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会場の喧騒から遠ざかり、廊下にはセツとカレル、二人だけの足音が響く。
セツは悩んでいた——せっかく二人きりになれたこの機会、カレルの横に並ぶか、それともこのまま後ろをついていくか。
カレルが纏っているスーツは本当に彼の体にぴったりで、背姿も大変美しい。特に腰や尻のラインなんかは一生見ていられるし、ついつい口腔に涎が滲む。
だが横に立ってカレルの一見細身だけれどきちんと鍛えているが故に実は結構厚みのある胸板やしっかりとした腰がタキシードに包まれているのを実感したい気持ちもある。ああ悩ましい……。
件の誕生パーティー以降、セツがカレルの晴れ姿を間近で拝めるのは開会前の挨拶と閉会直前に祝いの言葉を伝えにいくときだけ。今日もそうなるだろうと思っていたのに、まさかこんなラッキーが訪れるなんて思いもしなかった。
「……おい」
葛藤に耽っていると、カレルに呼ばれて、は、と顔を上げた。
「え、なに、カレル」
「なんかないのかよ」
「なんかないって?」
「っ、だから」
先を歩くカレルが苦い声で言った。
「さっきまで賑やかなところにいたのに、突然静かになったら落ち着かないだろ」
「ああ、たしかに?」
「だから……なんか話せって言ってる」
「え、今俺の頭の中はカレルのタキシード姿の素晴らしいの気持ちでいっぱいだから、話すとなるとそれになるよ? 俺は胸が張り裂けそうなくらいにめちゃくちゃ話したいけど、いいの?」
「……好きにしろ」
許可が降りた途端、セツの唇はそれはもうスケートリンクもびっくりする滑らかさで回り出した。
「大前提としてカレルは何を着ても本当によく似合うんだよね。相貌の美しさはさることながら頭のてっぺんからつま先までの形やバランス、カレルのすべてがもう神様が生み出した最高傑作に違いないって自信を持って断言できるレベルで完璧だから。でもその中でもやっぱりカレルには白が一番よく似合う。まさにそのタキシードの純白は理想の極み。カレルのダイヤモンドや雪を彷彿とさせる艶やかに透けたやわらかな白銀の髪とも、至高の陶器のように滑らかに澄んだ肌とも、混じることなく調和してる。そしてタキシードの形も本当に素晴らしいよね。テールコート、最高に似合う。カレルが本来持っている美しい体のラインを最高に引き立てている。すらりとしながらも胸が厚くて、腰がしっかりしている、カレルの雄と色気を強く感じるというか……あ、ちょっとまって、鼻血出そう」
「出すな。ハンカチが汚れる」
ツンとした物言いだけれど、それは暗に出てしまったらハンカチを貸してくれるということで、いっそう鼻のあたりがむずりとした。
「一言で言うと、生きててよかった」
「大袈裟だな」
「本気だよ」
「別に、これぐらい、いつだって……」
「カレル?」
不自然に澱んだ言葉に首を傾げたが、カレルはなんでもないと少しだけ歩調を早めた。
そうして辿り着いた庭園は、セツもよく知ったものだった。夜の光にしっとりと照らされる美しい草花に囲われた道を歩いて行くと、カレルはコンサバトリーの前で立ち止まった。
「えっと、ここ入るの」
セツが問うとカレルは頷き、扉に指をかざした。どうやら魔法が鍵となっているらしく、神々しく澄んだ水色の光がぱっと弾けた。扉を開けたカレルが中に入っていく。
「何立ち止まってる」
「いや、だって」
(ここは、客人NGっていうか——)
セツは庭園にはこれまでも何度か訪れたことはあったが、そこにあるコンサバトリーに入ったことはなかった。そこがカレルの秘密基地だと、カレル本人から聞いていたからである。
父の仕事について王宮に訪れると、三回に一回は父は王の間に呼び出され、セツが一人きりになる時間が生まれた。王が父を気に入っていて話し相手にしたがったが故だ。そうしてセツに間暇が生まれると王宮の使用人は「よかったらお庭でも見ますか」と声をかけてくれて、庭園に連れていってくれた。たぶん、花屋の息子だから花が好きだと思われていたのだろう。
