上 下
12 / 25

別離

しおりを挟む
 ママがパパとの離婚を決意した。

 となると、まだ中学生の私としては、どっちかについていかなきゃならないんだけど、体裁を取り繕う程度にしか娘の面倒を見ていない母、家庭そのものに無関心な父、どっちにしても状況はよろしくない。

◇◇◇

 私はママが、パパの長年の浮気に嫌気がさして決断したんだと思っていたんだけど、ママの方もどっこいどっこいのことをしていたらしい。そういう場合は慰謝料イシャリョーとかどうなるんだろ。チャラ?
 でも、そうだよね。私が学校に行っている間にママが何をしているかなんて、私は知る由もない。

 習い事を幾つかしていたのは本当だろうけど、頭痛を訴える娘を置いて行く「習い事」って一体何なんでしょ。
 もしあのとき私が熱を出していたら、ひどい嘔吐に苦しんでいたら――ママはそれでも私を置いて出かけたのかな。
  そういえば頭痛って割と「気のせい」っぽく、軽い扱いをされやすい気がするけど、十三沢「頭痛をなめるな」って言ってたっけ。頭痛がサインになるような、死ぬ病気もあるんだよね、きっと。アイツが言うなら間違いない。

 ママは、久々に帰ってきたパパと、激しい言い争いはしなかったけど、早く面倒なことを(できるだけ自分に有利に働くように)片付けようとしているのが見てとれた。
 そんなものをずっと眺めていても、ぜったい愉快な気持ちにはなれない。
 私は自室でヘッドフォンをして動画を見たり音楽を聞いたりして過ごし、眠くなったら寝た。

◇◇◇

 十三沢からもらったあのノートには、意識的に楽しいことを書いた。
 前に使っていたノートの二の舞にしたくなかったし、ごみ箱と、すてきなオブジェの飾り棚はきちんと分けなきゃね。

 例のドラマはレンタルして一気見したので、その感想も書いてある。
 結構切ない結末だったんだな。でも悪くなかった。
 ネットで見たら賛否両論だったらしいけど、私は気に入った。
 ハッピーエンドだけがグッドエンドではないと思う。
 次におばあちゃんに会ったとき、このドラマの話ができるのは楽しみだ。

◇◇◇

 次の日は日曜日だった。
 パパは一応家に“泊まった”けれど、無言で朝ごはんを食べて、すぐに「じゃ」って家を出ていった。
 どうやらここはもうパパにとって、自分の家ではないらしい。

 どこの国か分からないけど、昔のヨーロッパ映画で『パパは、出張中!』っていうのがあるらしい。見たことはない。
 ママは近所の人に、「うちの人、出張が多くて…」ってよく言っているから、やっぱり浮気相手のところに入り浸りの人の話なのかな。
(調べてみたら全然違った。国を批判したくらいで逮捕とか、意味のわかんないこと書いてあった)

***

 そのさらに2日ほど後、ママは「京都に行くことにしたら、あんたもついてきなさい」と言った。
「きょう…と?」
「伯母さんがぜひ来てくれって。あんたもあっちの学校に転校することになるわ」
「え?何言ってんの…」

 パパがここを出ていくんだろうから、この家には居続けられるだろうと単純に思っていた。
 この家を出るにしても、都内に住み続けるなら朱夏に通い続けることは可能だ。
 何にせよ、中3の娘が転校しなきゃいけないような事態は避けるもんだろう――と、心のどこかで楽天的に考えていた。
 なのに、私にとっては一番非現実的な方法が、ママにとってのベストアンサーだったのだ。

 京都には、ママをベタベタに甘やかすお金持ちの伯母さん(私にとっては大伯母)がいて、ママは大学もその伯母さんの家から通っていたらしい。
「いとこ(伯母さんの子)のエミちゃんたちも家を出ているから、部屋はたくさん余っているからどうぞって。いい話でしょ?」
「私は転校なんて嫌だよ!」
「こんなときにわがまま言わないで」
「じゃ、私はおばあちゃんと暮らすから!ママ1人で行けば?」
「はあ?」
 おばあちゃんは隣県に住んでいるが、通えない距離ではない。クラスにもおばあちゃんが住んでいる市から通っている子がいるくらいだ。

「なんてことなの…せっかく朱夏をやめさせられると思ったのに…」
 それが本音かよっ。
 2年以上通わせておいて、どんだけ朱夏のことを嫌っていたんだって話。
「あなたまで私を捨てる気なの?ひどいわ…」

 これ以上「はあっ?」と返すのが正解だと思われる言葉、ほかにあるだろうか。

 多分、「ママは京都へ、パパは恋人と、そしてこのマンションは売る」あたりでいったん決着し、私の存在は「ああ、そういえば」と後から思い出したのではないだろうか。
 で、ママは私が素直に言うことを聞くと思い込んでいた。
 そういえばママに逆らったことってないもんね。ここのところは反抗するほど会話もしていなかったし。

 ここでパパを再び呼び出す必要が出てきた。

◇◇◇

 私は自分の率直な気持ちを言った。
 せめて中学校を卒業するまではこの家にいたい。
 ママが京都に行くなら、私はおばあちゃんの家に行って、そこから通う。できれば高等部にこのまま行きたい。

