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 それは共に旅する中で、気心が知れた間柄となりつつあった証であったか、しかし、口から出かけた「何か」を飲み込むと、

「なぁ~に簡単な話さぁね。アタシがぁ、自分の眼で見たモノしか信じない。疑り深く、用心深い、まぁ癖(へき)みたなもんさぁね」

 いつもと変わらぬ皮肉った笑みを浮かべて見せた。
「「…………」」
(本当に、それだけなのかなぁ……)
(ラミィから微かに負の感情を感じたのは、私だけなのでしょうか……)
 二人は腑に落ちなさを残しつつ、これ以上の詮索は人の心に土足で入り込む、不躾な行為と思い、
「分かった」
「分かりましたわ」
 頷くと、ラミウムは心に立った細波を鎮めるように静かな息を吐き、
「そぅかい」
 改めて「この世界の話」を語り始めた。

「この世界は天世、中世、地世に分かれてるとは話したと思うが、覚えてるかい?」
「う、うん。何となぁく」
「…………」
 頼りなさげな返事に多少の不安を残しつつ、
「それは、鳥みてぇに空を飛べば天世に行けて、穴を掘りゃ地世に行けるって話じゃないのさぁね」
「?」
「まぁ簡単に言やぁ、中世を間に挟んで三つの異世界が連なって、隣り合っている感じなのさぁね。まぁ元々は一つの世界だったんだけどねぇ」
「どうして三つに分かれたの?」
「一言で言うなら「考え方の違い」ってとこかねぇ」
「考え方の違い?」
「おぅさ。元は一つだったこの世界は、気候は穏やかで、緑も豊か。何不自由なく暮らせる世界だった。そんな中で自然発生的に生まれたのが「現状維持派と向上派」さぁね」

(向上……)

 今のラディッシュに不足している一言が、胸に小さく刺さる。
「向上派ってのは、今の暮らしに満足しないで、暮らしをより豊かにするためにチカラの開発を進めた、言わば『効率重視』の連中で、維持派ってのは同じくチカラを使いはするが、その日の暮らしに必要な物を必要な分しか使わない、よく言やぁ『慎ましやかな暮らし』に務めた連中の事さぁね」
「もしかして、向上派が『地世』になって、維持派が『天世』になったの?」
「察しが良いじゃないかいラディ、その通りさぁね」
 笑顔を見せたがその陰で、
(他者を見下し、自らの保身ばかりに努め、改変を恐れた、偏屈で、腰抜けな、度し難い連中の集まりが天世……まぁコイツ等には関係のない、アタシの鬱屈、愚痴さぁね……)
「どうかしたのラミィ?」
 一瞬黙した顔を覗き込まれ、ハッと我に返ると、
「な、何でもないさぁね。それより汗臭い顔を近づけんじゃないよ」
 からかい交じりの半笑いで顔を押しのけ、

「酷ぉ、心配しただけなのにぃ」

 不平顔するラディッシュに、
「アンタの扱いは、それ位が丁度良いのさぁねぇ」
「問題発言ですわ! 異議アリですわぁ!」
 擁護の声を上げるドロプウォート。
 しかしラミウムは憤慨する二人を前に、愉快そうに一笑い、

(コイツ等と居ると本当に……)

 腹黒い駆け引き無しの、気の置けないやり取りに心地よさを感じつつ、
「話を続けんよぉ。一見すっと地世の連中の方が人間的に思えんだろぉ?」
「ま、まぁね。日々の暮らしを少しでも良くしたい、楽にしたいって思うのは普通の事なんじゃないかなぁ?」
「フフフ。初めて問われますと、やはりラディの様に思いますですわよねぇ」
「え? 違うの???」
「おうさ。ドロプの言う通り。まぁ簡単に言やぁヤツ等はやり過ぎちまったのさぁね」
「やり過ぎた?」
「例を一つ上げるなら、過度な品種改良かねぇ」
「ひ、品種改良ぉ?」
(それって普通にある話なんじゃ……)
「生産性を重視するあまり、チカラを使っての品種改良で、」
「…………」
「分からないかい、ラディ?」
「え?」
(もしかしてぇ不服が顔に出てたぁ?! 怒られるかもぉ!)
 ギョッとするラディッシュであったが、ラミウムはいたって平静に、
「確かに「交配で品種が変わる」なんて話は、自然界でも起きる話さぁね。だがね、奴らがやったのは、自分たちの為だけに、地法を以って過剰な過負荷を掛けての強制改良で、動植物たちが本来持っている以上の生産能力に無理やり引き上げたのさぇね」
「えぇと……」
「オマエさんが、その立場(動植物)だと思って想像してご覧なぁ」
「それは、つまり……」
 ヘロヘロになっても連日過剰労働を強いられ、日々やつれていく自身の姿を想像し、

「ヒィ!」

 思わず身震い。
「いっ、いつかぁ(命が)ポッキっと折れちゃうと思うぅ……」
 ラディッシュの寒々しい言葉に、ラミウムは不敵な笑みを浮かべ、
「ヤツ等がやっていたのは全てにおいて、そう言う事なのさぁね。それに「実り」ってのは、自分達だけの物じゃない。実は他の動植物の生命をも育み、種は新たに芽吹き、土地を豊かにしてくれる物さぁね。だがその「理(ことわり)」を無視し、全てを自分たちの為だけに、命を吸い尽くす様なやり方を続けた先で行き着くのは……」
「い、行き着く先はぁ……?」
 息を呑むと、
「『無』さぁね」
「無……」
「おぅさ。目の前にある命を無闇に取り続けたら、いつかは枯渇する。その考え方はアタシ等の使うチカラ「天法(てんほう)」と、ヤツ等の使うチカラ「地法(ちほう)」の違いにも通じるのさぁね」
「う、うぅ~ん……でも具体的にチカラって、どんな感じなの?」
「あぁん? 闘技場で見たろぅが? オマエさんの世界で言うところの「魔法」みたいなもんさぁね」
「そぅか「まほう」かぁ! まほう、まほうぅ…………っで「マホウ」って何だっけ?」
「はぁ?」
 記憶が無いラディッシュの当然と言える反応ではあったが、奪った当の本人は「そんな事まで説明を」といった、さも面倒臭げな表情で、

「んなもぉん、手を使わずにバァーっと火を飛ばしたり、ドォーっと雷を落とす技の事さぁね」
「…………」
 あまりに稚拙な説明に、呆れ顔して頭を抱えるドロプウォート。
「ラミィ、幾らなんでもその様な説明では、」
 伝わらないと言おうとした矢先、

「凄ぉいぃ!!!」

「えぇ?」
(今の説明で通じましたのぉお?!)

 驚く彼女を尻目に、ラディッシュは興味津々興奮気味に両眼を輝かせ、
「そっ、それが「マホウ」なんだねぇ! ラミウムが使える物なんだねぇ!!!」
「お、おぅさ」
 異様な前のめりに気圧され、些か引き気味に応えるラミウムと、
(その様に幼稚な説明で構いませんのね……)
 苦笑いのドロプウォート。

 しかし興奮冷めやらぬラディッシュはそれどころではない。
 爛爛と輝く両目を以って、
「見せてよ、ラミィ!」
 身を乗り出したが、
「…………」
 一瞬の間の後、
「イヤだねぇ」
「え?」
「気が変わった。今日の講義もココまでさぁね」
 倒木の上でゴロ寝。

 いつもの涅槃図姿で背中まで向けられてしまった。
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