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第二章【青の月の章】15歳
第35話「十五歳、春の訪れ」
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冬が過ぎ、私が十五歳になる前のこと。
まだ肌寒さに震えるなかで、私は彼と外に出てまだつぼみの桜の木の下に腰かけていた。
「子どもは元気ねー」
視界に広がるのは河川敷、大きな川がせせらぎ音を立てて流れている。
山から流れ辿り着いた丸い石を拾い、子どもたちは川に投げて遊んでいた。
草花の生い茂る河川敷ではナナをはじめとする女の子たちが花摘みをしていた。
「子どもたちにも組紐の飾り、プレゼントしたんですね」
「うん。なんだか楽しくなっちゃって」
「芹さんはともかく、浅葱にまで」
「浅葱さんにはお世話になったもの。お礼はしなきゃ」
「……そうですね」
眉をひそめ、彼は口元に手をあてて目をそらしてしまった。
分が悪いとすぐに口元を隠す。
引き剥がしたくなる気持ちを抑え、身体を揺らして彼にぶつかってみた。
「緋月には何本もあげたでしょー。まだ欲しいの?」
「俺ばかりもらってるじゃないですか。……また木彫りの兎を贈るのも変ですし」
「また一緒にお月見をしてくれればいいわ。あとはお花見もしたいわ。梅もいいけどやっぱり桜が見たいわ」
うーんと腕と足を伸ばし、茂みに寝ころんだ。
「八重桜はもう少し先ね。この時期はあまり花が咲いていないからもの寂しいわね」
「その時はお花見団子でも食べますか?」
「あっ! それはいいわね! 芹には頼めないからどうしようかなー」
芹に言えばまた外に出るのかと怒られてしまう。
緋月や浅葱がいればまだしも、二人でお団子を食べたいと言えば怒り心頭に達するはずだ。
それだけは阻止しなくてはと思案していると、彼がクスッと笑って私の隣に身体を倒した。
「俺が用意しますよ。姫は甘いものがお好きなようですからとびきり美味しいものを」
「うれしいけど、それだと私が食い意地はってるみたいじゃない?」
食べるのも好きだが、彼と同じものを共有する方が好きだ。
お団子を食べて笑いあう。
それは彼とするから楽しいのであり、私個人としては花を見て、彼の横顔を眺めていたかった。
「時羽おねーちゃん!」
ナナがめいっぱい口を開けて笑顔で駆け寄ってくる。
身体を起こしてナナを受け止めると、指先で土に汚れた前髪をかきわけた。
「どうしたの、ナナちゃん」
「あのね、珍しいお花見つけたの!」
そう言ってナナが自慢げに見せてきたのは小さな白い花。
いくつも細い花びらが丸くなっているそれに私の胸が高鳴った。
「なにかしら? かわいい花ね」
「新種でしょうか……。まれに遠方から種が飛んできて咲くこともあるでしょう」
彼も身体を起こしてじっとその花を観察した。
するとナナははにかんで彼の手にその小さな花を手渡した。
「あげる」
「えっ……」
渡して満足したナナが再び遊びに戻ってしまう。
彼は手元に残った花を見下ろしてくすぐったそうに笑った。
「しおれてますね」
「本当だ」
はじめからナナは彼に渡す気でいたのだろう。
気合いを入れて握っていたためか、茎がふにゃふにゃになって花が傾いていた。
「桜や藤、椿みたいな花も素敵だけど、こうしたささやかな花もかわいいわ」
「どこからきたんでしょうね。花はたくさんあるので名前まではわからないです」
「名前なんてわからなくていいわ。はじめて見るんだもの。とてもワクワクするね」
「姫は本当に……」
彼はおだやかに微笑んで、やさしい眼差しで花を見下ろしていた。
こうして彼は言葉を言いきらないことも多いが、追究はやめておいた。
私たちの距離感はこれでいい。
大人になっていく時間の経過とともに、私は彼の苦悩もわかるようになってきた。
鬼狩りの一族。
公にはされていない特殊部隊となれば、表立って私の前に出ることも難しい。
いわば汚れ仕事専門で、宮中では忌み嫌われる集団であった。
それは私にとって腹立たしいことだが、忘れられた姫君に発言力があるはずもない。
(鬼が出て困ってる民を助けてるのは緋月たちなのに。何よ、貴族なんて蹴鞠をしてるだけじゃない)
優雅に鞠を蹴飛ばして、夜になれば”君が恋しい”だと酔って文を送る。
少しは国のためになることでもすればいいのに、と憤りを感じてもどうしようもないことだった。
***
夕暮れ時になり、私は彼とともに影を伸ばして帰り道を歩いた。
抜け穴が小さくなって外に出られないとぼやくと、彼が私の身体を持ち上げてひらりと壁を越えた。
「……緋月ってすごい身体能力が高いよね」
間抜けた声で驚いていると、彼は苦笑いをして私を下ろす。
「鬼狩りは体内に鬼の血を取り込んでいるんです」
「鬼の血を?」
どうしてそんな禍々しいものを、と疑問に思うと彼はぎこちなく微笑んだ。
