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そうして遠目からカレルを見つめていると、その視線に気づいたのか、青空の瞳がこちらに向いた。周囲が気づかない程度の一瞬細められたそれに小さく笑う。
「カレルは君に来て欲しそうだよ」
「いやいやあれは絶対こっちには来るなっていう牽制ですよ、お兄さん」
「賭けてみるかい?」
「王族が賭けていいの? というか、天下の第一王子が俺とばかり話し込んでていいの」
「君と話すのが好きだからいいんだよ」
「それはどうも」
「あの」
と、セツとリュカの会話に知らない声が割って入った。
そこにはどこかあどけなさがあるが整った顔立ちの茶髪の青年がいた。スーツ姿がどことなくぎこちない、純朴な雰囲気……あれ、この子。
「俺、カレルの友達でリヒトって言います」
顔がはっきりと映るスチルがほとんどないからすぐにピンとこなかったが、リヒト——主人公のデフォルトネームだ。まさかこんなところで遭遇することになるとは。
だが思えばゲーム内でもカレルの誕生パーティーに誘われ、任意のヒロインと出席する描写はあった。カレルの祝いというよりかはドレスに身を包んだヒロインとのどきどきを楽しむのがメインだったけれど。今日に向けて考えることが多くてすっかり抜けていた。
「リュカに用事かな。じゃあ、俺はここで」
覚えのないシーンだけれど、ゲームとてすべてが描かれるわけでもない、これは行間的な部分なのかもしれない。
この状況で主人公が声を掛けてきて用があると言えばリュカだろう。なにせ、主人公にとって憧れの存在である。だからセツは邪魔をしないように微笑んで立ち去ろうとしたのだが。
「セツさんですか?」
「え?」
「リュカ様がそう呼んでいるのを聞いて……すみません、盗み聞きみたいになってしまって」
「たしかに、俺はセツだけど」
「お花屋さんを営んでいらっしゃる」
「カレルから聞いたの?」
セツの花屋の存在を主人公がカレルから聞くのは任意のヒロインをある程度攻略してからだったはず。対象を一人に絞ってスピード攻略していれば、この時期に知っていてもおかしくはないけれど——そういえばプレイヤーが存在しないこの世界の主人公は一体どんなルートを辿るのだろうか。そう思ってついヒロインの姿を探しかけたが。
「はい。学校の玄関に飾られていたお花がすごく綺麗で見惚れていたら、カレルが声をかけてくれて、教えてくれたんです」
リヒトが興奮気味に前のめってきた。
たしかに魔法学校からの依頼で玄関の花飾りを作った。ゲーム開始時より少し前ぐらいのタイミングで、生徒が行き来する時間には作業がし難いから早朝に赴いたら、カレルが待っていた。聞けば教師から立ち合いを頼まれたらしく、「付き合わせちゃってごめんね。寝起きのカレルもめちゃくちゃ麗しいな」と言えば、カレルはいつも通りふんと鼻を鳴らした。その音さえ愛らしいのだから、カレルはすごい。しかし、学校の玄関の花に主人公が見惚れるとは。これもまた行間部分なのだろうか。
「ほらね。君の仕事はいつだって素晴らしい」
隣のリュカが誇らしげに言う。親友に、純朴な主人公にこうも褒められると少し照れ臭くなる。
「えっと、どうもありがとう?」
そうセツが後ろ髪を掻いたときだった。
「セツ」
この世で最も美しい声がセツを呼んだ。
ぱっと顔を向ければ、いつの間にかカレルがすぐそばまで来ていた。
突然のアップ、麗しいタキシード姿、う、眩しい。ちょっとくらりとして、色々と溢れそうになる。
「ど、どうしたの、カレル」
しかし過去の大きな反省があるセツはそれを必死に抑えながら尋ねれば、カレルはひとつ瞬いて微笑んだ。
「庭園にある花がひとつ、元気がないことをふと思い出してさ」
「庭園にある花?」
「そう。思い出したらどうしても気になっちゃって。よかったら、一緒に見に行ってくれない?」
対外モードのカレルは甘くやわらかな声でいう。
「パーティーの後でよければ」
「いや、今すぐ」
「今すぐ!? で、でもカレル、このパーティー、主役……」
「言ったろ、どうしても気になっちゃったって。このままじゃパーティーを心から楽しめない」
「よしなら今すぐ行こう」
せっかくの祝いの席を心から楽しめないのはよろしくないことだ。
庭園となると庭師の持ち場でセツの管轄外だし主役を攫っていってしまうのは申し訳ないけれど、元気がない花がいると言われたら気になるし、それを憂うカレルも放っておけるわけがない。
「あの、セツさんのお花の手入れ、俺も見てみたいです」
と、リヒトが手を挙げた。
そんな大したことしないよ、とセツが答える前に。
「悪いな、リヒト。残念ながら客人は入れられないところなんだ。お前はどうかパーティーを楽しんでて」
カレルは人好きのする笑みを浮かべると、「さぁ、行こう」と先を歩いていく。
庭園が客人NGと言うのは初耳だが、それとも自分が知っているのとは別の庭園だろうか。
(というか、俺も客人じゃないのか……? あ、でも、王宮から依頼を受けることはあるし業者って扱いになるのかな)
そんなことをぼんやりと思いつつセツはカレルを追った。
会場を出て行こうとする二人の背中を眺めたリュカが呟いた、
「我慢できなかったみたいだね」
