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第4章

07 愛されたいから

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 ――頭が可笑しすぎる。

 彼女……ヒロイン、聖女であるメイベは、凡そ聖女とは思えない嫉妬にまみれた女のように私と殿下を見下ろしていた。私は、霞んでいる視界の中、机の上に置いてあるお茶を見る。ここに来て口にしたものといえば、あのお茶だろう。けれど、メイベもそれは口にしていた。彼女も、媚薬に犯されているのではないかと。


「……スティーリア様は、さすがですね。私には、媚薬は効きません」
「……っ、あのパーティーで、私に媚薬を持ったのも貴方?」
「はい。本当に、すみません、あれは出来心だったんです」
「正気じゃないわよ」


 悪意が無い顔。でも、よかれと思ってやっているわけではないだろう。罪悪感は少なからず抱いている……と思いたい。
 あのパーティーで、メイベが渡してきたスパークリングワインには媚薬が盛られていた。けれど、一度メイベはそれに口をつけていたと。何故あの場でそれを溜めそうとしていたのか分からなかったけれど、飲んでみて、効果が出なかったから、他の人で試してみよう、なんていう思いがあったのかも知れない。飲んだものを渡すというのも非常識だけれど、あの場で何でものを盛ったのだと……日尾樹脂期とかそういうのを越えている。
 これが、ヒロイン? なんて思えない。私に嫉妬している、という感じではなくて、ただ殿下に真実の愛を求めている少女。私を当て馬に使うつもりはないけれど、状況的にそうなっている。昔の女じゃなくて今の自分を見て欲しい。私を欲しがって欲しいと……きっとそういう感情からやってしまった行動なのだろう。けれど、許されるわけがない。もしこの後助かったとしても、彼女は――


「貴方、何をしたか分かっているの?」
「分かっています。でも、私も限界なんです。ただ薬草を作って人の為にって生きてきただけなのに、聖女だって、男爵家の養子になって。いきなり皇太子の婚約者になれって。怖い、魔獣と戦わされて……それも、皇太子殿下には、婚約者がいたのに……私は、略奪したみたいで!」


 メイベは叫んだ。心からの叫びだったに違いない。ヒロインがこんな感情を抱いていたなんて、と不思議と同情というか、可哀相だと思えてきた。彼女が、転生者でもなく、ただのヒロインで、でも、ヒロインっていうのも、ゲームのためだけに存在している存在じゃなくて、そこに生きていて。

 確かに、不安ばかりだろう。そして、しっかりと略奪したみたいだということを自覚している。私への罪悪感もあったのだろう。だから、私に執拗に絡んできた。彼女なりの罪滅ぼしだったのかも知れない。天然で、馬鹿で、だからファルクスの格好いい姿が見たい、とか言えたんだろう。彼女自身、分かっていることと、無意識でやっていることがある。その境目に、気づくことは出来なかったみたいだけど。
 どうせなら愛されたいと。自分が、聖女で、元からいた婚約者を差し置いて皇太子の婚約者になって。ならば、愛されたい。自分が選ばれたには理由があると、彼女なりに理由をつけようとしていたのかも知れない。納得できる理由を。擁護は出来ないけれど、彼女も私と同じで真実の愛を求めていたと。そんなの、あるかも分からないのに。彼女は夢見がちで、天然だから、愛される刺客があるのかも知れないと思っていたのかも知れないと。私にはそんなものなかったけれど。

 まあ、でも、許されないことをしているのは事実だった。


(これって……適切な処置と、薬がないと、死ぬのよね……メイベはそこのところちゃんを分かっているのかしら)


 いくら、自分が媚薬が効かない体質とはいえ、私がこの媚薬を飲んでしまったときには、死にそうなくらいの苦痛を受けた。ラパンとファルクスがいてくれたから、適切な処置を行うことが出来て、大事には至らなかったけれど、最悪死に至る可能性だってあるこの媚薬を……公爵令嬢と、皇太子に盛るものなのだろうか。そこの所は、メイベ、甘いと思った。さっき、分かっているといっていたけれど、分かっていない。助かった後のこと考えたら、国外追放ですまされればいい方で、皇太子暗殺未遂で処刑になる事だって……


「メイベ。今すぐ、解毒薬を渡して」
「す、スティーリア様」
「貴方は効かないかも知れないけれど、これは耐性のない人間にとっては毒よ。死に至る可能性だってあるの」
「わ、分かってます」
「分かってないわ。このまま、私と殿下を殺したいの? 殺人者になりたいわけ?」
「……っ」


 メイベは、ギュッと胸の真ん中で手を握った。何を躊躇っているのだろうか。こんな方法を使って、殿下の気持ちが自分に向くと思っているのだろうか。
 馬鹿だ。本当に馬鹿。
 私が、息切れを起こしながら最速をすれば、彼女は私の手を取って、解毒薬を差し出した。小さな小瓶に入っている液体は、この間飲んだものと同じように思えた。


「何故、一つ……だけ?」
「スティーリア様には、悪いことをしたと思っています。だから、スティーリア様は、好きなときにそれを飲んでください。でも、媚薬の効果は、抱けばおさまります。殿下に私を求めて貰いたい」
「だから、それが馬鹿だっていっているのよ」
「馬鹿でもいいです。私だって……私だって、スティーリア様とファルクス様みたいに、好きな人と愛し合いたい!」


 メイベは、目に涙を溜めていた。そんな目で見られても困ると、私は彼女を睨み付ける。
 これを飲めば私は助かる。でも、殿下がメイベを抱かなければ絵、殿下は死んでしまうだろう。かといって、殿下に渡したとしても、ファルクスが戻ってこなければ私も……


(公爵家に戻れば、解毒薬があるかしら。でも、そこまで理性を保っていられる自信がない……)


 ここが、皇宮でなくてよかったと思う。メイベが使用人にどんな手配をしているか分からないけれどバレたら大事になる。
 悲劇のヒロインぶっている彼女を諭すのはムリだと判断し、私は殿下の方を見た。彼も、息を荒めて苦しそうに私の方を見る。私じゃなくて、メイベを見なさいといいたいけれど、殿下が頑固なのを知っている為、いったところで何も変わらないだろうと思った。解毒薬は一つ……


「殿下、私、寝室で待っていますから。私を、愛してくださっているというのなら、来てください。私、待ってますから」
「ま、待ちなさい、メイベ!」


 バタン、と閉められる扉。
 本当に何を考えているんだと叫びたくなった。けれど、媚薬がまわってきた身体は言うことを聞いてくれなくて、布が擦れるたび酷く身体が疼いた。あの時の感覚と恐怖が一気に襲ってくる。


「い……や……」
「スティーリア」
「……えっ」


 ドサリと、何かが上にのしかかった。それが、殿下だということに気づくのに、私は反応が遅れ、ただ殿下の方に顔を向けることしか出来なかった。


「す、スティーリア」


 上気した頬、潤んだ瞳、触れた部分から伝わってくる熱に身体が仰け反る。
 このままじゃ不味いと、数多の中で警告音が鳴り響いた。


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