そのおかげで、庭園がお気に入りの場所であるらしいカレルと遭遇することができた——父の仕事についていってもセツはあくまで付き添いの子どもで自由に王宮を動き回ることが許される身分ではなく、王宮を訪れる際にはいつもカレルに会えますようにと祈りを捧げていた。そしてとてつもなく幸運なことにその祈りは全て報われた、セツが王宮を訪れてカレルに会えなかったことは一度もなかった。
ときにははじめて出会ったときのように廊下で、ときには父が花飾りを作っている部屋の前を通るところを見かけて声をかけて、そしてときには使用人が導いてくれた庭園のベンチで本を読む姿を見つけて。
セツは王宮に訪れたら必ずカレルに会えた。そのあまりにも幸運で不思議な巡り合わせはカレルが魔法学校に進学して寮に入ってからも変わらず働いているらしい。実家に書物を探しに来たり父母に用事のあるカレルと遭遇するから、いまのところ百発百中である。前世でこれといった徳を積んだ覚えはないのにこんなに恵まれていいのだろうか、もしかして今世で自分はとんでもなく凄惨な最期を迎えたりしないだろうか、でも今が最高にしあわせなので圧倒的にプラマイプラス、そうなっても文句のひとつも吐く気はないですありがとう神様。
閑話休題。
そんなわけで、庭園にいるカレルと何度も会話をしたし、カレルに庭園についてもいくつか質問をしたことがあった。その中で「あそこの温室には何があるの」と聞いたら、カレルが答えたのだ。「言わない、そこは俺の秘密基地だから」と。
カレルの秘密基地、というワードに当然惹かれないわけがなかった。まず幼いカレルの唇と声で紡がれる「秘密」というワードのかわいらしさとほんの少し漂う妖しさにくらりとしたし、カレルを推す身としてカレルがなにを秘密にしてなにを大切にしているのかそれはもう気になる。けれど、特別な場所を無理やり暴いて土足で踏み込み荒らすような真似は決してしたくはなかった。だからカレルに「……見たい?」と聞かれたときにセツは首を横に振った。「カレルに秘密があるって言うだけで十分に萌えてお腹いっぱいだから大丈夫!」と。カレルは呆れたように目を眇めていた。
セツは悩んでいた——せっかく二人きりになれたこの機会、カレルの横に並ぶか、それともこのまま後ろをついていくか。
カレルが纏っているスーツは本当に彼の体にぴったりで、背姿も大変美しい。特に腰や尻のラインなんかは一生見ていられるし、ついつい口腔に涎が滲む。
だが横に立ってカレルの一見細身だけれどきちんと鍛えているが故に実は結構厚みのある胸板やしっかりとした腰がタキシードに包まれているのを実感したい気持ちもある。ああ悩ましい……。
件の誕生パーティー以降、セツがカレルの晴れ姿を間近で拝めるのは開会前の挨拶と閉会直前に祝いの言葉を伝えにいくときだけ。今日もそうなるだろうと思っていたのに、まさかこんなラッキーが訪れるなんて思いもしなかった。
「……おい」
葛藤に耽っていると、カレルに呼ばれて、は、と顔を上げた。
「え、なに、カレル」
「なんかないのかよ」
「なんかないって?」
「っ、だから」
先を歩くカレルが苦い声で言った。
「さっきまで賑やかなところにいたのに、突然静かになったら落ち着かないだろ」
「ああ、たしかに?」
「だから……なんか話せって言ってる」
「え、今俺の頭の中はカレルのタキシード姿の素晴らしいの気持ちでいっぱいだから、話すとなるとそれになるよ? 俺は胸が張り裂けそうなくらいにめちゃくちゃ話したいけど、いいの?」
「……好きにしろ」
許可が降りた途端、セツの唇はそれはもうスケートリンクもびっくりする滑らかさで回り出した。
「大前提としてカレルは何を着ても本当によく似合うんだよね。相貌の美しさはさることながら頭のてっぺんからつま先までの形やバランス、カレルのすべてがもう神様が生み出した最高傑作に違いないって自信を持って断言できるレベルで完璧だから。でもその中でもやっぱりカレルには白が一番よく似合う。まさにそのタキシードの純白は理想の極み。カレルのダイヤモンドや雪を彷彿とさせる艶やかに透けたやわらかな白銀の髪とも、至高の陶器のように滑らかに澄んだ肌とも、混じることなく調和してる。そしてタキシードの形も本当に素晴らしいよね。テールコート、最高に似合う。カレルが本来持っている美しい体のラインを最高に引き立てている。すらりとしながらも胸が厚くて、腰がしっかりしている、カレルの雄と色気を強く感じるというか……あ、ちょっとまって、鼻血出そう」