「鬼に対抗するにはそれなりの力が必要なんです」
「……それで身体に負担はないの?」
まだ肌寒さに震えるなかで、私は彼と外に出てまだつぼみの桜の木の下に腰かけていた。
「子どもは元気ねー」
視界に広がるのは河川敷、大きな川がせせらぎ音を立てて流れている。
山から流れ辿り着いた丸い石を拾い、子どもたちは川に投げて遊んでいた。
草花の生い茂る河川敷ではナナをはじめとする女の子たちが花摘みをしていた。
「子どもたちにも組紐の飾り、プレゼントしたんですね」
「うん。なんだか楽しくなっちゃって」
「芹さんはともかく、浅葱にまで」
「浅葱さんにはお世話になったもの。お礼はしなきゃ」
「……そうですね」
眉をひそめ、彼は口元に手をあてて目をそらしてしまった。
分が悪いとすぐに口元を隠す。
引き剥がしたくなる気持ちを抑え、身体を揺らして彼にぶつかってみた。
「緋月には何本もあげたでしょー。まだ欲しいの?」
「俺ばかりもらってるじゃないですか。……また木彫りの兎を贈るのも変ですし」
「また一緒にお月見をしてくれればいいわ。あとはお花見もしたいわ。梅もいいけどやっぱり桜が見たいわ」
うーんと腕と足を伸ばし、茂みに寝ころんだ。
「八重桜はもう少し先ね。この時期はあまり花が咲いていないからもの寂しいわね」
「その時はお花見団子でも食べますか?」
「あっ! それはいいわね! 芹には頼めないからどうしようかなー」
芹に言えばまた外に出るのかと怒られてしまう。
緋月や浅葱がいればまだしも、二人でお団子を食べたいと言えば怒り心頭に達するはずだ。
それだけは阻止しなくてはと思案していると、彼がクスッと笑って私の隣に身体を倒した。
「俺が用意しますよ。姫は甘いものがお好きなようですからとびきり美味しいものを」
「うれしいけど、それだと私が食い意地はってるみたいじゃない?」
食べるのも好きだが、彼と同じものを共有する方が好きだ。
お団子を食べて笑いあう。
それは彼とするから楽しいのであり、私個人としては花を見て、彼の横顔を眺めていたかった。
「時羽おねーちゃん!」
ナナがめいっぱい口を開けて笑顔で駆け寄ってくる。
身体を起こしてナナを受け止めると、指先で土に汚れた前髪をかきわけた。
「どうしたの、ナナちゃん」
「あのね、珍しいお花見つけたの!」
そう言ってナナが自慢げに見せてきたのは小さな白い花。
いくつも細い花びらが丸くなっているそれに私の胸が高鳴った。
「なにかしら? かわいい花ね」
「新種でしょうか……。まれに遠方から種が飛んできて咲くこともあるでしょう」
彼も身体を起こしてじっとその花を観察した。
するとナナははにかんで彼の手にその小さな花を手渡した。
「あげる」
「えっ……」
渡して満足したナナが再び遊びに戻ってしまう。
彼は手元に残った花を見下ろしてくすぐったそうに笑った。
「しおれてますね」
「本当だ」
はじめからナナは彼に渡す気でいたのだろう。
気合いを入れて握っていたためか、茎がふにゃふにゃになって花が傾いていた。
「桜や藤、椿みたいな花も素敵だけど、こうしたささやかな花もかわいいわ」
「どこからきたんでしょうね。花はたくさんあるので名前まではわからないです」
「名前なんてわからなくていいわ。はじめて見るんだもの。とてもワクワクするね」
「姫は本当に……」
彼はおだやかに微笑んで、やさしい眼差しで花を見下ろしていた。
こうして彼は言葉を言いきらないことも多いが、追究はやめておいた。
私たちの距離感はこれでいい。
大人になっていく時間の経過とともに、私は彼の苦悩もわかるようになってきた。
鬼狩りの一族。
公にはされていない特殊部隊となれば、表立って私の前に出ることも難しい。
いわば汚れ仕事専門で、宮中では忌み嫌われる集団であった。
それは私にとって腹立たしいことだが、忘れられた姫君に発言力があるはずもない。
(鬼が出て困ってる民を助けてるのは緋月たちなのに。何よ、貴族なんて蹴鞠をしてるだけじゃない)
優雅に鞠を蹴飛ばして、夜になれば”君が恋しい”だと酔って文を送る。
少しは国のためになることでもすればいいのに、と憤りを感じてもどうしようもないことだった。
***
夕暮れ時になり、私は彼とともに影を伸ばして帰り道を歩いた。
抜け穴が小さくなって外に出られないとぼやくと、彼が私の身体を持ち上げてひらりと壁を越えた。
「……緋月ってすごい身体能力が高いよね」
間抜けた声で驚いていると、彼は苦笑いをして私を下ろす。
「鬼狩りは体内に鬼の血を取り込んでいるんです」
「鬼の血を?」
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「……それで身体に負担はないの?」
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