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第1部1章

10 物語が始まる

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「――公女、いい加減機嫌を直せ」
「……」
「公女! ッチ、面倒くさいな」


 後ろから大きな舌打ちが聞えてきても、私は振返ることをしなかった。皇宮で働くメイド達に髪のセットからドレスまで着せて貰ったタイミングで、殿下がやってきたのだが、先ほどの発言もあり、この男が危険であると再認識したため距離を置こうと思った。最悪なことに、ドレスは殿下の髪と同じ真紅で、背中が開いているタイプのものだった。幸い、髪の毛は隠れるが、ドレスを見た殿下が「見立て通りだな」と如何にも自分が選びました、みたいな顔をしたのもイラついた。
 全ての行動が鼻について仕方がない。多分こういうのを相性が悪いというのだろう。


「何がダメだったんだ。いえ、公女」


 何故私が責められているのか。本人に自覚がないのならいっても仕方がないことだと思ったが、私は足を止めた。すると、後ろをついてきていた殿下の足も止る。
 私は、はあ~とわざと大きなため息をついたあと、ゆっくりと振返った。そこには、眉間に皺を寄せた不機嫌そうな殿下が立っている。本当にこれじゃあ、どっちが悪いのか分からない。でも私に非はないはずだ。


「いっておきますけど殿下。私は、ストーカーされるのは嫌です。いくら番といっても、その力をこんな為に使われては困ります。ストーキングに、誘拐、監禁まで……」
「誘拐も、監禁もしていないが? いつの間に公女とそんな関係になったんだ。それとも、誘拐と監禁をご所望か?」
「……つけ回されるのは嫌です。それに、あんなことに巻き込まれるなんてもう二度とごめんです」
「別にいいだろう。怪我をしたわけでもない。命があるだけいいと思え」
「巻き込んだ本人が何を」
「だから悪かったと謝っているだろう。何がそこまで気に入らない」


 貴方の全部。
 そう言えればどれほど楽だろうか。だが、それをいったら今度こそ打ち首だ。今の殿下を刺激すれば、その腰に下げている剣で首を切られるかも知れない。そうなれば、私はあの暗殺者と同じように――


「……っ、公女、震えているのか?」
「……っ」
「そんなに嫌だったのならもうしない。ああ、これだから女は面倒くさい……扱いが分からない」
「……」
「ふて腐れるな公女。いつもの威勢がないのはつまらない」


と、殿下は私の肩に触れようとする。その手を私は払いのけた。

 殿下は夕焼けの瞳を丸くしていたが、彼はそれ以上狼狽えることなく真っ直ぐと私の顔を見ていた。


(威勢がないのは、誰のせいだと……)


 女は面倒くさい、扱い方がわからない。ならば、関わらなければいい話でしょう。それもできないのに、私に自分の理想ばかり押しつけられても困ると思った。
 興味を持たれても、殿下の中にその感情がある以上、私達は進展することなどないと思う。やっぱり、ここ止まり。


「私は、血が嫌いです。死体を見たのも今日が初めてでした」
「まあ、貴族令嬢が早々拝めるものではないだろうからな。それが理由か?」
「いえ、それも理由の一つですが、私が一番腹を立てているのは殿下の態度です」


 気に入らないなら関わらなければいい。
 殿下は自分にとって意味のある一年にしてくれといった。ならば、意味のない一年にしようとしている女などきりすてればいいものの。彼は変わらず私に関わろうとしている。自ら、面倒くさいものは嫌い、手間がかかるものは嫌うのに。だからだろう、私に求めてくるのは。自分は変わろうとせずに私に押しつけてくる。だから、私がこれだけ不満をぶちまけていてもお構いなしなのだ。
 別にこのまま関係が悪くなっても私は構わない。どうせ、どうせ――


「そもそも私も男性が苦手なんです。とくに殿下のような、自己中心的な男は。私は殿下の都合のいい女じゃないんです。勿論、都合のいい番でもない。表むき、貴方の呪いを解くために選ばれた人間に過ぎません」
「だから?」
「だからって……もう、知りません。殿下はその呪いを解いてくれる人が現われるでしょうけど、私は一年後に死ぬ予定なので。それまでは、お互いに深入りせず過ごしましょう」
「だから、公女。何故そんなことが言い切れる?」


 殿下の人を殺した手が私の腕を掴む。振り払うことができただろうが、怖くてできなかった。もし、振り払ったら暴力を振るわれるかも知れない。そんなことが頭をよぎったのだ。過去に、私は――
 話すことができたら楽だろう。でも信じてもらえない。いったところで、作り話だと笑われるだろうか。それとも、人々の娯楽のために消費される、そのために作られた話だと激怒するだろうか。殿下は……殿下は、戦争なんてなくなればいいと思っている。でも作者は戦争がある世界を描いたわけで。


「それは――」


 意を決して話そうと思ったその瞬間だった。グラグラと、空間が揺れる。倒れそうになったところを殿下に抱き留められ、私は彼の腕にの中にすっぽりと収まる。離して、と口に出てしまったが、「大人しくしてろ」と真剣な表情でいわれ、黙るしかなかった。しかも、もの凄い密着度で、腰に回された腕も力強く、彼の踏ん張りにより、いきなり起きた地震で倒れることなくその場に立っていられた。
 そうして暫くすると、揺れは収まったが、遠くの方で七色の光がちらついた気がした。


「な、何が起きたの?」
「……」
「殿下ーッ!」


 慌てた様子で走ってきたのはマルティンで、彼は息を切らし、私達の前に来ると乱れた髪を振り上げて窓の外を指さした。


「光の柱です! 異世界の門が、聖女が現われました」
「聖女だと? そんな迷信を信じろと?」
「しかし、今の揺れと、光の柱が出現したんです! 間違いないです」
「……ッチ。公女、今から会議が開かれるだろうが、俺もお前も出席することになるだろう」
「ちょっと待って下さい」


 殿下は苛立った様子で私に暴言を吐くようにそういった。彼の豹変具合に驚きつつも、マルティンの慌てっぷりや、聞き慣れた単語がいくつかあったことから私も頭を整理する。


(光の柱、異世界の門……それってつまり――)


 殿下とマルティンが走り出したが、私は数秒の間思考が停止してしまった。彼らは私がついてきていないことに気づいていないようで、廊下の端へと消えてしまう。それでも私は、先ほどとはまた違う震えと、血の気が引くような感覚で動けなかった。
 なぜならば、そのつなぎ合わせた単語は……物語を大きく動かす、いや始まりの出来事だったから。 


「ヒロイン……?」


 ヒロインがこの世界にやってきた。すなわち、物語が始まる――私の悪役ルート、バッドエンドへのカウントダウンが始まったのだから。


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