一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第1部1章

09 計画的犯行

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「ひ、広い……」
「何だ、公女も興奮しているんじゃないか。やはり、俺と入るのを楽しみに――」
「してませんから。温泉みたい……」


 後ろで、温泉? と殿下の声が聞えたが私は無視して、目の前に広がる大浴場を眺めていた。大理石で造られた浴場は、大勢の人が一度に入れるほど大きい。貴族のお風呂とはこんなに凄いものなのかと感心すると同時に、日本が懐かしく感じた。いや、多分皇宮が特別なだけだろう。公爵家はそもそも一人ではいるお風呂しかないし、別々だし、メイドもついているし。


「とりあえず、私は湯につかりたいので殿下は後から入ってきてください」
「一緒に入ればいいだろう?」
「嫌です」
「俺も、裸だと寒い」
「…………分かりました。それは、生理的なものなので仕方ないですね」


 確かに湯気が立っているとはいえ、裸のまま殿下を立たせ続けるわけにはいかないと思った。後から殿下に訴えられたら罪に問われそうだ。その時どんな罪に問われるのだろうか。殿下を裸のまま大浴場に放置した罪? だろうか。
 私はタオルで前を隠しながら、湯船に足をつけ温度を確認した後、タオルを浴槽の縁においてゆっくりと身体を沈める。じんわりと足の指先が温まるのを感じ、ほっと息を吐く。


「気持ちいいか?」
「はい……って近いです。離れてください」


 殿下はそんな私を満足そうに見つめながら、温泉に浸かりこちらを見た。いつほっこりして返事をしてしまったが、距離を限り無く縮めてきた殿下に気づいて私は立ち上がってしまった。バシャンと水しぶきが上がり、殿下の顔にかかる。あ、と思った時には遅く、殿下は少しだけ顔をしかめていた。


「す、すみません、驚いてしまって……って、殿下が悪いんですからね」
「ふむ、やはり身体をしているな」
「今すぐ出ていって貰えますか。それか私が出ていきます」
「いいだろう。何だ、身体の付き合いというのか、こういうのを」
「殿下とはそんな付き合いにはなりたくないですけどね」
「番だろ」
「ことあるごとに、それを持ち出してくるのやめて貰っていいですか?」


 殿下は、長い真紅の髪を高い位置でお団子にくくっており、湯船につからないようにしていた。そう言うところはしっかりしているのかと、不思議に思ったが、今すぐにでもほどきたいといった感じに頭を触るので、多分使用人にやって貰ったんだなと察しがついた。


「本来は、湯船に髪の毛をつけるのはダメですが、慣れていないのならほどいてもいいのでは? どうせ、私と殿下しかいないんですし」
「公女は、優しいのか、冷たいのかよく分からないな」


 そういって、殿下はシュッと髪紐をとき、お団子にしていた髪の毛を下ろした。その仕草から、殿下の痛々しい身体も、夕焼けの瞳と紅蓮の髪が一層美しく見えた。まるで絵画のような、その一瞬を納めたいくらいだった。
 私は無意識に感嘆の声を漏らしながら、殿下を眺めていた。


「綺麗……」
「……それは、俺に対して言ったのか? それとも湯に対してか?」
「湯に対してってなんですか……別に、殿下にいったわけでは」
「そういうことにしておこう。公女も綺麗だぞ」
「……っ、お世辞ありがとうございます」 


 今のは本音だろうか。
 そんなことないと、私は殿下に背を向けた。広い大浴場で離れていては、いつもより距離を感じる。いや、そんないつも一緒にいるわけじゃ無いが、少し離れているだけでも、離れているなと感じてしまうのだ。


「あの、ジロジロ見ないでください。穴が開きます」
「いいだろう。別に減るものでもないだろう」
「減ります」
「胸がか?」
「最低ですね。って、ちょっと、近付いてこないでください!」
「公女、広いのにそんな隅っこにいるな。こっちへこい」 


 そういうと殿下はザバっと湯船から立ち上がった。しっとりと濡れた真紅の髪が艶めかしくて私は目を背けた。別に何をされたわけではないのに、あの身体を見てしまった自分がなんだか悪いように思えてしまうのだ。一度身体を重ねたから? ううん、そんなはずない。そんな、変態みたいに。


「公女は風呂は好きか」
「いきなりどうしたんですか。変な質問ですね」
「変ではないだろう。俺は好きだぞ。戦場にいた頃は入れなかったからな。腐敗していく仲間の死体に埋もれた日もあった。凍りついて死にそうなときも。衛生環境のこと、自分の身体を考えることはすぐにでも捨てた。不要だったからな。どうせ、数時間、数分後には血で濡れる身体を洗う必要がないと思ったんだ」
「そう……ですか」
「今は、大きな戦争にかり出されないからな。毎日のように風呂にも入れる。暖かい服も、重い甲冑ではなくて柔らかな生地のものもな。戦争はない方がいい」
「え?」
「えってなんだ。公女もそう思うだろ?」
「私は……そうですけど」


 一瞬、殿下が頭でも打ったのかと思った。だって殿下は千頭強で、血も涙もないような冷酷な暴君で。
 聞いていた……読んでいた話とは、アインザーム・メテオリート皇太子殿下のキャラクター像とはかけ離れているのだ。私の読み間違いが、それとも元から――
 隣で湯船につかっている人は、普通の人間なんじゃないかと思えてきた。私が想像しているような野蛮な人じゃなくて、性格には勿論難ありそうだけど、彼も平和を。


「殿下は、戦争をなくならせるために戦っているんですか?」
「俺にはそれしかないからな。戦うことでしか、自分の存在意義を示せない。いや、皇太子の、国を背負う男の宿命だと思っている。こんな話面白くないだろ?」
「別に、私は聞いていて……楽しくはないですが、殿下が自分のことを話すなんて意外で」
「俺の話をすれば、公女の話を聞けると思った」
「……」
「公女はないのか。こうしたいとか、ああしたいとかいう夢は」
「……殿下の呪いが解けることですかね。そして、私は自由になりたい」
「何故自由を求める?」


と、殿下は私の方を向かずにいった。もしかしたら、答えを聞くのが怖かったのかも知れない。

 私だって、自由の定義はまだ曖昧で、望めるなら、このまま呪いを引き受けず生きたいと思っている。でも、ここが物語の世界である以上私はそこから外れることはできないだろう。


「番だなんて、縛られたくないんです。恋愛ってそういうものじゃないでしょう」
「確かにそうだな。そもそも、恋というものも、愛というものも俺には分からんし、くだらない。だが、一つだけ番でよかったこともあるぞ?」
「私はそう思いませんが」
「城下町――さっき会ったのは偶然じゃない。居場所が分かったからだ」
「居場所が?」


 いきなり話を変えるもので、私は思わず殿下の方を見てしまった。すると殿下は「ようやくみてくれたな」とふわりと微笑んだ。そんな顔出来たんだ、と思うと同時にはめられた、と私は顔を逸らす。


「そ、それで、居場所が分かると番って……ああ、もしかして、気持ちの繋がっている番だったらお互いの場所が分かる的なあれですか」
「ああ、そうだ。公女も感じただろ? うなじあたりから頭にかけてピリピリとした感覚を」
「た、確かにしましたけど……あれって、そういうことだったんですか。じゃ、じゃあ、わざと巻き込んだんですか!?」
「そうなるな」
「さ、最低です。そして、返り血まで……! 信じられないです」


 いい話かと思いきや、やはり計画的犯行だったのだ。いや、暗殺者に襲われたのは事実なのだろうが、あそこまで暗殺者を追い詰めたのは計算しての――
 そう思うと一気に怖くなって、私は慌てて湯船を出た。この男は危険すぎる。何を考えているか分からない以上、関わらない方がベストだと、私はそのまま大浴場を後にした。

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