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第一章 はじまり
別れ
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王太子殿下がネスメ女子修道院に現れた数日後、私はヴァレリー院長に呼び出された。
え、もしかして、私何かやらかした?
全く身に覚えのない呼び出しに不安になりながら応接室の扉を開けた。
「ヴァレリー院長、失礼致します」
「イザベル様、ごきげんよう。どうぞ、こちらへ」
ヴァレリー院長は私を招き入れいつものように優雅な手つきでお茶を入れ始めたが、その表情はどこか硬い。
「仕事で忙しい中、急に呼び出してごめんなさいね。ちょっと急用が出来てしまったの」
「急用、ですか?」
「ええ。私も驚いているんですが、本日イザベルさんにお迎えが来る事になりました」
「え?」
「イザベルさん、貴女はこれから家に帰ることになりましたので、お茶を飲んで落ち着いてから帰り支度を始めて下さい」
寝耳に水とはまさにこの事。
突然の話に頭が付いていかない。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだこちらに来て一月も経っていないのにいきなり帰れって……一体どういう事ですか!?」
「実は昨夜アルノー家から手紙が届きまして、事情が変わり契約期間を切り上げる旨の記載がありましたの」
「事情? それは一体どう言った内容のものですか?」
「それが、詳細については何も書かれていなくて私も分からないのです。期間の短縮や延長は良くありますが、こんなに短期間で切り上げるケースは初めての事でして私も少し困惑しております」
「そう、ですか」
ヴァレリー院長の言動から、この話は事実なのだろう。
しかし、このまま「はいそうですか」と素直に聞き入れれば攻略対象者のアルフ義兄様に再び接近してしまう。
それに、折角仕事にも慣れてきて皆とも仲良くなれたのに。
「あの、どうしても帰らないといけませんか? 仕事に慣れてきましたし、これからも一生懸命働きます! それに皆様とも仲良くなって来たところで」
「イザベルさん。申し訳ないのですが、先方からの申し出を断る事は出来ません。私には受け入れを拒む権利はありますが、不当に引き渡しを拒否すれば、拉致や監禁の罪に問われる可能性がございます。……どうか、お察し下さいませ」
これ以上帰りたくないと駄々を捏ねても無駄ってことか。
これ以上長居しても、何も変わらないわね……。
「ご馳走様でした」
席を立とうとした時、ヴァレリー院長がぽつりと呟いた。
「これは私の独り言ですので、聞き流して下さい」
ん、何だろう。
ヴァレリー院長はしみじみした様子で話を続けた。
「貴女の活躍ぶりは良く耳にしていましたし、貴女が来てから孤児院の雰囲気は明るくなりました。きっといきなりの別れで皆も悲しむ事でしょうし、また機会がございましたらお顔を見せに来ていただけると嬉しいですわ」
「ヴァレリー院長……」
「あら、大変。お迎えの時間が迫ってきています。そろそろ帰り支度のご用意をお願いいたしますわ」
「はい。ヴァレリー院長、今までありがとうございました」
込み上げる想いを堪えながら立ち上がると、ヴァレリー院長へ一礼し扉を閉めた。
私は、前世では仕事でドジばかりして自分に自信が持てない人間だった。
でも、こうして仕事ぶりを認めもらえて、凄く嬉しい。
それと同時にここを離れる事が、とても寂しく感じた。
しかし、そうこうしていたらあっという間に時間が来てしまうだろう。
皆に、ちゃんと挨拶をしなければ。
早足で孤児院へ戻ると早速子供達が寄ってきた。
「あー、ベル! どこへ行ってたの?」
「ベル、遊ぼ!」
ああ、みんな私を慕ってくれる。
折角、仲良くなったのに。
「みんな、大好きよ」
子供達を纏めてギュッと強く抱き締めた。
小さい身体からふんわり甘い、子供特有の優しい香りがした。
「あのね、みんなに話さなければいけないことがあるの。……私、今日でここを離れないといけなくなっちゃったんだ。だから、一旦みんなとはお別れしないといけないの」
