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第二部 絆ぐ伝説
第五話四章 シャチの群れ
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クジラを襲うシャチの群れと化した自由の国の船団。
その獰猛な群れが最初に襲いかかったのは当然、前方で孤立している残り五隻の天命船だった。
ローラシア船団はこのとき、四つに分散している。先頭を走る天命船。その後方の主力艦隊。そして、自由の国の船団を左右から挟み込むべく迂回路をとっていた左右両翼の四つである。
その距離はかなり開いている。そもそも、天命船と通常の帆船では船足がちがいすぎる。陸上での戦闘に例えれば騎兵と歩兵のようなもので、もとより通常の帆船が天命船についていくなど不可能。天命船が意識して船足をそろえない限り、距離は開いていく一方。
しかも、今回の場合、天命船が敵船団の中央を突破し、ふたつに分断。そこへ、左右両翼が襲いかかり、戦闘に入ったところで主力艦隊が襲いかかる……という計画だったので、意識的に距離をとっていた。その分、通常よりもさらに距離が開いている。
しかも、天命船は自分の意思で動くことが出来るとは言え、基本的には事前に命令されていた通りにしか動けない。七隻もの仲間が沈められたとなれば、人間の指揮する船であればさすがに警戒して船足を緩めるなりするだろう。しかし、事前に中央突破を命じられていた天命船たちはひたすらその命令を遂行する。仲間たちが何隻、沈められようとかまわずに直進する。そのため、後方の主力艦隊との距離は開く一方。
さらに、敵を包囲するべく迂回路をとった左右両翼の船団も強い風にあおられて細かい操船が出来ず、予定以上の大回りを強いられていた。そのため、こちらも思った以上に距離が開いてしまっていた。
連携して戦おうにもすでに、それが不可能なだけの距離が開いてしまっていたのである。
そこへ、自由の国の船団が一斉に襲いかかったのだ。
いくら、速力、攻撃力、防御力、すべてにおいて勝る天命船であろうと勝負になろうはずがない。
まず、先陣を切ったのは『輝きは消えず』号である。
宝石の乙女を思わせる美しい船体が波を切って疾走する。その様はまさに泳ぎ。人工物ではない、海を自在に泳ぐ生物ならではの美しさに満ちていた。
その動きはあくまでも優雅であり、しかも、迅速。とても、水の抵抗を受けて進む船のものとは思えない。まるで、空を征く鳥そのままの動き。敵の急激な接近にうろたえ、ノロノロと迎撃態勢を整えようとするローラシアの天命船を嘲笑うかのように、中央に突っ込んでいく。
ローラシアの天命船が天命砲を開いた。砲門から光がほとばしり、『輝きは消えず』号めがけて破壊の天命が撃ち出される。
万物に『壊れる』という天命を植えつけ、自ら破壊させる。
それが、天命砲。
あらかじめ、天命の理によって防御処置を施していない限り、どれほど堅牢な材質であっても天命砲の一撃に耐えることは出来ない。なにしろ、自ら壊れるよう仕向けられるのだから。
『輝きは消えず』号も例外ではない。相手の天命砲を食らえば破損は免れない。しかし――。
『輝きは消えず』号は疾かった。
放たれる光の奔流をかいくぐり、海の上を泳ぎまわる。その姿はまるで、猛牛の突進をマント一枚であしらう闘牛士のようだった。
ローラシアの天命船は、その動きについていけない。狙いを付けることが出来ず、『輝きは消えず』号の動きに翻弄され、右を向いたり、左を向いたり。これが人間であれば、相手の動きを追ってグルグル回転したあげくに足をもつれさせて倒れてしまうという醜態振り。
五隻の天命船は『輝きは消えず』号を追って動きまわったあげく、お互いに接触したり、ぶつかったりと、お互いに相手の動きを邪魔してまわる羽目に陥った。もはや、砲撃するどころではなく大混乱である。
「さあ。今度はこちらから挨拶しようか」
ただひとり、『輝きは消えず』号に乗り込んでいる空狩りの行者が紅い唇に妖しい笑みを湛えながら言った。
「かの人たちに刺激的な口づけを」
行者のその声に答えて――。
『輝きは消えず』号の天命砲が放たれた。
相手と同じ光の奔流。
しかし、相手よりもはるかに正確に狙いを付けられた砲撃。
