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 自分の目の前で、青年が動揺したように言う。

「え? ……は? 何それ、本気で言ってる?」
「……うん」
「は? え? ……なんで、……お、俺らずっと一緒に居たじゃん! この前だって一緒に誕生日祝ったし、今日だってさっきまで……え、なに、ホント? それマジで──?」

 カイトの肩に手を置き、上体を思い切り近付けながら彼は言った。もちろん、嘘をついている様子もなかった。
 時折半笑いになりながら、カイトの目をしきりに見つめてくる。呆然と独りごとのように呟いている。きっと、自分と彼はかなり近しい人間だったのだろう。そう思うと悲しくなった。

 訳も分からずどこかも知らない場所に突然放り出されて、おまけにずっと一緒に居たはずの相棒はまるで知らない人間のように記憶がない。そんなのは、悪夢としか言いようがない。
 カイトは、目の前の青年の言葉を黙って聞いていた。
 

「──俺……俺だよ、ハルキだよ。お前の幼馴染で、高校もおんなじとこ進んで、大学だって決まってただろ? 今度一緒に卒業旅行行くって、計画してて……もうすぐ冬休みだからって、二人で色々計画してたじゃんか」

 泣きそうな顔で語る青年──ハルキは、カイトの記憶には無い様々な思い出を語っていった。小さな子供の頃の出来事、小学校に上がってからの話、二人で初めて電車に乗って遠くへ行った話、旅行での話などなど。

 覚えはいなくとも、何処か心の中で引っかかる部分があった。カイト眉間に皺が寄っていた。ムズムズとした気分を味わいながら、無意識に胸の辺りの服を握りしめている。

 そんなカイトを見てハルキもその異変を感じ取ったのだろう。懐から何かを取り出したかと思うと、ずいとカイトの胸元にそれを押し付けながら言った。

「ほら、これ! 二人で買ったじゃんか……お揃いで、御守り、二人で同じ大学行こうって──」

 無理矢理渡されて、それを咄嗟に手に取った瞬間。靄がかっていたカイトの頭は、あっという間に晴れ渡っていったのだった。

 ハルキと過ごした幼少期、両親を早くに亡くし悲しみに暮れるカイトを助け、支えてくれたのはハルキとその家族だった。学校に上がってからも二人はいつも一緒で、馬鹿をやってよく教師に怒られていた。

 色んな無茶をやって、それでもいつも一緒で在るべき事を確信していてそして、どうしようもない程の恩を感じている。

 その瞬間、カイトは目覚めてから今まで考えていた事を、すっかりと忘れてしまったのだった。
 いつもの、高校生であるカイトが表に姿を現す――

「……あれ、ハルキ? ……今俺、何してたんだっけ……?」
「ッ、思い出した?」

 涙ながらに縋り付いてくるハルキに、何も覚えていないカイトはその場でたじろいだ。

「はぁ? 何馬鹿な事言ってんだよ! ……ってか、ここどこだよ」
「バカァァァー! マジ焦ったんだからああああぁぁぁー!」
「⁉︎」

 どうしてだか、大げさに喜びしがみ付いてくる親友を目の前に、カイトはギョッと驚きながら混乱していた。

 二人きりの時でさえ、このように抱きつくような事なんてしないのだから余計に。らしくもない。それでも、ハルキが自分の事を心配してそうした事くらいは今のカイトにも分かるので、少しばかり照れながら彼の身体を無理矢理に引き剥がしたのだった。

「んだよ、らしくねぇなあ……ってかさ、その格好なに?」
「え? 格好って?」
「髪と目。お前ってカラコンとかウィッグつける趣味あった?」
「は? ……え、何この髪ッ!」

 カイトの指摘を受けてはじめて、ハルキは自身の容姿の変化を確認したらしかった。その場で、ハルキはギョッと声を上げる。その髪が、異様に伸びていたのだ。おまけに髪色ですら全くと言っていい程に違う。

 立派な日本人男子であったハルキは勿論黒髪であったし、教師にも目を付けられる事のない、ごく一般的な短髪に切り揃えていた筈である。決して、プラチナブロンドであった事はないし、長く伸ばしたような覚えもない。
 似合ってない、なんて軽口を叩きながら、カイトはそれを笑い飛ばそうとした。

「マジ何だよその格好、コスプレ的な? ハルキ、実は趣味?」
「いや、違、これ、俺がやったんじゃないって! ってか色々怖っ、ここどこ⁉︎ 歩いてたら突然地面が抜けて落ちた事は覚えてるんだけど……結構ガチでホラー」
「それな」
「ヤバい俺これ夢でも見てんのかな? カイトほっぺつねっていい?」
「は? そんな原始的なボケ……ちょ、自分のをつね──触んなっ、いてぇ、バカ、やめろっ」

 そうやって二人は、不安を吹き飛ばそうと普段通りのバカ騒ぎをしていたのだ。何も分からないという中で、不安に押し潰されないようにわざと明るく振る舞う。

 そして、そんな二人のから元気も話題が尽きかけて来たところで。海岸の先の方から、随分と異様な集団がやって来るのが目に入ったのだった。

 二人には、馬に乗る騎士たちのように見えた。カイト達の居た世界では普通ではない。それがまた一層、二人の不安を煽った。

「ねぇ……なに、あの人たち」
「……分かんねー。こっちに来てねぇ?」

 二人は共に黙りこんだ。目的が何かも分からない見知らぬ集団が、明らかに二人の方へと向かって来ている。
 不安にならない方がおかしかった。無意識に手を繋いだのはどちらからだったか、二人は、不安になりながらそれが近付いてくる様子をジッと眺めていた。

 それらは皆武装していた。本や映画などでしか見た事のない、鎧や剣だった。決して、迷彩服や銃、戦車などではなかった。明らかにが違う。二人はほとんど確信していた。

 集団は、二人の目の前にまで迫って来ていた。カイト達は無意識にジリジリと後ずさるが、どうにかそこから逃げ出す事はしなかった。二人だって、自分たちの状況を知りたいのだ。

 集団は二人の目の前で進みを止めた。その中でも特に、位の高そうな男が一人、カイトとハルキの目の前へと一歩進み出てきた。

 金の髪を肩口に切り揃え、同じく金色の眼で真っ直ぐに見つめるその男は。力強い視線を向けながらその場で片膝をつき、二人に──すっかり姿の変わってしまったハルキに向けて一言、言い放ったのだった。

「お迎えに上がりました」

 まるで、騎士が姫に向かって行う誓いのような雰囲気でもって言った男のその言葉に、二人は互いに目を見合わせる。ハルキとカイトはその場で、あんぐりと口を開けて呆然と呟く。

「マジかよ……」

ザザーンと波が砕ける音を先程よりも遠くに感じながら、ハルキの小さな呟きは空気中に溶けて消えていったのだった。
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