12 / 128
第1部2章
01 狂いだした物語
しおりを挟む――生きている心地がしない。
「長年信じられていた予言がついに! 予言の聖女様が降臨されました」
「にわかには信じがたいことだが、光の柱……異界の門より聖女が現われ、帝国に繁栄と栄光をもたらすと。」
「……予言に偽りはないだろう。よって、先よりあらわれた少女は、聖女と見なす。これより、聖女の守護および、保護者を勤める家とその他、聖女に関わることについての会議を始める」
やや色の落ちた赤い髪の皇帝陛下がそういうと、静かな会場にざわめきが起こる。
皇帝陛下を中心に、コの字に並べられた机には、私達メルクール公爵家、シュテルン侯爵家、トラバント伯爵家の人間が座っている。勿論その中に、クラウトとミステルもおり、私の方を見てヒソヒソと話していた。席も近くして貰っているようで、メルクール公爵家だけ孤立しているようだった。隣に座るお父様も少し焦っているようで、机の下で握っている拳が震えている。
(……このシーン、小説で見たわ)
ヒロインが現われ、聖女だと認定為れたこの会議内で、彼女の保護者……保護家を勤める家を決めるというシーン。本来なら、ここで私が手を真っ先に手を挙げ、ヒロインを保護することになるのだが、あまりヒロインと関わりたくなかった。しかし、小説の話を変えてしまうと対処しきれないことも考えられる。どうせ、何をしても殿下の気は、ヒロインに移るだろうけれど、殿下の事を気にしつつ、ヒロインのことを気にしている余裕など私になかった。
お父様も迷っているようで、どうすべきか唇を噛みながら息を殺している。そもそも、私達の気分で決められるわけじゃないのだ。
ヒロインは、美しい飴色の髪に、黒い真珠のような瞳を持った花のような少女で、今は別所で保護されているが、殿下とで会い恋に落ちる。はじめこそ、慣れない異世界に困惑していたものの、殿下の誰も寄せ付けない寂しそうな背中を見て、おせっかいな彼女は殿下の心を開こうと躍起になる。そうして関わっていくうちに、恋心が両者に目覚め、落ちていくと……まあ、ベタな展開である。右も左も分からない異世界にいきなりとばされて、予言の聖女だなんていわれて。いきなり帝国のために力を貸してくれとあれよあれよと話が進んでいき、孤独を感じていたヒロインだからこそ、一人戦う孤高の殿下にシンパシーを感じていったのだろう。
そんな彼女に殿下は心を許していくが、それと同時に彼女は様々な輩から狙われることになる。それが、今敵対している国の暗殺者たちらしい。誘拐とか、奇襲とか、もう二人の距離が縮まりそうなエピソードは多く、全てを把握しきれていない。ただ、そんな吊り橋効果もあり、だんだんとヒロインに惹かれていき殿下は彼女を守る役を担うようになる。ただか弱いだけではなく、自分から動こうとする彼女に殿下は惹かれていったのだろう。守らなくてもいいが、守りたい存在にってヤツだ。
(というか、殿下はどこに行ったのかしら)
出席するとかいいつつ、この場にはいなかった。もしかしたら既にヒロインに会っているのでは? と思ったが、それでは小説の話が変わってしまうと思った。しかしいないということは……と不安になる。
(いやいや、不安になってどうするのよ。どうせ変わらないって分かってるでしょう……)
何をきていしているのか。先ほどまであんなに言い合っていた男なのだ。私のことなどもう興味が失せてしまったはずだと。
とりあえず、意識を会議に向けなければと私は前を向いた。周りではヒロインをどうするかとこそこそと話している。誰も手を挙げないのなら、私があげるしか――
そう思って机から手を出そうとしたとき、とある人物が手を挙げた。
「はい」
「ミステル・トラバント伯爵令嬢、何か言いたいことでもあるのか」
「聖女様の保護を、このトラバント伯爵家に任せてはいただけないでしょうか」
(――え?)
