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第五章

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 騒乱の足音がヒタヒタと近づくある日――
 
 軍と研究所の橋渡し役として、正式な「着任の命」を受けたミトラは、
「なっ……」
 慄きのあまり絶句していた。

 彼が今居るのは研修期間中に仕事をしていた町なの事務所ではなく、別に設けられた研究施設であり、目の前で繰り広げられていたのは、書類でしか目にした事の無かった子供たちが強いられていた、大人でも悲鳴を上げそうな軍事教練と言う言葉さえ憚(はばか)れる「過酷なトレーニング」の数々であった。
 五人を一グループとし、親に甘えたい盛りである幼児たちに付き切りで、

『処分されたくなかったら続けなさい』

 休む間さえ与えない、白衣姿の職員たち。
 喜怒哀楽を感じさせない表情の下にある眼は、まるで無機物を見るている様であり、人としての倫理観から来る躊躇も、後悔も、感じられず、各々手にしたバインダーの書類に、収集したデータを黙々と書き込んでいた。
 人体実験と変わらぬ光景に、

(こっ、これが軍事教練と言えるのかぁ!?)

 愕然とし、
(自分は子供たちに、終わりのない生き地獄を与え続けたダケなんじゃないのか?!)
 偽善を承知で、自らが密かに行って来たつもりの「データの改ざん」が、言葉通りの「単なる偽善」に思えたが、

(だからと言って、知識、経験、権限、全てが不足している今の自分に、それ以外の方策で、どうやって子供たちの命を守ると言う!)

 ミトラは腹を括ると、研究員の一人の下に歩み寄り、迎合口調ではなく、命令ともとれる口調で、
「個体差に合わせて休憩を与えてもらえますか?」
 すると喜怒哀楽の無かった研究員の表情が、「誰だコイツは」と言わんばかりの不快に歪み、

「何ですかぁ?」

 余計な事を言うなとでも言いたげな顔をしたが、階級を示す襟章が眼に留まるなり、
(ちゅ、中尉ぃ?!)
 表情は一転。
 不愉快を露骨に出してしまったが故に気マズぞうに、
「こっ、これは、上層部からの指示で決められた事なのですよ、中尉殿。ですから、個人の判断で、勝手に手順を変える訳にはいかないのです」
 言葉を選びながら反論したが、子供たちの命を密かにおもんぱかるミトラも黙って引き下がる訳にはいかず、

「しかし検体が早々に使い物にならなくなっては、元も子もないのでは?」

 あえて子供たちを「検体」と呼ぶ事で、立場的には「研究所寄りの発言」であるのを印象付けたが、今までその様な苦言を呈する士官が居なかったのか、試験場内はにわかにザワつき始めた。
 予期せず投げ込まれた「まともな一石」に、試験どころではなくなっていくと、

『これは何の騒ぎだぁ!』

 キャシート・フィリィフォームが姿を現し、騒動の中心がミトラと知るや、
「吾が輩のやり方に口出しするなど「新人如き」が百年早いわァアァ!」
 しかし、既に腹を括って任に就いたミトラは怯む様子も見せず、

『貴方がたは陛下から賜った「貴重な戦力」を、無駄に消耗させる気なのですかァ!』
((((((((((!))))))))))

 一瞬の怯みを見せる、所長と職員たち。
 国の立場に立った正論に加え、陛下の御名を持ち出されたのであるから当然と言えるが、彼は攻め手を緩めることなく、

「貴方がたが実験を口実に「命の無駄遣い」を止めないと言うなら、国軍から派遣された担当者として、自分は「この件」を上層部に上げさせてもらいます!」

 子供たちを、あえて「兵器とみなした物言い」で苦言を呈した。
 身を案じている「本音」が知られてしまっては、他部署へ異動させられてしまう可能性があったから。
 無論、新人ごときの「青臭い正論」などで軍の上層部が動く筈もなく、ハッタリであるのはキャシート・フィリィフォームたち職員の知るところであったが、暴かれては不都合が生じる「使途不明金」などの、仄暗い秘匿が幾つもあり、

(迂闊に報告を上げられて監査部が動き出そうモノなら面倒か……)

 優先順位として、騒ぎの早期鎮静化を選択。
 故にミトラの要求を渋々受け入れ、子供たちは本人のレベルに見合った休憩を貰えるようになった。

 その一方で、この一件から両者の軋轢も確かな物に。
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