「出すな。ハンカチが汚れる」
ツンとした物言いだけれど、それは暗に出てしまったらハンカチを貸してくれるということで、いっそう鼻のあたりがむずりとした。
「一言で言うと、生きててよかった」
「大袈裟だな」
「本気だよ」
「別に、これぐらい、いつだって……」
「カレル?」
不自然に澱んだ言葉に首を傾げたが、カレルはなんでもないと少しだけ歩調を早めた。
そうして辿り着いた庭園は、セツもよく知ったものだった。夜の光にしっとりと照らされる美しい草花に囲われた道を歩いて行くと、カレルはコンサバトリーの前で立ち止まった。
「えっと、ここ入るの」
セツが問うとカレルは頷き、扉に指をかざした。どうやら魔法が鍵となっているらしく、神々しく澄んだ水色の光がぱっと弾けた。扉を開けたカレルが中に入っていく。
「何立ち止まってる」
「いや、だって」
(ここは、客人NGっていうか——)
セツは庭園にはこれまでも何度か訪れたことはあったが、そこにあるコンサバトリーに入ったことはなかった。そこがカレルの秘密基地だと、カレル本人から聞いていたからである。
父の仕事について王宮に訪れると、三回に一回は父は王の間に呼び出され、セツが一人きりになる時間が生まれた。王が父を気に入っていて話し相手にしたがったが故だ。そうしてセツに間暇が生まれると王宮の使用人は「よかったらお庭でも見ますか」と声をかけてくれて、庭園に連れていってくれた。たぶん、花屋の息子だから花が好きだと思われていたのだろう。
そのおかげで、庭園がお気に入りの場所であるらしいカレルと遭遇することができた——父の仕事についていってもセツはあくまで付き添いの子どもで自由に王宮を動き回ることが許される身分ではなく、王宮を訪れる際にはいつもカレルに会えますようにと祈りを捧げていた。そしてとてつもなく幸運なことにその祈りは全て報われた、セツが王宮を訪れてカレルに会えなかったことは一度もなかった。
ときにははじめて出会ったときのように廊下で、ときには父が花飾りを作っている部屋の前を通るところを見かけて声をかけて、そしてときには使用人が導いてくれた庭園のベンチで本を読む姿を見つけて。
セツは王宮に訪れたら必ずカレルに会えた。そのあまりにも幸運で不思議な巡り合わせはカレルが魔法学校に進学して寮に入ってからも変わらず働いているらしい。実家に書物を探しに来たり父母に用事のあるカレルと遭遇するから、いまのところ百発百中である。前世でこれといった徳を積んだ覚えはないのにこんなに恵まれていいのだろうか、もしかして今世で自分はとんでもなく凄惨な最期を迎えたりしないだろうか、でも今が最高にしあわせなので圧倒的にプラマイプラス、そうなっても文句のひとつも吐く気はないですありがとう神様。
閑話休題。
そんなわけで、庭園にいるカレルと何度も会話をしたし、カレルに庭園についてもいくつか質問をしたことがあった。その中で「あそこの温室には何があるの」と聞いたら、カレルが答えたのだ。「言わない、そこは俺の秘密基地だから」と。
カレルの秘密基地、というワードに当然惹かれないわけがなかった。まず幼いカレルの唇と声で紡がれる「秘密」というワードのかわいらしさとほんの少し漂う妖しさにくらりとしたし、カレルを推す身としてカレルがなにを秘密にしてなにを大切にしているのかそれはもう気になる。けれど、特別な場所を無理やり暴いて土足で踏み込み荒らすような真似は決してしたくはなかった。だからカレルに「……見たい?」と聞かれたときにセツは首を横に振った。「カレルに秘密があるって言うだけで十分に萌えてお腹いっぱいだから大丈夫!」と。カレルは呆れたように目を眇めていた。
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