「お別れ」の言葉を聞いた子供達は騒ぎ出した。
「え! なんでー? やだよ!」
「ベル、行かないで! 行かないで!!」
「うわーん!!」
泣き出す子、嫌がる子で辺りが騒がしくなり、ルーシーさんが何事かと慌ててやって来た。
「イザベルさん、どうしました?」
「ルーシーさん、実は先程ヴァレリー修道院長よりお話がありまして、本日家の者が迎えに来るそうです。……今日で、修道院を出て行く事になりました」
ルーシーさんは事情を飲み込めない様で暫くぽかんとした表情をしている。
そうだよね、いきなりの事で私だってまだ頭がついていないもの。
「ほ、本日ですか!? 期間は一年と聞いていたのに」
「詳しい事情は分からないのですが、昨日ヴァレリー院長宛に迎えの者が来るとの知らせが入ったそうです。折角丁寧に指導をして下さったのに、こんな形でルーシーさんにお別れの挨拶をすることになってしまい、申し訳ない気持ちで一杯です」
「イザベルさん……」
「それに、折角懐いてくれた子供達と離れ離れになるのは辛いです。この子達の心に傷が出来なければいいのですが……」
子供達の事が心配で、足に絡み付く子達の頭を優しく撫でた。
「イザベルさん、まずは帰り支度を済ませた方がいいわ。他の修道女達には私からそれとなく伝えておきますから、支度が済んだら迎えの時間まで子ども達の側にいてやって下さい。それが……私からの最後の指示です」
「ルーシーさん。ありがとうございます」
私はルーシーさんに向かって一礼し、一旦子ども達と離れて自室へ向かった。
私が持ち込んだ物は数着の簡素なドレスと下着、身支度に最低限必要な小物だけ。
あっ、そうだ。
修道服とエプロンを脱いでお返ししなきゃ。
修道服を脱ぎ丁寧に畳む。
もう、この修道服を着る事もないのかな。
一人しんみりしているとコンコンッと扉を叩く音がした。
「あ、はい!」
扉を開けるとどこか暗い様子のクロエさんが立っていた。
「お姉さま、本日孤児院を立たれると伺いましたが、本当なんですの?」
「はい、今日迎えの者が来る事になりまして、 本日こちらを出て行くことが決まりました」
「そんな!」
「私も突然のことで驚いています。クロエさんとも折角仲良くなったのに、満足に挨拶も出来ないまま出て行く事になり、申し訳ございません」
「お姉さま……」
「短い間でしたが、ありがとうございました。家に戻ったらクロエ様に手紙を書きます」
「グスッ……お姉さまが急にいなくなるなんて寂しいですわ。私もお姉様にたくさん手紙を書きますわ」
ああ、ダメだ。
先程から涙腺が緩くなっているのか、じわりと景色が滲んだままだ。
荷物を抱えてクロエさんと共に広間に行くと、ルーシーさんを筆頭に共に働いた修道女達がズラッと並び子供達の手には花が握られていた。
「イザベル様、お疲れ様でした」
「いきなりいなくなるなんて寂しいですわ」
「もし近くに来た時は、ぜひお立ち寄り下さいね」
「皆様……ありがとうございました。お世話になりました」
ああどうしよう、凄く、嬉しい。
そして、皆と離れるのが、悲しい。
色んな想いが込み上げてくるのを必死で堪えて、その場で深くお辞儀をした。
すると、子供達が次々にやって来て、手に持っていた花を私に渡してきた。
「みんな……っ……!」
ああ、もう、そんな事されたら涙が。
必死に我慢していたが堪えきれず、ポタッと温かい何かが伝う。
子供達はそんな私を見てよしよしと頭を撫でてくれた。
思わず両手を広げて子供達を抱き締めていると、背後から聞き慣れた男の声がした。
「ベル、迎えに来たよ」
この声は、まさか!
「アルフ義兄様!? どうしてここへ」
アルフ義兄様はゆっくりこちらへやって来ると、涙に濡れる私の頬を優しく両手で包み込み、指で涙を掬い取った。
「泣き虫なのは昔から変わらないね。さぁ、挨拶はそのくらいにして家に帰ろう。おいで」
アルフ義兄様は私の側にあったトランクを軽々と手に取ると、反対側の手で私をエスコートする。
振り返り皆に向かって「ありがとうございました!」と再度お辞儀をすると、アルフ義兄様と共に歩き出した。
え、もしかして、私何かやらかした?