狙いはあやまたず敵天命船の一隻に直撃した。
響いたものは破壊音ではなかった。
悲鳴だった。
天命船は『生きた船』であり、痛みも感じれば、恐怖も感じる。その身を壊されれば悲鳴をあげるのが当然だった。
「うん。刺激的ないい口づけだ。さすが、魅力的な女性はちがうね」
行者は『輝きは消えず』号の船縁に手を置きながら優しく語りかけた。
「さあ、つづけていこうか。君の魅力を存分に振りまいてあげよう」
褒められて嬉しくなったのだろう。『輝きは消えず』号はますます速度を速め、敵天命船の間を泳ぎまくり、天命砲を撃ち放つ。ローラシアの天命船はその阿修羅のような動きについていけず、右往左往するばかり。反撃どころか身を守ることすらままならない。
こうなると、『自らの意思で身を守る』という天命船の長所が短所となる。全体を見て指揮する存在がおらず、それぞれの船がそれぞれの判断で逃れようとするため戦列がばらばらになり、お互いに接触し、ぶつかりあい、航行を邪魔する始末。
海上にあって無敵であったはずの天命船。
その天命船はいまや、迷子の子イヌの群れと化していた。
その様を受けて、『海の女』号の船上で高らかに銅鑼が鳴る。
新たな旗が船上に掲げられる。
総攻撃の合図だった。
自由の国の船団は襲いかかった。
迷子の子イヌの群れと化した天命船へと。
先陣を切ったのはプリンス率いる『黒の誇り』号と〝ブレスト〟の指揮する『砂漠の踊り子』号。自由の国海軍において『双璧』とも言える二隻の三級艦は、ローラシアの水夫たちには到底、真似の出来ない練達の操船術にものを言わせて、うろたえる天命船に接近した。左右から挟み込み、肌と肌がふれあうほどの至近距離からありったけの砲弾を叩き込んだ。
大袈裟ではなく『手と手を伸ばせば届きそうな』距離から何十発という砲弾をまとめて叩き込まれたのだ。いかに、防御力に優れた天命船であろうと無事でいられるわけがない。無数の鉄製の砲弾に叩かれ、外壁を破壊され、ヒビ割れた場所から海水が入り込む。
そこに、第二、第三の砲弾が叩き込まれる。ヒビは拡大し、連鎖し、つながり合い、強靱な外壁が音を立てて海に落ちる。そこに一気に大量の海水が流れ込み、船の姿勢を崩す。船乗りを惹きつける伝説の海妖の歌のように、海の底深くに引きずり込む。
破壊された天命船は為す術もなく、悲鳴をあげながら海中に沈んでいく。それはさながら、人間に裏切られ、泡となって消える人魚の声のようだった。
自由の国船団は次々と天命船を包囲し、砲弾を叩き込む。
その迅速な操作、細かな制御はまさに海に生き、海に死ぬ海賊ならではのものであり、他の誰にも真似の出来ないものだった。
さらに、残りの天命船にガレノアの愛船『海の女』号と、それにつづく船たちが襲いかかった。
これらの船はいずれも等級で言えば五級艦以下であり、各国海軍の基準で言えば海戦における主役とはみなされない。船体は小さく、防御力も弱く、大砲の数も少ない。『黒の誇り』号や『砂漠の踊り子』号と言った三級艦が八〇門以上の大砲を備えているのに対し、四〇門程度しか備えていない。
火力においても、防御力においても戦列艦に比べてはるかに劣り、まともにやりあえば一方的に撃滅される。
しかし、その分、小型で小回りが効く。帆以外に櫂も備えており、風力のみならず、人力での航行が可能。それが、大型帆船には不可能な細かな操船を可能にする。
その特性と海賊たちの入神の技量が合わさったとき、小型で非力なはずの五級艦がクジラさえも食い殺す獰猛なシャチと化す。
「つづけ、つづけえっ! お前らの腕の見せ所だぞ!」
ガレノアの叫びが海の上に響き渡る。
その叫びに応えて自由の国の船団が生き残りの天命船を取り囲む。ただ一隻の天命船を『海の女』号をはじめとする数隻が取り囲み、そのまわりをグルグルと回転する。逃げ場を失った天命船めがけてありったけの大砲を撃ちまくる。
その動きはまさにクジラを狙うシャチそのもの。
この強風と高波のなかでの一糸乱れぬ船団行動。それは、ローラシア海軍には、否、どの国の海軍にも不可能な、生粋の海賊ならではの技量。輪となって展開し、中央の敵船めがけて大砲を撃ちまくるという、一歩まちがえれば同士討ちになりかねない危険な戦法もまた、正規の海軍であれば決してやらないし、出来ない。死の恐怖などどこ吹く風と笑い飛ばす、海賊たちの糞度胸ならではの芸当だった。
