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第一章【青の月の章】出会い〜14歳
第34話「半分に欠けた赤い月」
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目の前に行燈のあかりが現れる。
ゆらめく照明に顔を上げれば、弱り果てた彼の顔が浮かぶ。
紫紺の瞳に炎を映し、緋色に揺れている。
頬から血が流れているが、彼の血だけではないようだ。
手を伸ばして触れようとすれば、彼はパッと身を引いて苦悶の顔を拭った。
「すみません。今はだいぶ汚れてますので」
触れないで、と言いたいのだろう。
その拒絶で私が言うことを聞くはずもない。
「どうして?」
彼が嫌がっているとわかって私は問いかける。
「血がついてるんです。姫まで汚れてしまいますから。どうか……」
「それなら別にいい」
それよりも彼に触れる方が大事だ。
寄るべない表情をするくらいなら、私が彼の笑顔をつくる。
いまだに震える両手を伸ばし、彼の頬を包み込んだ。
真っ直ぐに見つめれば彼からひゅっと息をのむ音がした。
「この前はごめんなさい。ちゃんと声をかけるつもりだったの。だけど私……知りたくなっちゃった」
指先で彼の傷を拭う。
頼りがいのある彼が今日は寂しそうに見えた。
「私の知らない緋月がたくさんいる。……浅葱さんしか知らない顔だってあるわ」
「浅葱は……」
その先を語るのは彼にとって勇気のいること。
今まで私を気遣って口にしなかったのだから思い乱れてしまうのも無理はない。
だから私は彼が言ってくれるのを待つ。
とはいえあまり長くは待てないので彼から手だけは離すまいと、多少の意志を込めた。
「俺と浅葱は鬼狩りの一族なんです。公にはされていませんが、鬼専門の武力集団です」
「鬼狩り……」
先ほどの鬼が彼を見て”鬼狩り”と言った。
つまり彼が対立相手と見なしているということだ。
「俺たちは名前で呼ぶことがありません。色の名前で呼び合います」
だから浅葱は”緋月”とは本当の名前なのか、と質問した。
浅葱も言われてみれば”色の名前”だ。
そうなると彼は”緋色”になるはずだと、行燈に照らされた髪飾りに目を向けた。
(そっか。だから緋色の組紐が気になったんだ)
言えない事情はわかったが、浅葱はなかなか人をおちょくっていると感じた。
街に出た際、私が何色にしようかと悩んでいるのを見ていたのだから。
緋色を選んだ私を見て、わざとらしく彼に言ったのだとしたらずいぶんと腹立たしいと、頬を膨らませた。
「わかったよ。……別に名前が重要ではないもの。少し悲しかっただけ」
「違いますっ!!」
突然、彼が声を荒げて私の言葉をかき消した。
肩をぐっと掴まれ目を見開くと、彼が泣くに泣けない様子で焦っていた。
「違うんです……。俺にとっては大事なことなんです」
彼の手が震えている。
今、彼は精一杯の勇気を振り絞ろうとしている。
胸が苦しくなって、私は唇を噛みしめて彼の輪郭を包み直す。
それくらいしか彼への寄り添い方が思いつかなかった。
「俺にとって大事なのは、時羽姫に”緋月”と呼ばれることなんです」
「……本当の名前なの?」
「姫に呼ばれる名が俺の真実です」
なんて曖昧な言い方だろう。
何がどうあろうと、彼は核心部には触れさせてくれない。
「緋月」
……それでもいいと思った。
私は彼の頬から手を離すと、、手のひらを彼の胸にあてて鼓動を聞こうとする。
「これからも緋月と呼ぶわ。だから緋月も私を呼んでね」
その言葉に彼の目が見開かれ、すぐに表情をほころばせた。
「時羽姫……」
「うーん。姫って必要?」
「それは、ダメです。呼び捨ては絶対に出来ません」
「はじめて会ったときは呼んでくれたのに」
「姫が姫と知らなかったからです。ご容赦ください」
「喋り方は? もっとくだけていいのよ?」
「それも。……俺が心地よいように喋らせてください」
意外と彼はわがままで頑固だった。
私もなかなかに頑なところがあるが、今は私が折れよう。
彼の胸から手を離すと、膝を立てて思いきり彼を抱きしめた。
