見て歩かないこと、結構あるよな。また転びそうになったら危ないから、こうしておこうか」
「ここ人いっぱい通るし、やめておこう!」

(人前で手を繋ぐなんて、恥ずかしいっ!!)

 私がイザナの掌の中から自分の手を引き抜こうとすると更にぎゅっと強く握られてしまい、それに気付くと胸の鼓動が早まっていく。

(絶対無理っ! 誰か見てるかも……、こんなの耐えられない)

「駄目だよ、離さない。私達は夫婦なんだし、手を繋いでいても何も問題はないよね?」
「……イザナは、私なんかが妻だって思われて嫌じゃないの?」

 私が困った顔で聞くと、イザナは「どうして?」と聞き返して来た。
 逆に聞き返されてしまい私は言葉に詰まってしまう。

(誰が見ても、私とじゃ釣り合わないよ)

 私は精一杯背伸びをしたつもりだけど、服装を変えた位で見た目が釣り合うなんて思ってはいない。
 イザナもそれが分かっていたから、今まで私に興味を示して来なかったのではなかったの?
 そんな風に思ってしまう。
 
「ルナは十分魅力的だし可愛いよ。だから誰かに取られない様に、って言う意味も兼ねて手は繋いでおくよ」
「……っ」

 結局、冗談ぽく流されて、上手くはぐらかされた気分だ。
 イザナは普段から穏やかで、あまり感情を表には出さない。
 そのせいで傍に居ても、何を考えているのか分からなく感じることが多々ある。
 今までイザナから『可愛い』とか『大切』にするとは言われたことはあるけど『好き』って言葉は一度も言われたことがなかった。
 当然『愛してる』なんて言葉もない。

(なんか……、ずるいな)

 やっぱり、私ではそういう特別な存在にはなれないんだと思うと、なんとも言えない空虚感を覚えてしまう。
 だけど、例えそうであっても、今は傍にいられるのだからそれで十分だ。
 私はそう前向きに考えるようにした。
 以前と比べると話すことも、傍にいる時間も多くなった。
 これ以上欲張ったら、また離れていってしまいそうで怖かったのかもしれない。

 それからイザナに手を引かれるように歩いていくと、武器の絵が描かれた店の前で立ち止まった。

「鍛冶屋……?」
「注文しておいたものがあるんだ」

 イザナはそう言うと店の扉を開けて中に入っていった。


 ***


 お店の中には剣を始め杖や槍、弓など他にも色々な武器が並べられていた。
 初心者が使うような物から、宝石のような装飾品が埋め込まれている高そうな物まで揃えられている。

(色んな装備品が置いてあるんだ。でも、どれも高そう……。ここって貴族が使うお店なのかな?)

 私はこの街に来てから鍛冶屋には一度も訪れたことが無かった。
 冒険者ランクのせいで倒せる魔物が限られていてどれも弱すぎた為、装備品にお金をかけるという考えを一切抱かなかった。
 その代わりに普段着る様な服にお金をかけていたわけだ。

「ヘルマン、頼んでいたものは出来ているか?」
「お、これはイザナ様。ちょうどいい時に来てくれました。ついさっき出来上がったばっかりなんだ。ちょっと待っていてください、今持って来ます」

 イザナが声を掛けると、この店の店主と思われる男が元気そうな声で答えた。
 中年でいかつい顔にたくましい肉体……、いかにも鍛冶屋の店主といった風貌だ。
 先程の口調から、イザナとは知り合いのように見える。

「ここの店主のヘルマンは、一流の鍛冶師で昔から世話になっているんだ。以前は王宮専属の鍛冶師もしていたから、その時に私も何本かヘルマンに剣を打ってもらったな」
「昔からの知り合いなんだね」

 私は関心するように答えていた。
 王宮に仕えるという事は、相当腕の立つ鍛冶師なのだろう。

「イザナ様、お待たせしました。こちらが注文されていた杖になります」

 ヘルマンが戻ってくると、その手には杖のようなものが握られていた。
 イザナはそれを見て満足そうな顔を浮かべると「ルナの為に作らせたんだ」と言って私に手渡してくれた。

(え? 私の為に……?)

 その杖は先端の所が三日月の形になっていて、その中心には大きな青い宝石が埋め込まれていた。
 小さめなので小柄の私でも持ちやすいし、何よりも見た目がとても可愛いらしい。

「どうですか? 気に入ってもらえましたか?」
「すごく可愛いですっ!」

 私が感激するように目を輝かせて答えると、ヘルマンとイザナは顔を見合わせて満足そうな顔を二人して浮かべていた。

「ほんとにこれ、私が使っても良いんですか?」
「ああ、勿論だ。礼ならイザナ様に言ってください。その宝石はかなり希少なもので『月の涙』と呼ばれているものなんだ。普段は滅多に出回らない品物で入手は相当大変だったと思う」

(私の為に、そんな希少な宝石を……)

「ありがとう、イザナ。私、大事にするね!」
「思った以上に喜んでもらえたみたいで良かったよ。ヘルマン、急な依頼だったのに受けてくれてありがとう」

 私は二人に何度もお礼を伝えた。
 そして何度も嬉しそうに杖を眺めていた。

 以前イザナにルナという名前は、私のいた世界では月を意味するものだと話したことがあった。
 三日月の形や、月の涙と呼ばれる宝石を使ったのは、私の名前に合わせ選んでくれたのだろうとすぐに気付いた。
 だから余計に嬉しかった。

(覚えていてくれたんだ…。どうしよう、すごく嬉しい……)

 私はこの杖を、一生大事にしようと心に誓った。
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