 「なるほど、それでいいんじゃないか?」と、パパもたぶん深く考えずに言った。

 そこでママが、どういうわけかよけいに問題をこじれさす発言をした。
「あなたが友香の学費を出し続ける気なら、私は離婚に応じません!」
 多分こう言えば私が素直に引っ込むと思ったんだろう。私もなめられたものだ。
 途端にパパも「ママがこう言うんじゃ…」みたいに私の説得にかかろうとする。
 なら、私の言うべきことはたった1つだ。
「絶対、嫌!朱夏に通い続けたい!」

◇◇◇

 私のワガママ宣言を受け、パパが泣きそうな顔でこう言い放った。
「お前ら…俺にどうしろって言うんだよ!」
 パパは年の割には格好いい方だと思っていたけど、このときの困り切った顔は見られたものじゃなかった。
 妻子を捨てて愛に生きる――までの覚悟はないんだろな。
 あと、なまじ稼ぎがいいから金で解決できると思っていたら、このちゃぶ台返しに遭ったと。

 ママがそれに乗っかって、
「あなたにそんな泣き言を言う資格あるの?
 友香、あんたは子供なんだから素直に親の言うことを聞きなさい!」
 だってさ。
「そうだ、子供のくせに勝手なことばかり言うな」
 と、パパまで言い出す。

 もし十三沢にこの話したら、私の言うことはワガママだって言うかな。
 それとも「お前は間違ってないよ」って言ってくれるかな。
 後者だったらいいな。

「私、パパもママも大嫌い!2人も私のこと嫌いでしょ?
 嫌い合ってる人が一緒にいても傷つけるだけだよ」
 そう言うと、2人が少しだけ冷静になった。
 何か言いたそうだけど、言えずにいるのが分かる。

◇◇◇

 人は窮地に追い込まれたとき、意外と頭がフル回転する。
 私はみっともない大人2人の泥仕合を見ながら、自分にとって一番いい方法は諦め、次善の策ってやつを必死で考え、提案してみた。

 そして出た結論が、私はおばあちゃんと暮らし、近所の公立に転校するというものだった。
 幾ら身勝手な親でも、裸の子供を放り出すまねはできない(世間体もあるし)。
 ママの「あなたが学費を出し続けるなら」は、授業料が高い上に自分が気に入らない私学に通わせるのは嫌という意味だろうから、公立ならそれが通らなくなる。
 自分の言ったことの揚げ足をとられた形になったママは、反論できなくなっていた。

 親権はパパが取ることになるだろう。
 私にかかる分のお金と、おばあちゃんにも幾らか出すって言ってくれた。
 おばあちゃんはただ、「いつでも待ってるね」と言ってくれた。

 この状況で別れたら、もうママに会うことはないかもしれない。
 なら、もう言ってもいいかもね。

「ねえ。私春休みに、あの親戚のお兄さんにレイプされたんだよ」
「え…」
「一流大にAO入試で入って自信満々のお兄さんに言われたよ。お前みたいな出来損ないの言うこと誰も信じないよって。だから黙ってたの」
「そんな…」
「もうママもママの親戚も、一生会いたくない。大っ嫌い!どこにでも行って!」

 妊娠とかしなくて本当によかったって、ニッコリ笑って言ってやったら、ママが崩れ落ちるみたいに泣き出した。
 それは一体何の涙?
 私、自分で自分に引くほど、ママへの情がなくなっちゃっていたみたいだ。

 言いたいことを言えて、本当に気持ちよかったから。

◇◇◇

 もしこういうふうになるのが、十三沢とランチ友達になる前だったら、私はむしろ清々と引っ越して転校もできたろう。
 皮肉なもので、今の私は実は「転校イヤだな」って思う程度には学校が好きだ。
 だって十三沢がいるんだもん。
 おいしいお弁当を分けてくれて、頭がよくて頼りになる彼が。

 転校のこと、どう話したらいいだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

ここタマ! ~ここは府立珠河高等学校~

NKS
青春
府立珠河高等学校生物部の部員たちが巻き起こす学園コメディ。 進学したばかりの主人公の少年は校内で迷子に。そんな主人公を助けた人物は学校でも有名な名物人間だった。それが縁でその人物が部長を務めるクラブのお茶会に招待される事となる。 そのお茶会は怪しさ爆裂。癖の強い先輩たちの洗礼を受ける事となるが、少年はそれに染まる事なく無事に高校生活を送る事が出来るのか⁈

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜

green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。 しかし、父である浩平にその夢を反対される。 夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。 「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」 一人のお嬢様の挑戦が始まる。

黒崎天斗!伝説へのプロローグ

CPM
青春
伝説の男と謳われた高校生の黒崎天斗(くろさきたかと)が突如姿を消した伝説のレディース矢崎薫(やざきかおり)との初めての出会いから別れまでを描くもう一つのエピソード! なぜ二人は伝説とまで言われたのか。黒崎天斗はどういう人物だったのか。本編ではあまり触れられることの無かった二人の歴史…そして矢崎透(やざきとおる)の強さがここに明かされる。

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

処理中です...