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 そこには、先にパストリスに行ったと同様に耳や尾まで消え、完全なる「人の姿」と化し、正気を取り戻して狼狽する無数の村人たちの姿が。

 周囲の森からも汚染獣の気配は消え、しおれていた草花たちは生命の輝きを取り戻して夜明けを迎えた天を仰ぎ、
(ラミィが遥か昔に「序列一位だった」と言う噂……アレはあながち、嘘、偽りの類いではないかも知れませんですわ……)
 地世の導師の名前を知っていた事に対する疑心を抱きつつも、まざまざと見せつけられたチカラの差に、素直に感嘆していたが、
 その一方で、
(私に、これだけのチカラがありましたら……)
 自身の努力を、せせら笑う者たちの影が脳裏にチラつき、

(誰にも何も言わせずっ黙らせぇる事が出来ますのにぃ!)

 強い嫉妬を覚えずにいられなかった。

 しかし、彼女のその様な「内なる葛藤」など知る由もないラディッシュ。
 ドロプウォートの苦悩には気付かず、敵を退けた上に、村人たちを差別から解放したラミウムの御業に、喜び、打ち震え、理由の分からぬ悲愴感に包まれるラミウムを元気づけようと満面の笑顔で、

「スゴイよぉラミィ! ラミィって、やっぱり「女神様」なんだねぇ!」

 栄(は)やしたが、
「ク……」
 ラミウムが突如、苦悶の表情で片膝を地に着け、

「「ラミッ!」」

 慌てて支えるラディッシュと、駆け寄るドロプウォート。
 不安げに見つめる二人の眼差しに、ラミウムはいつも通りの斜に構えた笑み浮かべ、
「へっ……最近ちぃ~とばっか寝不足でねぇ……立ち眩みっちまったのさぁねぇ……」
 自嘲気味な軽口こそ叩いて見せたが、青白く変色した顔から窺える疲労は深刻で、強気な彼女が初めて見せた「弱り切った姿」でもあった。

 不安の色を隠せない二つの顔を前に、
「なんだいなぁんだい二人してぇ、なぁんてぇ顔してんだぁい」
 弱弱しくも皮肉った笑みを浮かべ、
「アタシともあろぅモンがぁ舎弟に心配されるとはぁ……まったく世話ない話さぁねぇ……」
 自身をも皮肉り、無理に立ち上がろうとすると、

『僕を支えに屈んでてぇ!』
「!?」

 ラディッシュが見せた「感情剥き出しの強い口調」に、少し驚くラミウム。
 それ程までに彼が心配している裏返しであるとは十分理解しつつ、素直ではない性格ゆえ、厚意に気付かぬフリしてフッと小さく笑い、
「そぅかいよぉ……まぁ、今はアンタの顔を立ててやんよぉ」
 弱り切った中で精一杯の憎まれ口を叩いた。
 
 そんな彼女の変わらぬ皮肉屋ぶりに、安堵するドロプウォート。呆れを冗談交じりに、
「貴方と言う方はぁ、この様な時まで上から目線ですのぉ?」
 するとラミウムも、
「ワルイかぁい?」
 そんな二人にラディッシュも、
「でもぉ、なんかラミィらしい」
 笑い合っていると、

『なんて事をしてくれたんじゃい!』

 微笑ましい時間を引き裂く、聞き覚えのある叱責声が。
「「「?!」」」
 振り向くと、屋根の上によろめきながらも上がって来る、一人の老人の姿が。

 容姿こそ違えど、その声と物腰は、紛れも無く村長そのモノ。
 後に続いて上がって来た、人間の姿となった村人たちも、

「今更こんな非力な姿にされて、これからどうやって生きれば良いんだ!」
「どうしてくれるんだよ!」
「どうすれば良いのよォ!」

 上がった声は「賛辞」ではなく、「面罵」の数々。
 止む事なく浴びせ掛けられる不平不満と悪罵の輪唱に、
「なんで?!」
「どう言う事ですの?!」
 訳が分からず唖然とするラディッシュとドロプウォート。助けた筈の人々から投げつけられた誹謗に狼狽する中、ラディッシュに支えられたラミウムは苦笑を浮かべ、
(へぇ~そぅ来たかぁい……これだから「人間」ってヤツぁねぇ)
 人が持つ業の深さに、改めて辟易していると、

『いい加減にして下さぁい!』
「「「!?」」」
「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」

 怒鳴り声の主は「人間の姿」のパストリス。
 唇を真一文字に結んだ彼女は、まるで今まで抱えて来た苦悩の全てを吐き出す様に、

「妖人の姿の時には「こんな姿になったのは地世のせいだ」と嘆くだけで! 日々の暮らしが苦しいのは「中世の差別のせいだ」と言い訳しての盗賊行為ぃ! 挙句に人に成れたら成れたで今度は「弱くなった」と天世の方々を責めるんでぇすかぁ!」
「事実じゃろがぁ!」

 中世の「普通の老人」となった村長は地団駄を踏み踏み、

「そもそもが「裏切り者の娘」の分際でぇ何を偉そうに語るかぁ! 今更こんな非力な姿にされたワシ等に、この先どぅやって生き行けと言うんじゃい!」
「「「「「「「「「「そうだ! そうだ!」」」」」」」」」」

 同胞たちの感謝を忘れた大合唱に、
「な!」
 驚きを隠せないパストリス。

 この様な非常時ゆえに本音を語り、村の有りように異を唱える村人が「僅かながらも居るのでは」と心の片隅で信じていたのだが、その願いは儚くも打ち砕かれ、悔しさから唇をギュッと噛み、

「だから父さんの言った通りぃ! 地道に田畑を耕せば良かったじゃないでぇすかァ!」

 怒りを爆発、

「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」

 熱を以っての「正論と気迫」に気圧される大人たちを前に、

「ラミウム様の姿を見て下さぁい!」

 そして少女は思いの丈をぶつける様に、

「こんなボク達なんかの為に、こんなになるまで戦ってくれた方を、他人の苦労を横からかすめ取っていたダケの皆さんに責める資格があると思うんでぇすかァ!」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

 返す言葉さえ見つけられず、うつむく村人たち。
 彼らとて、善悪の分別が付かないほど人として堕ちていた訳ではない。
 差別により行き場が無く、貧しさ故に選んだ結果が「盗賊行為」であり、それが恥ずべき行為である事も心では分かっていた。
 分かってはいたが何もしないで生きられる訳も無く、全ては生きる為、家族を養う為、良識の上に「頭で描いた理屈(言い訳)」で蓋をして、自分自身の心をも偽り、今日まで来た。

 しかし、その偽りで固められた心のメッキが年端も行かぬ少女の「熱い教戒」により、剥がれ落ちてしまったのである。
 曝け出された良心。
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