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夏休み作戦【十三沢視点】
しおりを挟む夏休みに入って一番困るのは、「学校に行く必然性がない」ということだ。
暑さで頭がバグってこんなことを言っているわけではない。
原口の連絡先を知らない俺にとって、学校に行かない=原口とコンタクトが取れないことを意味する。
原口は、住所・電話番号(固定)は言うに及ばず、LINEのIDも携帯の番号もメールアドレスも、絶対に教えてくれないのだ。
「夏休み、どこかに遊びに行かないか?」と誘うと、うれしそうな顔で乗ってくるのだが、「連絡先を…」と言うと、途端に頑なに拒否する。
学内の夏期講習はあるが、毎回昼前に終わるし、期間も7月いっぱいしかない。クラスが違えば、結構接触が薄くなるのだ。
一体どうしたものか…。
ここまでしゃかりきになって原口とコンタクトを取る方法を考える俺と、あくまで連絡先を秘密にする原口。
あえて他人事のように言うが、どうして2人とも、こんなに必死なのだろう。
俺は原口と遊ぶ約束をする必要は一つもないし、原口も、俺と楽しそうに飯は食うのに、大事なことを教えたがらない。
「付き合っているわけでもないのに」と言うが、ただの友達同士だって連絡先の交換ぐらい普通にするものではないか。
それでいて、こんなことでヘソを曲げたり怒ったりしたら、もう原口はいつもの場所に来てくれなくなるのではないかと思うと、強引に聞くこともできない。
◇◇◇
放課後、原口を図書室に誘ったが、「今日はちょっと用があって」と断られたので、久しぶりに1人で行ってみた。
「あら、十三沢君、今日は1人なのね」
「はい――原口は用があるとかで」
「そう、残念ね」
司書の松喜《まつき》さんにこんなふうに話しかけられて、俺はごく自然に「原口と一緒でない理由」を答える。
よくよく考えると、もともと1人ずつバラバラに来ていた男子と女子なのだ。一緒でなければいけない法はない。
俺が掲示板近くの閲覧席で小説を読んでいると、小柄な松喜さんが少し背伸びして貼り紙を貼ろうとしていた。ここは身長177センチの出番だろう。
「あ、俺手伝います」
「助かるわ。ありがとう」
特にどこも見ずに押しピンを刺そうとしたが、ふと注意して貼り紙の内容を見ると、「夏季休業中開室のご案内」と書いてある。
「夏休み中も図書室開いてるんですか?」
「ええ、毎年そうよ」
「知らなかった…」
「常連君にそう言われるのはキツいわね。
それと同じプリント、休業前の配布物にも入れてもらっているんだけど」
「なんか――すみません」
昨年まで、夏休み中は部活漬けだったので、全く眼中になかったようだ。
図書室が開いている日なら(15時までのようだが)原口は講習の後、ここに来るかもしれない。
その後の原口家事情について、情報は全く更新されていないものの、彼女が1学期の間、放課後の図書室によく来ていた理由は手に取るようにわかる。
要するに、「あまりいたくない家」であることに変わりはないのだろう。
◇◇◇
学校の夏期講習と図書室の開室日がかぶった日、俺は適当な理由をつけ、弁当を作ってもらった。
一か八か、例の踊り場に行けば、原口に会えるかもしれないと思ったのだ。
案の定だった。
「何だ、今日はパンか」
原口は焼きそばパンをかじっていた。
「十三沢…」
原口の顔に、そこまでの驚きは認められない。
ある程度来ることを予想していたか、場合によっては俺を待っていてくれたのかもしれない――なんてな。
「弁当を作ってもらった。
いつものようにおかずだけ手伝ってくれないか?」
「…いただきます」
ジョージ・バーナード・ショー曰く「食物を愛するよりも誠実な愛はない。」
原口も、うちの祖母と母の料理の前にはしおらしくなってくれるので助かる。
「講習は午前中だけなのに、何でお弁当持ってきたの?」
「君と同じ理由だよ」
「え?」
「図書室に行くんだろう?
冷房目当ての連中で混んでいるかもしれないが、俺も行く予定だ」
「そっか…この甘酸っぱい鶏肉、おいしい」
「南蛮漬けだそうだ。うちでは結構出てくる。
夏はこういう味のものが欲しくなるな」
「ママもよくデパ地下でマリネとか買ってくるけど――あれよりずっとおいしい」
「図書室の開いている日は学校に来るか?」
「…そうだね、多分来ると思う」
「開いてない日はどうするんだ?」
「うちから一番近い図書館に行く」
それはどこだ?と聞いても、多分答えてはくれないだろう。
ざっくりだが居住地の特定につながってしまうからだ。
「夏休みも図書館漬けなんだな」
「お金もないし、ほかに行くところもないもん」
「そうか…じゃ今度、俺の家のそばで会おう」
「え?」
「俺の家はT電鉄の郷ケ丘が最寄り駅だ。
あの辺りなら図書館もあるし、博物館や美術館まで1本で行けて便利だ。
デパートで買い物せずにぶらつくという手もあるし、
結構遅い時間までつぶせるぞ」
「やっぱりいいトコに住んでるんだね」
「気の利いた公園も結構あるし、気に入っている。
勝手の分からない街でも、1人よりは心強いと思うぞ」
「…そうだね。今度遊びにいく」
「今度というか、次の土曜の11時に駅まで来てくれ。
俺は君の連絡先を知らないから、すっぽかされたら待ちぼうけ確定だ。
人でなしになりたくないなら、ここで断るか、来るか約束してくれ」
「また強引だな」
「どうする?」
「ん。行くよ、絶対行く」
珍しい笑顔に少し心が揺れた。
原口との数カ月の付き合いで分かったこと。
彼女は気まぐれな野良猫だ。
えさが欲しいくせに、自分の手の内を見せるのは絶対嫌がるし、懐かない。
それでいて、時々驚くようなデレ方をすることもある。
◇◇◇
俺が原口に「土曜の11時」と指定したのは、実は理由があった。
ある人物とも打ち合わせ済みで、前々からちょっとした「計画」をしていたからだ。
「…というわけで、約束を取り付けたのでよろしく」
「分かったわ。でも、あんたってそんなに面倒見よかったっけ?学」
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