全く身に覚えのない呼び出しに不安になりながら応接室の扉を開けた。
「ヴァレリー院長、失礼致します」
「イザベル様、ごきげんよう。どうぞ、こちらへ」
ヴァレリー院長は私を招き入れいつものように優雅な手つきでお茶を入れ始めたが、その表情はどこか硬い。
「仕事で忙しい中、急に呼び出してごめんなさいね。ちょっと急用が出来てしまったの」
「急用、ですか?」
「ええ。私も驚いているんですが、本日イザベルさんにお迎えが来る事になりました」
「え?」
「イザベルさん、貴女はこれから家に帰ることになりましたので、お茶を飲んで落ち着いてから帰り支度を始めて下さい」
寝耳に水とはまさにこの事。
突然の話に頭が付いていかない。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだこちらに来て一月も経っていないのにいきなり帰れって……一体どういう事ですか!?」
「実は昨夜アルノー家から手紙が届きまして、事情が変わり契約期間を切り上げる旨の記載がありましたの」
「事情? それは一体どう言った内容のものですか?」
「それが、詳細については何も書かれていなくて私も分からないのです。期間の短縮や延長は良くありますが、こんなに短期間で切り上げるケースは初めての事でして私も少し困惑しております」
「そう、ですか」
ヴァレリー院長の言動から、この話は事実なのだろう。
しかし、このまま「はいそうですか」と素直に聞き入れれば攻略対象者のアルフ義兄様に再び接近してしまう。
それに、折角仕事にも慣れてきて皆とも仲良くなれたのに。
「あの、どうしても帰らないといけませんか? 仕事に慣れてきましたし、これからも一生懸命働きます! それに皆様とも仲良くなって来たところで」
「イザベルさん。申し訳ないのですが、先方からの申し出を断る事は出来ません。私には受け入れを拒む権利はありますが、不当に引き渡しを拒否すれば、拉致や監禁の罪に問われる可能性がございます。……どうか、お察し下さいませ」
これ以上帰りたくないと駄々を捏ねても無駄ってことか。
これ以上長居しても、何も変わらないわね……。
「ご馳走様でした」
席を立とうとした時、ヴァレリー院長がぽつりと呟いた。
「これは私の独り言ですので、聞き流して下さい」
ん、何だろう。
ヴァレリー院長はしみじみした様子で話を続けた。
「貴女の活躍ぶりは良く耳にしていましたし、貴女が来てから孤児院の雰囲気は明るくなりました。きっといきなりの別れで皆も悲しむ事でしょうし、また機会がございましたらお顔を見せに来ていただけると嬉しいですわ」
「ヴァレリー院長……」
「あら、大変。お迎えの時間が迫ってきています。そろそろ帰り支度のご用意をお願いいたしますわ」
「はい。ヴァレリー院長、今までありがとうございました」
込み上げる想いを堪えながら立ち上がると、ヴァレリー院長へ一礼し扉を閉めた。
私は、前世では仕事でドジばかりして自分に自信が持てない人間だった。
でも、こうして仕事ぶりを認めもらえて、凄く嬉しい。
それと同時にここを離れる事が、とても寂しく感じた。
しかし、そうこうしていたらあっという間に時間が来てしまうだろう。
皆に、ちゃんと挨拶をしなければ。
早足で孤児院へ戻ると早速子供達が寄ってきた。
「あー、ベル! どこへ行ってたの?」
「ベル、遊ぼ!」
ああ、みんな私を慕ってくれる。
折角、仲良くなったのに。
「みんな、大好きよ」
子供達を纏めてギュッと強く抱き締めた。
小さい身体からふんわり甘い、子供特有の優しい香りがした。
「あのね、みんなに話さなければいけないことがあるの。……私、今日でここを離れないといけなくなっちゃったんだ。だから、一旦みんなとはお別れしないといけないの」
「お別れ」の言葉を聞いた子供達は騒ぎ出した。
「え! なんでー? やだよ!」
「ベル、行かないで! 行かないで!!」
「うわーん!!」
泣き出す子、嫌がる子で辺りが騒がしくなり、ルーシーさんが何事かと慌ててやって来た。
