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 とんでもない事実を知らされたハルキが呆然と呟く。

「いや、待って、ほんと無理。ドッキリでしたーって言われた方が信じるくらい無理、信じらんないわ」
「ド、ドッキ……?」

 そんなハルキの言葉に、金髪の騎士が首を傾げていた。
 二人の目の前に現れた集団は、とある国の国王直属の騎士だと名乗った。

 サザンクロス王国──それは、大陸の南にある大国のひとつだという。豊かな土壌に恵まれ、多くの人々が住む温暖な国。そんな彼等の王国には占術師がいた。

 この世界には魔物や魔族が存在していた。人間は魔族達と領土を巡って小競り合いを繰り返しており、それらから民を守る為に各都市には結界が張られた。そして、その結界を管理するために造られたのが神殿で、神殿は国に帰属している。

 魔族にはそれぞれ特殊な能力が備わっていた。例えば、他者には真似できない程の剛力だとか、空を飛べるだとか、空間の裂け目から同じ世界の別次元を移動できるだとか、そのようなものである。
 魔族達は己の能力を誇示し、強い者に従うという性質を持っている。それが故なのか、魔族達は人間達を皆支配しようとあちこちで戦いを引き起こすのである。

 そんな彼等に、人間達は魔術で対抗した。生まれついた時から各自に備わっている魔力を利用し、自然の力を使って強力な攻撃を繰り出すのである。
 魔族の戦力の多くが、彼等の特殊能力に依存する。人間達はそんな魔族の驕りを利用しながら対抗した。

 神殿の張る結界もまた、各地で魔族への重要な対抗手段の一つだったのだ。
 そして、そんな神殿が管理する占術師もまたその一つ。重要な未来を術によって予測するのである。

 その占術師がある日言ったのだという。
 今日この日、数百年に一度の神子様がサザンクロス王国に降臨するのだと。そして、それがここにいるハルキなのだと。


 ハルキを迎えに来たという騎士は、優しげな笑顔でそんな事を言った。
 ハルキはそれを聞いて、顔を引き攣らせながらぶるぶると首を横に降っている。明らかに常識を超える出来事に頭が理解を拒んでいるのかもしれない。

 そのようなハルキの様子を見ていたカイトは、そんな事を考えながらひとり蔑むように鼻で笑っていた。
 現実離れした内容だからというよりは、他力本願な彼等の有りようがおかしかったのだ。嘲りのような笑みが自然と溢れてしまう。

 カイトは、神だの聖人だのというものをさっぱり信じていない。それを改めるつもりなどないし、合わせる気も更々ない。それどころか、そういったものを少なからず嫌っているのかもしれなかった。

 聖なるものは決して人を助ける事はない。何も変わらない。
 何故だかそこで、酷く荒んだような気分になってしまった。カイトはハルキに熱い視線を向ける連中に向かって、小馬鹿にしたような笑みを向けてしまう。

「何それ、クソかよ」
「ちょっと、やめなよ……」

 そして当然、カイトのそんな無礼を彼等が良く思うはずもなくて、少しばかり険しい視線がカイトへと向けられた。ハルキにそれを嗜められるが、どうしてだか荒んだ心が収まる事はなかった。

 何故だか、この状況で恐れを抱く事もなかった。武装した騎士達に睨まれてすら、平気だと思ってしまう。
 今日のカイトはどこかおかしい。それを十分に自覚しながら、カイトはハルキに向かって囁いた。

「異世界トリップクソ小説じゃん」
「カイト、さっきからなにその態度!」

 途端にハルキから叱られる。カイトはハルキに思い切り顔を近付けながら、顔を顰めて拗ねるように言った。

「や、だってさ……」
「いやまぁ、言いたい事は分かるよ、分かるから今はちょっと抑えてよっ! 色々聞かないと訳が分かんないし……」
「……分かった、分かったよ。そいつらハルキに用あるみたいだし、その辺は任せるわ。俺どうしたらいいかなんてサッパリだし」

 
 神子と呼ばれたハルキは、彼ら遣いの者達と何やや話をしているようだった。それをどこかぼんやりとした心地で、カイトは他人事のように聞き流している。大切な今後の事を話しているはずなのに、聞かずとも分かる気がしていた。これはただの勘違いなどではない。
 カイトは全部、知っているのだ。

「──て、カイト……おい、カーイートーッ! 今大事な話してんだけど、聞いてた⁉︎」

 目の前でハルキに叫ばれてようやく我に返る。
 ハッとして目の前に意識をやれば、むくれたハルキの顔が目に入った。普段から見慣れているはずなのに、どこか知らない人間のように見える。
 には性格はあまり似ていないな、なんて、カイトは頭の片隅でそんな事を思いながら適当に言葉を返した。