文字通り、雨あられと大砲の弾を撃ち込まれ、さしもの強靱な防御力を誇る天命船も為す術もなく沈んでいく。悲鳴をあげながら、海のモクズとなって消えていく。
一隻。
また、一隻。
ローラシアの虎の子である天命船。それが、次々と沈められていく。それも、一方的に。
そして、ついに、最後の一隻が海に沈んだ。
海において無敵の存在であるはずの天命船。
ローラシア海軍にとって切り札であり、とっておきの虎の子であった天命船。
その天命船の船団がいま、ただ一隻の敵船を沈めることも出来ずに全滅した。
その様はもちろん、ローラシア司令部から驚愕の思いをもって見つめられていた。
ダリルは限界まで目を見開き、泡と酒の入り交じった唾液を飛ばしながら叫んだ。
「ば、馬鹿な、ありえん! こんなことがあってたまるか! 一二隻もの天命船がただ一隻の敵船も破壊できずに全滅するなどと……これは夢だ、なにかのまちがいだ、我輩は信じんぞおっ!」
――なにを馬鹿なことを。
幕僚たちのなかには内心、そう思ったものもいたことだろう。
ダリルがなにを信じ、なにを信じまいとそれは本人の勝手。しかし、ダリルが信じようと信じまいといま、目の前で起きた出来事がかわるわけではない。
その現実を受け入れ、対応策を指示する。
それこそが指揮官たるものの役目ではないか。それなのに『信じんぞおっ!』とは何事か!
「提督閣下。いかがいたしますか?」
「なに?」
「先鋒である天命船は全滅しました。次の一手はどうなさるのです?」
「どうなさるだと⁉」
ダリルは叫んだ。質問した幕僚を睨んだ。酒に酔って濁った目にはっきりとした殺意が浮いていた。
――『どうなさる』とは何事か⁉ 天命船に中央突破させての包囲殲滅陣。それこそが必勝の策だと自信満々に断言し、我輩に受け入れさせたのはきさまらではないか。ならば、その策が失敗したときの責任もきさまらにあるのだろうが!
しょせん、実戦経験ひとつないお飾り貴族。
まさかの事態にとっさに対応など出来るはずもなく、幕僚たちのせいにするのが精一杯だった。
そして――。
天命船を全滅させた自由の国の船団は一斉にダリル率いる本隊に襲いかかった。
その獰猛な群れが最初に襲いかかったのは当然、前方で孤立している残り五隻の天命船だった。
ローラシア船団はこのとき、四つに分散している。先頭を走る天命船。その後方の主力艦隊。そして、自由の国の船団を左右から挟み込むべく迂回路をとっていた左右両翼の四つである。
その距離はかなり開いている。そもそも、天命船と通常の帆船では船足がちがいすぎる。陸上での戦闘に例えれば騎兵と歩兵のようなもので、もとより通常の帆船が天命船についていくなど不可能。天命船が意識して船足をそろえない限り、距離は開いていく一方。
しかも、今回の場合、天命船が敵船団の中央を突破し、ふたつに分断。そこへ、左右両翼が襲いかかり、戦闘に入ったところで主力艦隊が襲いかかる……という計画だったので、意識的に距離をとっていた。その分、通常よりもさらに距離が開いている。
しかも、天命船は自分の意思で動くことが出来るとは言え、基本的には事前に命令されていた通りにしか動けない。七隻もの仲間が沈められたとなれば、人間の指揮する船であればさすがに警戒して船足を緩めるなりするだろう。しかし、事前に中央突破を命じられていた天命船たちはひたすらその命令を遂行する。仲間たちが何隻、沈められようとかまわずに直進する。そのため、後方の主力艦隊との距離は開く一方。
さらに、敵を包囲するべく迂回路をとった左右両翼の船団も強い風にあおられて細かい操船が出来ず、予定以上の大回りを強いられていた。そのため、こちらも思った以上に距離が開いてしまっていた。
連携して戦おうにもすでに、それが不可能なだけの距離が開いてしまっていたのである。
そこへ、自由の国の船団が一斉に襲いかかったのだ。
いくら、速力、攻撃力、防御力、すべてにおいて勝る天命船であろうと勝負になろうはずがない。
まず、先陣を切ったのは『輝きは消えず』号である。
宝石の乙女を思わせる美しい船体が波を切って疾走する。その様はまさに泳ぎ。人工物ではない、海を自在に泳ぐ生物ならではの美しさに満ちていた。
その動きはあくまでも優雅であり、しかも、迅速。とても、水の抵抗を受けて進む船のものとは思えない。まるで、空を征く鳥そのままの動き。敵の急激な接近にうろたえ、ノロノロと迎撃態勢を整えようとするローラシアの天命船を嘲笑うかのように、中央に突っ込んでいく。
ローラシアの天命船が天命砲を開いた。砲門から光がほとばしり、『輝きは消えず』号めがけて破壊の天命が撃ち出される。
万物に『壊れる』という天命を植えつけ、自ら破壊させる。
それが、天命砲。
あらかじめ、天命の理によって防御処置を施していない限り、どれほど堅牢な材質であっても天命砲の一撃に耐えることは出来ない。なにしろ、自ら壊れるよう仕向けられるのだから。
『輝きは消えず』号も例外ではない。相手の天命砲を食らえば破損は免れない。しかし――。
『輝きは消えず』号は疾かった。
放たれる光の奔流をかいくぐり、海の上を泳ぎまわる。その姿はまるで、猛牛の突進をマント一枚であしらう闘牛士のようだった。
ローラシアの天命船は、その動きについていけない。狙いを付けることが出来ず、『輝きは消えず』号の動きに翻弄され、右を向いたり、左を向いたり。これが人間であれば、相手の動きを追ってグルグル回転したあげくに足をもつれさせて倒れてしまうという醜態振り。
五隻の天命船は『輝きは消えず』号を追って動きまわったあげく、お互いに接触したり、ぶつかったりと、お互いに相手の動きを邪魔してまわる羽目に陥った。もはや、砲撃するどころではなく大混乱である。
「さあ。今度はこちらから挨拶しようか」
ただひとり、『輝きは消えず』号に乗り込んでいる空狩りの行者が紅い唇に妖しい笑みを湛えながら言った。
「かの人たちに刺激的な口づけを」
行者のその声に答えて――。
『輝きは消えず』号の天命砲が放たれた。
相手と同じ光の奔流。
しかし、相手よりもはるかに正確に狙いを付けられた砲撃。
狙いはあやまたず敵天命船の一隻に直撃した。
響いたものは破壊音ではなかった。
悲鳴だった。
天命船は『生きた船』であり、痛みも感じれば、恐怖も感じる。その身を壊されれば悲鳴をあげるのが当然だった。
「うん。刺激的ないい口づけだ。さすが、魅力的な女性はちがうね」
行者は『輝きは消えず』号の船縁に手を置きながら優しく語りかけた。
「さあ、つづけていこうか。君の魅力を存分に振りまいてあげよう」
褒められて嬉しくなったのだろう。『輝きは消えず』号はますます速度を速め、敵天命船の間を泳ぎまくり、天命砲を撃ち放つ。ローラシアの天命船はその阿修羅のような動きについていけず、右往左往するばかり。反撃どころか身を守ることすらままならない。
こうなると、『自らの意思で身を守る』という天命船の長所が短所となる。全体を見て指揮する存在がおらず、それぞれの船がそれぞれの判断で逃れようとするため戦列がばらばらになり、お互いに接触し、ぶつかりあい、航行を邪魔する始末。
海上にあって無敵であったはずの天命船。
その天命船はいまや、迷子の子イヌの群れと化していた。
その様を受けて、『海の女』号の船上で高らかに銅鑼が鳴る。
新たな旗が船上に掲げられる。
総攻撃の合図だった。
自由の国の船団は襲いかかった。
迷子の子イヌの群れと化した天命船へと。
先陣を切ったのはプリンス率いる『黒の誇り』号と〝ブレスト〟の指揮する『砂漠の踊り子』号。自由の国海軍において『双璧』とも言える二隻の三級艦は、ローラシアの水夫たちには到底、真似の出来ない練達の操船術にものを言わせて、うろたえる天命船に接近した。左右から挟み込み、肌と肌がふれあうほどの至近距離からありったけの砲弾を叩き込んだ。
大袈裟ではなく『手と手を伸ばせば届きそうな』距離から何十発という砲弾をまとめて叩き込まれたのだ。いかに、防御力に優れた天命船であろうと無事でいられるわけがない。無数の鉄製の砲弾に叩かれ、外壁を破壊され、ヒビ割れた場所から海水が入り込む。
そこに、第二、第三の砲弾が叩き込まれる。ヒビは拡大し、連鎖し、つながり合い、強靱な外壁が音を立てて海に落ちる。そこに一気に大量の海水が流れ込み、船の姿勢を崩す。船乗りを惹きつける伝説の海妖の歌のように、海の底深くに引きずり込む。
破壊された天命船は為す術もなく、悲鳴をあげながら海中に沈んでいく。それはさながら、人間に裏切られ、泡となって消える人魚の声のようだった。