話が違う、と私は焦った。ここは、ロルベーアが手を挙げるところ。でも私が手を挙げなかったから、ミステルが手を挙げたというのだろうか。
遅れてしまった。今からでもあげるべきか。そう思っていると、お父様が私の手を握った。そして、冷たいアメジストの瞳を向けてきて「余計なことはするな」と圧をかけてくる。遅れてしまったことは仕方がないし、ここで争っても意味がないと思ったのだろう。それに、お父様は分かっている。トラバント伯爵家が手を挙げたということは、その支援にシュテルン侯爵家がまわることを。だから、二対一で勝ち目はないと。手を挙げなかった私の落ち度だ。痛いくらいに握られている手に視線を落とせば、手の甲に刻まれた番の紋章が目に入った。彼の髪の毛のような真紅の紋章が刻まれており、旧態で番である殿下の名前が刻まれている。同様に、殿下の手の甲にも私の名前が刻まれているのだろう。
(見るのも嫌だから、これからは手袋をしましょう)
そんな呑気なことを考えながら、変わってしまった物語をどう修正するか考えていた。いや、もう修正のしようがない。
「メルクール公爵家は、現在、皇太子殿下の呪いを解くことで忙しいでしょうから。荷が重いでしょう。ですので、是非帝国の三つの星の一角である、このトラバント伯爵家にまかせてはいただけないでしょうか」
と、ミステルは高らかにいう。
筋が通っていないようで、通っている。確かに理由は最もなのだ。でも、原作ではそれすら押し切ってロルベーアが、公爵家が引き受けると言って聞かなかった。その時はミステルが圧に負けて引き下がり、ロルベーアが彼女の世話をする事になったのだが、そこからが問題で……
ロルベーアと殿下が番な以上、殿下が公爵家を訪れるのは必然で、その際にヒロインが殿下に……という流れなのである。となれば、ミステルのトラバント伯爵家に任せれば、殿下とヒロインの接点をなくせるのではないかと思った。わざわざヒロインの動向を監視しなくても、殿下から離しさえすれば――上手くいけばの話だが。
「メルクール公爵家、シュテルン侯爵家、異論はないか」
と、皇帝陛下が言うと、シュテルン侯爵家の者達は軽く頷く。異論はない、と。そして、メルクール公爵家はもないでしょう? と二家は公爵家の方に視線を向けた。一気に視線が集まり、私も異論がない、というフリをし、私は知らないふりをした。隣でお父様も悔しそうに唇を噛んでいるのが分かる。
(私だって同じ気持ちよ)
これは多分私のミスだ。ヒロインが現われたという言葉に動揺して、対策を後回しにしてしまったことへの報い。殿下が私を見限った時のために、何か対策を……とか色々考えている間に起こった出来事。まさかこんな事になるとは思ってもいなかったのだから仕方ないといえば仕方のない話であるのだけれど。でも、殿下から離すことができるのなら、少しは可能性があるのではないかと。
「では、聖女の保護者はトラバント伯爵家が担うということで」
と、皇帝陛下が言い会議は終了となった。席を立とうとして私はふと気づく。結局殿下が参加していなかったということに。あれ程急いでいたというのに姿を見せなかったのだ。すでに、物語が狂い始めているため、イレギュラーが起こってももう何も言わない。少しでも、殿下からヒロインを離すことだけ考えようと、私は考え会議室を出た。
「痛……っ」
番の紋章が刻まれた左手首を見れば、先ほどお父様が掴んでいたところが赤く滲んでいた。動かすたびに痛むし、これは重症だな、とあまり動かさないように抑えながら一歩踏み出すと、前から見慣れた色が歩いた来た。
「もう会議は終わったのか、公女」
「……殿下」
颯爽と現われた真紅の彼は、飄々としており、今まで何をしていたんだ? みたいなイラつく表情をしていた。
25
お気に入りに追加
953
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる