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第1部2章
01 狂いだした物語
しおりを挟む――生きている心地がしない。
「長年信じられていた予言がついに! 予言の聖女様が降臨されました」
「にわかには信じがたいことだが、光の柱……異界の門より聖女が現われ、帝国に繁栄と栄光をもたらすと。」
「……予言に偽りはないだろう。よって、先よりあらわれた少女は、聖女と見なす。これより、聖女の守護および、保護者を勤める家とその他、聖女に関わることについての会議を始める」
やや色の落ちた赤い髪の皇帝陛下がそういうと、静かな会場にざわめきが起こる。
皇帝陛下を中心に、コの字に並べられた机には、私達メルクール公爵家、シュテルン侯爵家、トラバント伯爵家の人間が座っている。勿論その中に、クラウトとミステルもおり、私の方を見てヒソヒソと話していた。席も近くして貰っているようで、メルクール公爵家だけ孤立しているようだった。隣に座るお父様も少し焦っているようで、机の下で握っている拳が震えている。
(……このシーン、小説で見たわ)
ヒロインが現われ、聖女だと認定為れたこの会議内で、彼女の保護者……保護家を勤める家を決めるというシーン。本来なら、ここで私が手を真っ先に手を挙げ、ヒロインを保護することになるのだが、あまりヒロインと関わりたくなかった。しかし、小説の話を変えてしまうと対処しきれないことも考えられる。どうせ、何をしても殿下の気は、ヒロインに移るだろうけれど、殿下の事を気にしつつ、ヒロインのことを気にしている余裕など私になかった。
お父様も迷っているようで、どうすべきか唇を噛みながら息を殺している。そもそも、私達の気分で決められるわけじゃないのだ。
ヒロインは、美しい飴色の髪に、黒い真珠のような瞳を持った花のような少女で、今は別所で保護されているが、殿下とで会い恋に落ちる。はじめこそ、慣れない異世界に困惑していたものの、殿下の誰も寄せ付けない寂しそうな背中を見て、おせっかいな彼女は殿下の心を開こうと躍起になる。そうして関わっていくうちに、恋心が両者に目覚め、落ちていくと……まあ、ベタな展開である。右も左も分からない異世界にいきなりとばされて、予言の聖女だなんていわれて。いきなり帝国のために力を貸してくれとあれよあれよと話が進んでいき、孤独を感じていたヒロインだからこそ、一人戦う孤高の殿下にシンパシーを感じていったのだろう。
そんな彼女に殿下は心を許していくが、それと同時に彼女は様々な輩から狙われることになる。それが、今敵対している国の暗殺者たちらしい。誘拐とか、奇襲とか、もう二人の距離が縮まりそうなエピソードは多く、全てを把握しきれていない。ただ、そんな吊り橋効果もあり、だんだんとヒロインに惹かれていき殿下は彼女を守る役を担うようになる。ただか弱いだけではなく、自分から動こうとする彼女に殿下は惹かれていったのだろう。守らなくてもいいが、守りたい存在にってヤツだ。
(というか、殿下はどこに行ったのかしら)
出席するとかいいつつ、この場にはいなかった。もしかしたら既にヒロインに会っているのでは? と思ったが、それでは小説の話が変わってしまうと思った。しかしいないということは……と不安になる。
(いやいや、不安になってどうするのよ。どうせ変わらないって分かってるでしょう……)
何をきていしているのか。先ほどまであんなに言い合っていた男なのだ。私のことなどもう興味が失せてしまったはずだと。
とりあえず、意識を会議に向けなければと私は前を向いた。周りではヒロインをどうするかとこそこそと話している。誰も手を挙げないのなら、私があげるしか――
そう思って机から手を出そうとしたとき、とある人物が手を挙げた。
「はい」
「ミステル・トラバント伯爵令嬢、何か言いたいことでもあるのか」
「聖女様の保護を、このトラバント伯爵家に任せてはいただけないでしょうか」
(――え?)