という愉快げな声を唯一耳にしたリヒトはただ首を傾げるのみだった。
「カレルは君に来て欲しそうだよ」
「いやいやあれは絶対こっちには来るなっていう牽制ですよ、お兄さん」
「賭けてみるかい?」
「王族が賭けていいの? というか、天下の第一王子が俺とばかり話し込んでていいの」
「君と話すのが好きだからいいんだよ」
「それはどうも」
「あの」
と、セツとリュカの会話に知らない声が割って入った。
そこにはどこかあどけなさがあるが整った顔立ちの茶髪の青年がいた。スーツ姿がどことなくぎこちない、純朴な雰囲気……あれ、この子。
「俺、カレルの友達でリヒトって言います」
顔がはっきりと映るスチルがほとんどないからすぐにピンとこなかったが、リヒト——主人公のデフォルトネームだ。まさかこんなところで遭遇することになるとは。
だが思えばゲーム内でもカレルの誕生パーティーに誘われ、任意のヒロインと出席する描写はあった。カレルの祝いというよりかはドレスに身を包んだヒロインとのどきどきを楽しむのがメインだったけれど。今日に向けて考えることが多くてすっかり抜けていた。
「リュカに用事かな。じゃあ、俺はここで」
覚えのないシーンだけれど、ゲームとてすべてが描かれるわけでもない、これは行間的な部分なのかもしれない。
この状況で主人公が声を掛けてきて用があると言えばリュカだろう。なにせ、主人公にとって憧れの存在である。だからセツは邪魔をしないように微笑んで立ち去ろうとしたのだが。
「セツさんですか?」
「え?」
「リュカ様がそう呼んでいるのを聞いて……すみません、盗み聞きみたいになってしまって」
「たしかに、俺はセツだけど」
「お花屋さんを営んでいらっしゃる」
「カレルから聞いたの?」
セツの花屋の存在を主人公がカレルから聞くのは任意のヒロインをある程度攻略してからだったはず。対象を一人に絞ってスピード攻略していれば、この時期に知っていてもおかしくはないけれど——そういえばプレイヤーが存在しないこの世界の主人公は一体どんなルートを辿るのだろうか。そう思ってついヒロインの姿を探しかけたが。
「はい。学校の玄関に飾られていたお花がすごく綺麗で見惚れていたら、カレルが声をかけてくれて、教えてくれたんです」
リヒトが興奮気味に前のめってきた。
たしかに魔法学校からの依頼で玄関の花飾りを作った。ゲーム開始時より少し前ぐらいのタイミングで、生徒が行き来する時間には作業がし難いから早朝に赴いたら、カレルが待っていた。聞けば教師から立ち合いを頼まれたらしく、「付き合わせちゃってごめんね。寝起きのカレルもめちゃくちゃ麗しいな」と言えば、カレルはいつも通りふんと鼻を鳴らした。その音さえ愛らしいのだから、カレルはすごい。しかし、学校の玄関の花に主人公が見惚れるとは。これもまた行間部分なのだろうか。
「ほらね。君の仕事はいつだって素晴らしい」
隣のリュカが誇らしげに言う。親友に、純朴な主人公にこうも褒められると少し照れ臭くなる。
「えっと、どうもありがとう?」
そうセツが後ろ髪を掻いたときだった。
「セツ」
この世で最も美しい声がセツを呼んだ。
ぱっと顔を向ければ、いつの間にかカレルがすぐそばまで来ていた。
突然のアップ、麗しいタキシード姿、う、眩しい。ちょっとくらりとして、色々と溢れそうになる。
「ど、どうしたの、カレル」
しかし過去の大きな反省があるセツはそれを必死に抑えながら尋ねれば、カレルはひとつ瞬いて微笑んだ。
「庭園にある花がひとつ、元気がないことをふと思い出してさ」
「庭園にある花?」
「そう。思い出したらどうしても気になっちゃって。よかったら、一緒に見に行ってくれない?」
対外モードのカレルは甘くやわらかな声でいう。
「パーティーの後でよければ」
「いや、今すぐ」
「今すぐ!? で、でもカレル、このパーティー、主役……」
「言ったろ、どうしても気になっちゃったって。このままじゃパーティーを心から楽しめない」
「よしなら今すぐ行こう」
せっかくの祝いの席を心から楽しめないのはよろしくないことだ。
庭園となると庭師の持ち場でセツの管轄外だし主役を攫っていってしまうのは申し訳ないけれど、元気がない花がいると言われたら気になるし、それを憂うカレルも放っておけるわけがない。
「あの、セツさんのお花の手入れ、俺も見てみたいです」
と、リヒトが手を挙げた。
そんな大したことしないよ、とセツが答える前に。
「悪いな、リヒト。残念ながら客人は入れられないところなんだ。お前はどうかパーティーを楽しんでて」
カレルは人好きのする笑みを浮かべると、「さぁ、行こう」と先を歩いていく。
庭園が客人NGと言うのは初耳だが、それとも自分が知っているのとは別の庭園だろうか。
(というか、俺も客人じゃないのか……? あ、でも、王宮から依頼を受けることはあるし業者って扱いになるのかな)
そんなことをぼんやりと思いつつセツはカレルを追った。
会場を出て行こうとする二人の背中を眺めたリュカが呟いた、
「我慢できなかったみたいだね」
という愉快げな声を唯一耳にしたリヒトはただ首を傾げるのみだった。
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