上 下
292 / 646
第五章

5-6

しおりを挟む
 特別扱いの新人に嫌がらせのつもりで、「研修先」としての受け入れを承諾した筈のキャシート・フィリィフォーム。

 しかし、その浅はかとしか言えない短慮は、ミトラを精神的に成長させ、密かに子供たちを守ろうと画策する彼の前で「思うままの実験」がやり辛くなり、自らの首を絞める結果となった。

 両者は事ある毎に意見を衝突。

 対立の構図は日増しに深まったそんな折、青天の霹靂が。
 A四サイズ程の紙を手に、
「そ、そんな……」
 わななくのは、ミトラ。

 そんな彼の姿を目にしたキャシート・フィリィフォームは「グシッシッシッシッ」と下卑た笑いを一つすると、
「軍上層部からの「直々の命」では、流石のチュウイも逆らえまぁい?」
 あえての疑問形の質問に、彼は苛立ちを以て睨んだが、キャシート・フィリィフォームは「日頃のうっぷん晴らし」とでも言わんばかりの余裕の笑みで、

「さぁどうするねぇ、チュウイ殿ぉ?」
「クッ!」

 堪え切れぬ怒りが、声となって短く漏れ出、
「こんな「無謀な作戦」に二人を推薦したのは、所長なのかァ!」
「さぁ~てぇ?」
 卑しい笑みを睨み付けたが、キャシート・フィリィフォームは変わらぬ余裕の半笑いで、

「口を慎みなさぁい、チュウイ」

 苦言を呈し、
「新人如きが、上層部が立てた作戦を「こんなモノ」呼ばわりして、タダで済むと思うのかねぇ~?」
(!)
 軍属の身、故に反論できず、悔し気に視線を落とすと彼は満足げに、
「まぁ心優しき吾が輩は「聞かなかった事」にしてやるがぁ、」
 皮肉を多分に含んだ前置きをしてから、
「この二体の使用を許可したのは吾が輩だが……逆に問うが中尉」
「…………」
「この作戦を成功させ、無事に帰還を果たせる可能性のある実験体二体が、他に居ると思うのかねぇ?」

(ッ!)

 即答の否定は出来なかった。
 キャシート・フィリィフォームが使用を許可した二人とは、厳しい訓練を受ける幼子たちの中にあって、歴戦の兵士並みの突出した戦闘センスを見せる双子であり、現時点においての成績順位、不動の一位と二位の二人であったから。

(他の子供たちを守る為に、二人を犠牲にするのか?!)

 幼い命の天秤に眉をひそめつつ、
(だからと言って上層部の意に逆らい異動させられたら、いったい誰があの子達を守ると言うんだ!)
 そのジレンマは苦悶に満ちた表情以上に、指令書を裂けんばかりに握り震える手からも窺え、ミトラは声を絞り出す様に、

(じ……自分も……了承……します……)

 返答に、勝ち誇った笑みを浮かべるキャシート・フィリィフォームであったが、優位に立ったダケでは飽き足らず、
「はぁ? 聞こえませんなぁチュウイ殿ぉ?!」
 底意地の悪い、嫌味なダメ押しで答えを迫ったが、自身の無力さに打ちひしがれるミトラは反骨を見せる事無く、
「…………」
 手の中でシワくちゃになった指令書を、机の上で整え直す様に伸ばし広げながら、
「……了承します……」

『グゥシッシッシッシィ!!!』

 満足気な下卑た高笑いを背に、彼は部屋から出て行った。
 机に残された指令書に書かれた作戦名、それは、

≪カデュフィーユ暗殺計画≫

 カリスマ的国王が病に急逝して国全体が浮足立つアルブル国の、精神的支柱で、国民的英雄である彼の暗殺計画は、それによって生じる混乱に乗じて攻め入ろうとする「国盗りの企て」の初手である。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:404pt お気に入り:1,555

巻き込まれたんだけど、お呼びでない?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:1,986

凡人がおまけ召喚されてしまった件

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:86

海辺の魔女とカーバンクル

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:0

処理中です...