話が違う、と私は焦った。ここは、ロルベーアが手を挙げるところ。でも私が手を挙げなかったから、ミステルが手を挙げたというのだろうか。
遅れてしまった。今からでもあげるべきか。そう思っていると、お父様が私の手を握った。そして、冷たいアメジストの瞳を向けてきて「余計なことはするな」と圧をかけてくる。遅れてしまったことは仕方がないし、ここで争っても意味がないと思ったのだろう。それに、お父様は分かっている。トラバント伯爵家が手を挙げたということは、その支援にシュテルン侯爵家がまわることを。だから、二対一で勝ち目はないと。手を挙げなかった私の落ち度だ。痛いくらいに握られている手に視線を落とせば、手の甲に刻まれた番の紋章が目に入った。彼の髪の毛のような真紅の紋章が刻まれており、旧態で番である殿下の名前が刻まれている。同様に、殿下の手の甲にも私の名前が刻まれているのだろう。
(見るのも嫌だから、これからは手袋をしましょう)
そんな呑気なことを考えながら、変わってしまった物語をどう修正するか考えていた。いや、もう修正のしようがない。
「メルクール公爵家は、現在、皇太子殿下の呪いを解くことで忙しいでしょうから。荷が重いでしょう。ですので、是非帝国の三つの星の一角である、このトラバント伯爵家にまかせてはいただけないでしょうか」
と、ミステルは高らかにいう。
筋が通っていないようで、通っている。確かに理由は最もなのだ。でも、原作ではそれすら押し切ってロルベーアが、公爵家が引き受けると言って聞かなかった。その時はミステルが圧に負けて引き下がり、ロルベーアが彼女の世話をする事になったのだが、そこからが問題で……
ロルベーアと殿下が番な以上、殿下が公爵家を訪れるのは必然で、その際にヒロインが殿下に……という流れなのである。となれば、ミステルのトラバント伯爵家に任せれば、殿下とヒロインの接点をなくせるのではないかと思った。わざわざヒロインの動向を監視しなくても、殿下から離しさえすれば――上手くいけばの話だが。
「メルクール公爵家、シュテルン侯爵家、異論はないか」
と、皇帝陛下が言うと、シュテルン侯爵家の者達は軽く頷く。異論はない、と。そして、メルクール公爵家はもないでしょう? と二家は公爵家の方に視線を向けた。一気に視線が集まり、私も異論がない、というフリをし、私は知らないふりをした。隣でお父様も悔しそうに唇を噛んでいるのが分かる。
(私だって同じ気持ちよ)
これは多分私のミスだ。ヒロインが現われたという言葉に動揺して、対策を後回しにしてしまったことへの報い。殿下が私を見限った時のために、何か対策を……とか色々考えている間に起こった出来事。まさかこんな事になるとは思ってもいなかったのだから仕方ないといえば仕方のない話であるのだけれど。でも、殿下から離すことができるのなら、少しは可能性があるのではないかと。
「では、聖女の保護者はトラバント伯爵家が担うということで」
と、皇帝陛下が言い会議は終了となった。席を立とうとして私はふと気づく。結局殿下が参加していなかったということに。あれ程急いでいたというのに姿を見せなかったのだ。すでに、物語が狂い始めているため、イレギュラーが起こってももう何も言わない。少しでも、殿下からヒロインを離すことだけ考えようと、私は考え会議室を出た。
「痛……っ」
番の紋章が刻まれた左手首を見れば、先ほどお父様が掴んでいたところが赤く滲んでいた。動かすたびに痛むし、これは重症だな、とあまり動かさないように抑えながら一歩踏み出すと、前から見慣れた色が歩いた来た。
「もう会議は終わったのか、公女」
「……殿下」
颯爽と現われた真紅の彼は、飄々としており、今まで何をしていたんだ? みたいなイラつく表情をしていた。
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