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 パチリと目を開けたら、そこは海岸だった。
 真っ白な砂浜に透き通るような海の色。輝くような陽の光のもと心地良い海風が吹く中で、カイトは仰向けに寝転がっていた。波音や風の音だけが響くだけのその場所は、自然の音以外は何も聞こえなかった。

 何と心地のよい場所だろうか。上半身を起こしながらそんな事を思っていると、ふと、そこでカイトは気付く。
 はて、自分は一体なぜこんな所に居るのだろうか。
 しばらくその場で考え込んでみたが、今日一日、自分が一体どこで何をしていたのか、全く分からなかった。しかもそれどころか、自分がどういう人間だったかすら思い出せないのである。

 歳は覚えていた。確か、十八歳になったばかりだったはずだった。カイトという自分の名前も。
 けれど、それ以外の情報は何も浮かんでこなかった。何か思い出そうとしても、頭の中はうんともすんとも言わない。

 自分がどこの誰で、これまで何をしていたのか何も分からなかった。自分の脳みそのポンコツぶりに困惑する。
 頭でも強く打ったのかもしれないと思って、コブでも出来ていやしないかと手で触って確認してみたがなんともない。自分の体が怪我をしている様子もなかった。

 真っ黒い学ランと呼ばれる服(それは何故だか覚えていたようだ)に身を包み、学生らしいと言われるような薄い茶色の短髪頭。
 学校帰りであったカイトの服装は、南国の海のようなこの場には酷く不釣り合いのように思えた。

 カイトは途方に暮れた。どこへ行けば良いかも、どこへ帰ればいいかもわからない。ないない尽くしだった。
 だが不思議な事に、不安はそれほどなかった。これからどうにかなる事をカイトはどうしてだか知っているのだ。
 ここに誰かが自分たちを迎えに来るだろう事も。カイトは何故だか知っていた。

 そうやって未だにはっきりとしない頭で、ぼんやりしながらあれこれ考えていた所で。
 突然、カイトのすぐ傍から声がした。

「ん……」

 そこで初めて、カイトは隣に誰かが寝ている事に気がついた。

 目を見張るような、綺麗な顔立ちの青年だった。透き通るような白い肌に、プラチナブロンドの長髪が輪郭に沿うように地面に向かって流れている。およそ自分と同じ人間とは思えない。
 まるで伝承に伝え聞く、羽の生えた神の遣いのようだと。

 ドキドキとしながら、カイトは彼の目がゆっくりと開かれていくのを眺めた。
 瞼の中から現れたのは、空を切り取ったようなスカイブルー。その色に惹かれながら、カイトは青年が徐々に覚醒していくのをただ座って眺めていた。

 だがふと、違和感を感じた。
 知らないはずのこの青年を、とても懐かく思うのだ。記憶なんてさっぱりなくて、自分が誰なのかも分からないはずなのに。

 けれども、彼を見ていると無性に泣きたくなるのだ。思い出したいような、思い出したくないような、そんなどっち付かずの気分だった。
 ぐちゃぐちゃとした思考をどうにか奥の方へ押し込めると、カイトは再び目の前の青年に目をやった。
 何も考えたくなかった。

 目を開けた青年は、その場でしばらくぼうっとしていたかと思うと。突然その場でカッと見開き、起き上がってキョロキョロと見渡し始めた。
 そしてとうとう、その目がカイトを映す。ゆっくりと瞠目していくその水色に、カイトは吸い込まれていくような心地を覚えた。

「カイト! ねえ、大丈夫!?」
「んん⁈」

 その青年は突然、自分の名前を呼びながら両手でカイトの肩に掴みかかった。酷く動揺しているように見える。揺れる瞳の奥で、隠し切れない不安が見え隠れしているようだった。

 そんな表情をしないでおくれ。
 そう思うのに、自分がどうしてそんな事を考えるのかがわからなかった。知らない人間のはずなのに、目の前に居る彼を知っている気がする。
 自分という人間の輪郭が、酷く不安定だった。

 そんな事をぼんやりと考えていたカイトをよそに。青年はカイトの身体中を一通り確認したかと思うと、その場で大きく弛緩した。

「ッお前居てくれて良かったぁー! あんなのワケわかんないし……。ってか、ここどこだよ……俺ら二人で街ン中歩いてて、それで──?」

 非常に怪訝な様子で青年は言った。その口ぶりからすると、カイトは彼と行動を共にしていたらしい。

 そんな青年の様子を、カイトはまるで傍観者のような心地で眺めていた。彼が自分を気にかけてくれて、ホッとしてくれて嬉しい。けれどもそれを、どこか他人事で済ませてしまいそうな自分もいて、どうにもむずむずとして仕方なかった。

 自分の感情をここまで揺さぶるこのひとは一体、誰だったのだったか。どうしてもカイトは思い出せなかった。記憶に靄が掛かったように曖昧だった。

 ここでカイトが何も覚えていない事を告げれば、きっと彼は悲しむだろう。それでも、このままではいけないというのは分かる。知っているフリをずっと続けられる訳がない。

 それに何か、思い出すキッカケを彼がくれるかもしれない。カイトはそういう希望を胸にして、恐る恐る青年に問いかける。

「誰、だっけ?」
「────は?」

 青年が目の前でじわじわと目を見開いていく様子を、カイトはただジッと見詰めるだけだった。
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