「イザベルさん、どうしました?」
「ルーシーさん、実は先程ヴァレリー修道院長よりお話がありまして、本日家の者が迎えに来るそうです。……今日で、修道院を出て行く事になりました」
ルーシーさんは事情を飲み込めない様で暫くぽかんとした表情をしている。
そうだよね、いきなりの事で私だってまだ頭がついていないもの。
「ほ、本日ですか!? 期間は一年と聞いていたのに」
「詳しい事情は分からないのですが、昨日ヴァレリー院長宛に迎えの者が来るとの知らせが入ったそうです。折角丁寧に指導をして下さったのに、こんな形でルーシーさんにお別れの挨拶をすることになってしまい、申し訳ない気持ちで一杯です」
「イザベルさん……」
「それに、折角懐いてくれた子供達と離れ離れになるのは辛いです。この子達の心に傷が出来なければいいのですが……」
子供達の事が心配で、足に絡み付く子達の頭を優しく撫でた。
「イザベルさん、まずは帰り支度を済ませた方がいいわ。他の修道女達には私からそれとなく伝えておきますから、支度が済んだら迎えの時間まで子ども達の側にいてやって下さい。それが……私からの最後の指示です」
「ルーシーさん。ありがとうございます」
私はルーシーさんに向かって一礼し、一旦子ども達と離れて自室へ向かった。
私が持ち込んだ物は数着の簡素なドレスと下着、身支度に最低限必要な小物だけ。
あっ、そうだ。
修道服とエプロンを脱いでお返ししなきゃ。
修道服を脱ぎ丁寧に畳む。
もう、この修道服を着る事もないのかな。
一人しんみりしているとコンコンッと扉を叩く音がした。
「あ、はい!」
扉を開けるとどこか暗い様子のクロエさんが立っていた。
「お姉さま、本日孤児院を立たれると伺いましたが、本当なんですの?」
「はい、今日迎えの者が来る事になりまして、 本日こちらを出て行くことが決まりました」
「そんな!」
「私も突然のことで驚いています。クロエさんとも折角仲良くなったのに、満足に挨拶も出来ないまま出て行く事になり、申し訳ございません」
「お姉さま……」
「短い間でしたが、ありがとうございました。家に戻ったらクロエ様に手紙を書きます」
「グスッ……お姉さまが急にいなくなるなんて寂しいですわ。私もお姉様にたくさん手紙を書きますわ」
ああ、ダメだ。
先程から涙腺が緩くなっているのか、じわりと景色が滲んだままだ。
荷物を抱えてクロエさんと共に広間に行くと、ルーシーさんを筆頭に共に働いた修道女達がズラッと並び子供達の手には花が握られていた。
「イザベル様、お疲れ様でした」
「いきなりいなくなるなんて寂しいですわ」
「もし近くに来た時は、ぜひお立ち寄り下さいね」
「皆様……ありがとうございました。お世話になりました」
ああどうしよう、凄く、嬉しい。
そして、皆と離れるのが、悲しい。
色んな想いが込み上げてくるのを必死で堪えて、その場で深くお辞儀をした。
すると、子供達が次々にやって来て、手に持っていた花を私に渡してきた。
「みんな……っ……!」
ああ、もう、そんな事されたら涙が。
必死に我慢していたが堪えきれず、ポタッと温かい何かが伝う。
子供達はそんな私を見てよしよしと頭を撫でてくれた。
思わず両手を広げて子供達を抱き締めていると、背後から聞き慣れた男の声がした。
「ベル、迎えに来たよ」
この声は、まさか!
「アルフ義兄様!? どうしてここへ」
アルフ義兄様はゆっくりこちらへやって来ると、涙に濡れる私の頬を優しく両手で包み込み、指で涙を掬い取った。
「泣き虫なのは昔から変わらないね。さぁ、挨拶はそのくらいにして家に帰ろう。おいで」
アルフ義兄様は私の側にあったトランクを軽々と手に取ると、反対側の手で私をエスコートする。
振り返り皆に向かって「ありがとうございました!」と再度お辞儀をすると、アルフ義兄様と共に歩き出した。
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