自由の国船団は次々と天命船を包囲し、砲弾を叩き込む。
その迅速な操作、細かな制御はまさに海に生き、海に死ぬ海賊ならではのものであり、他の誰にも真似の出来ないものだった。
さらに、残りの天命船にガレノアの愛船『海の女』号と、それにつづく船たちが襲いかかった。
これらの船はいずれも等級で言えば五級艦以下であり、各国海軍の基準で言えば海戦における主役とはみなされない。船体は小さく、防御力も弱く、大砲の数も少ない。『黒の誇り』号や『砂漠の踊り子』号と言った三級艦が八〇門以上の大砲を備えているのに対し、四〇門程度しか備えていない。
火力においても、防御力においても戦列艦に比べてはるかに劣り、まともにやりあえば一方的に撃滅される。
しかし、その分、小型で小回りが効く。帆以外に櫂も備えており、風力のみならず、人力での航行が可能。それが、大型帆船には不可能な細かな操船を可能にする。
その特性と海賊たちの入神の技量が合わさったとき、小型で非力なはずの五級艦がクジラさえも食い殺す獰猛なシャチと化す。
「つづけ、つづけえっ! お前らの腕の見せ所だぞ!」
ガレノアの叫びが海の上に響き渡る。
その叫びに応えて自由の国の船団が生き残りの天命船を取り囲む。ただ一隻の天命船を『海の女』号をはじめとする数隻が取り囲み、そのまわりをグルグルと回転する。逃げ場を失った天命船めがけてありったけの大砲を撃ちまくる。
その動きはまさにクジラを狙うシャチそのもの。
この強風と高波のなかでの一糸乱れぬ船団行動。それは、ローラシア海軍には、否、どの国の海軍にも不可能な、生粋の海賊ならではの技量。輪となって展開し、中央の敵船めがけて大砲を撃ちまくるという、一歩まちがえれば同士討ちになりかねない危険な戦法もまた、正規の海軍であれば決してやらないし、出来ない。死の恐怖などどこ吹く風と笑い飛ばす、海賊たちの糞度胸ならではの芸当だった。
文字通り、雨あられと大砲の弾を撃ち込まれ、さしもの強靱な防御力を誇る天命船も為す術もなく沈んでいく。悲鳴をあげながら、海のモクズとなって消えていく。
一隻。
また、一隻。
ローラシアの虎の子である天命船。それが、次々と沈められていく。それも、一方的に。
そして、ついに、最後の一隻が海に沈んだ。
海において無敵の存在であるはずの天命船。
ローラシア海軍にとって切り札であり、とっておきの虎の子であった天命船。
その天命船の船団がいま、ただ一隻の敵船を沈めることも出来ずに全滅した。
その様はもちろん、ローラシア司令部から驚愕の思いをもって見つめられていた。
ダリルは限界まで目を見開き、泡と酒の入り交じった唾液を飛ばしながら叫んだ。
「ば、馬鹿な、ありえん! こんなことがあってたまるか! 一二隻もの天命船がただ一隻の敵船も破壊できずに全滅するなどと……これは夢だ、なにかのまちがいだ、我輩は信じんぞおっ!」
――なにを馬鹿なことを。
幕僚たちのなかには内心、そう思ったものもいたことだろう。
ダリルがなにを信じ、なにを信じまいとそれは本人の勝手。しかし、ダリルが信じようと信じまいといま、目の前で起きた出来事がかわるわけではない。
その現実を受け入れ、対応策を指示する。
それこそが指揮官たるものの役目ではないか。それなのに『信じんぞおっ!』とは何事か!
「提督閣下。いかがいたしますか?」
「なに?」
「先鋒である天命船は全滅しました。次の一手はどうなさるのです?」
「どうなさるだと⁉」
ダリルは叫んだ。質問した幕僚を睨んだ。酒に酔って濁った目にはっきりとした殺意が浮いていた。
――『どうなさる』とは何事か⁉ 天命船に中央突破させての包囲殲滅陣。それこそが必勝の策だと自信満々に断言し、我輩に受け入れさせたのはきさまらではないか。ならば、その策が失敗したときの責任もきさまらにあるのだろうが!
しょせん、実戦経験ひとつないお飾り貴族。
まさかの事態にとっさに対応など出来るはずもなく、幕僚たちのせいにするのが精一杯だった。
そして――。
天命船を全滅させた自由の国の船団は一斉にダリル率いる本隊に襲いかかった。
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