「おう、ちゃんと聞いてる。俺の事は気にすんな」
「……ホントに? コレさぁ、カイトにとってもかなーり大事な事なんだけど……」
「大丈夫大丈夫、俺もちゃんと分かったから」
「ほんとかなぁ……」

 そう言ってヘラヘラと笑いながら、カイトは目の前の騎士達をさりげなく観察した。
 自分には到底あるはずのない知識が、頭に浮かんではすんなりと自分の中へと吸収されていく。それを当たり前のように受け入れながら、カイトは思考を続けた。


 鎧の形態と刻まれている紋章から、追従しているのは国王直属の近衛を長に据えた国王軍だと思われた。騎士と名乗っては居るが、そうでない者も混ざっている。

 神殿よりの遣いと思しき神官が2名、そして恐らく国王陛下直下らしき文官も1人混じっている。文官らしきソレは、黒地に豪華な金の刺繍をあしらえたローブを身につけている。宮廷庁辺りであろうか。

 それ以外のほとんどが騎士だった。紋章と、旗持ちにより掲げられた旗色から、国軍内部でも幅を利かせる第一師団であろう。それ故に皆、戦い慣れた優秀な騎士達だと見受けられた。

 そして何よりもカイトが最も気にかかったのは。
 そんな騎士達の頭上を飛び回り、時折旗の先端にとまる鷹の姿であった。それはずっと、カイトとハルキの動向を監視している。カイトはすぐに理解した。

 彼等には、この世で最も力のある魔術師である、大魔導師が付いているのだと。それならば彼等の余裕の態度も頷けた。こんな、神子を迎えに行くだなんていう襲われやすい危険な任務を、彼等が余裕の表情で請け負っているその理由。
 大魔導師程の存在が味方であるならば、距離が離れていようとも、簡単に助けが駆け付けるのだろうと。

 カイトは無意識にそんな思考を巡らせながらも、そんな事をおくびにも出さなかった。
 まるで識者であるかのような思考を持ちつつ、カイトはその場で素人のフリをするのである。彼の考え方の異様さと違和に全く気付かれることもなく。
 最初から無害な人間であるかのように、カイトはこの場で道化を演じた。

「──んで、結局俺はどうすりゃいいの?」

 そう、不安そうな表情を作ってカイトが言ってやれば、彼等は目に見えて動揺した。この事態は、彼等にとっても予想外であったようだ。
 まさか、カイトのような男が、神子であるハルキと共にこの地へ来てしまうとは、と。そんな男達の弱味につけ込むように、カイトは言葉尻を強める。
 不安に怯えて語気を強める少年のように。不幸な目にあってしまった可哀想な少年のように。人畜無害、か弱い人間のフリをするのである。

「まさか、帰れない、ってんじゃないだろ? 俺もハルキもここに来れたんだから、当然、帰れるんだよな?」
「そ、そうだ! 俺だって早く帰んなきゃ親も心配するし!」

 カイトの言葉に続き、ハルキもつられて言葉を重ねれば、騎士達は相談でもするかのように言葉を交わし始めた。それを見ながら、カイトは更に考える。

 多大な犠牲を払い他所から見つけて来た神子を、みすみす帰す訳にはいかない。
 それに、帰すにしても術を発動させるに何年もかかるのだ。そんな苦労を、困窮しているコイツらが喜んでするとは思えなかった。
 ならば、彼等はどうするか。嘘で神子を納得させるしかない。彼等へ与える情報を制限して飼い殺すのだ。

「神子様、申し訳ありませんが、お帰り頂く方法は現段階ではございません。……何卒、ご容赦を。我らとてなりふり構わぬ程に状況は逼迫しているのです」
「そ、そんな──!」

 弱々しく悲鳴を上げたのはハルキだった。何も知らぬ中、見知らぬ土地、文化、能力を持つ者達と共に修羅の国で生きねばならないその不運を、どうして受け入れられようか。自分ならば到底納得し得んだろうなと。そんな事を考えながら、カイトは呆然と立ち尽くす相棒の袖ぐりをギュッと握り締めるのだった。

 大丈夫、俺がお前を解放してやる、お前だけでもちゃんと家へ帰してやる。
 全く違和感なくそう心に決め、カイトは完璧に気配を隠しながら。目の前の騎士達を剣呑な心持ちでもって見遣ったのだった。
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