「助けてくれてありがとう、緋月」
「……はい」
この抱擁は私たちだけのもの。
知っているのは半分に欠けた赤い月だけ。
ゆらめく照明に顔を上げれば、弱り果てた彼の顔が浮かぶ。
紫紺の瞳に炎を映し、緋色に揺れている。
頬から血が流れているが、彼の血だけではないようだ。
手を伸ばして触れようとすれば、彼はパッと身を引いて苦悶の顔を拭った。
「すみません。今はだいぶ汚れてますので」
触れないで、と言いたいのだろう。
その拒絶で私が言うことを聞くはずもない。
「どうして?」
彼が嫌がっているとわかって私は問いかける。
「血がついてるんです。姫まで汚れてしまいますから。どうか……」
「それなら別にいい」
それよりも彼に触れる方が大事だ。
寄るべない表情をするくらいなら、私が彼の笑顔をつくる。
いまだに震える両手を伸ばし、彼の頬を包み込んだ。
真っ直ぐに見つめれば彼からひゅっと息をのむ音がした。
「この前はごめんなさい。ちゃんと声をかけるつもりだったの。だけど私……知りたくなっちゃった」
指先で彼の傷を拭う。
頼りがいのある彼が今日は寂しそうに見えた。
「私の知らない緋月がたくさんいる。……浅葱さんしか知らない顔だってあるわ」
「浅葱は……」
その先を語るのは彼にとって勇気のいること。
今まで私を気遣って口にしなかったのだから思い乱れてしまうのも無理はない。
だから私は彼が言ってくれるのを待つ。
とはいえあまり長くは待てないので彼から手だけは離すまいと、多少の意志を込めた。
「俺と浅葱は鬼狩りの一族なんです。公にはされていませんが、鬼専門の武力集団です」
「鬼狩り……」
先ほどの鬼が彼を見て”鬼狩り”と言った。
つまり彼が対立相手と見なしているということだ。
「俺たちは名前で呼ぶことがありません。色の名前で呼び合います」
だから浅葱は”緋月”とは本当の名前なのか、と質問した。
浅葱も言われてみれば”色の名前”だ。
そうなると彼は”緋色”になるはずだと、行燈に照らされた髪飾りに目を向けた。
(そっか。だから緋色の組紐が気になったんだ)
言えない事情はわかったが、浅葱はなかなか人をおちょくっていると感じた。
街に出た際、私が何色にしようかと悩んでいるのを見ていたのだから。
緋色を選んだ私を見て、わざとらしく彼に言ったのだとしたらずいぶんと腹立たしいと、頬を膨らませた。
「わかったよ。……別に名前が重要ではないもの。少し悲しかっただけ」
「違いますっ!!」
突然、彼が声を荒げて私の言葉をかき消した。
肩をぐっと掴まれ目を見開くと、彼が泣くに泣けない様子で焦っていた。
「違うんです……。俺にとっては大事なことなんです」
彼の手が震えている。
今、彼は精一杯の勇気を振り絞ろうとしている。
胸が苦しくなって、私は唇を噛みしめて彼の輪郭を包み直す。
それくらいしか彼への寄り添い方が思いつかなかった。
「俺にとって大事なのは、時羽姫に”緋月”と呼ばれることなんです」
「……本当の名前なの?」
「姫に呼ばれる名が俺の真実です」
なんて曖昧な言い方だろう。
何がどうあろうと、彼は核心部には触れさせてくれない。
「緋月」
……それでもいいと思った。
私は彼の頬から手を離すと、、手のひらを彼の胸にあてて鼓動を聞こうとする。
「これからも緋月と呼ぶわ。だから緋月も私を呼んでね」
その言葉に彼の目が見開かれ、すぐに表情をほころばせた。
「時羽姫……」
「うーん。姫って必要?」
「それは、ダメです。呼び捨ては絶対に出来ません」
「はじめて会ったときは呼んでくれたのに」
「姫が姫と知らなかったからです。ご容赦ください」
「喋り方は? もっとくだけていいのよ?」
「それも。……俺が心地よいように喋らせてください」
意外と彼はわがままで頑固だった。
私もなかなかに頑なところがあるが、今は私が折れよう。
彼の胸から手を離すと、膝を立てて思いきり彼を抱きしめた。
「助けてくれてありがとう、緋月」
「……はい」
この抱擁は私たちだけのもの。
知っているのは半分に欠けた赤い月だけ。
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