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キュートなSF、悪魔な親友
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堀をリーダーとしている田村たちのチームがメインでやっているプロジェクトがある。というか、寧ろそのプロジェクトを受注したことによってこのチームが完成したとも言える、絶対的な企画である。
そんな企画が今日、なんとか第一回のイベント開催を迎え、スタッフ一同東奔西走はしたものの無事盛況のもとに終わったので。
立ち上げから総てを主導していた堀としては、この企画がとりあえずの一段落を見たタイミングで四人を労うつもりでいたので、翌日を全員休日と決めていたし、そのまま慰労会と称して自宅に招いたのだった。
「俺、堀さんち初めてだ」
「安心しろ、田村。俺も初めてだから」
鹿倉と田村は、緊張しながら玄関を入った。
四人がそれぞれ一旦帰宅してラフな状態になって出直してきたので、その間に宴会の準備をしていた堀が四人を迎え入れる。
社内でも業績トップの人間だけあるらしく、一人暮らしとは思えない広く豪華なマンションの一室に通され、二人で固まる。
「志麻ちゃんと律は前に来たよなー」
「一回だけね。たまたま近くで呑んでたから、堀さんウチくるか?なんて珍しく誘ってくれたよね。あれってかなり酔っぱらってたからでしょ」
「俺も一回だけですよ。基本、堀さんって家に人を上げないタイプですよね?」
広いリビングはまるでモデルルームのようで。廊下から扉を開けて奥へと進むと、十畳以上ありそうなリビングと更にダイニングキッチンが広がっている。高層階の角部屋だけあって、二面をガラスで囲まれているせいで明るい陽射しが部屋全体に行き渡っていて、黒を基調にしたシックなデザインの部屋なのに暗さなんて全然感じなくて。
志麻と山本が当たり前のように大きなテレビの前にある三人掛けソファにどっかりと座る。
が、堀がキッチンへと向かったのを見て、田村は堀の後を追った。
「あ、堀さん俺、手伝います」
「いやいや、いいよ。大したことしないから。基本的に料理はデリバリー頼んでたし、さっき刺身切っただけだからさ。冷蔵庫から飲み物だけ出して持ってってくれる?」
田村が堀にくっついて行ったので、鹿倉は手持ち無沙汰な様子でダイニングテーブルの椅子に腰かけた。
「かぐちゃん、こっち来れば? どうせ何もできないっしょ?」
手招きした山本に、
「失礼な。俺だって皿運んだりとかはしますよ?」
と少し反抗する。
「いいよ、何もしなくて」
ビールでいい? と続けながら堀がリビングに戻って来た。
「あ。そいえばパグのダイちゃんは?」
志麻が堀からビールを受け取りながら訊いた。
「多分寝室。人がいっぱいいるからビビって逃げてるよ」
「え、何? 堀さん、パグ飼ってんの?」
動物好きの田村が両手に抱えた缶ビールをリビングのテーブルに置きながら反応した。
「ん。引っ越してすぐだから二年前くらいからかな? 志麻ちゃん、呼んでくる?」
さらっと言ったその言葉が田村には少し引っかかる。志麻は寝室にも入ったことがある、ってこと?
「ダイちゃん、俺には懐いてくれたもんねー」
言いながら志麻が廊下を出て行った。
「刺身と、冷蔵庫にいくつかある料理出すから、田村手伝って。あと、もーちょいしたらデリバリーでピザと寿司が来る予定だから、もし手が離せなかったら律はそれ受け取っといて」
「俺は?」
「かぐちゃんは、そーだね、そっちにあるカップボードからグラス出しといて」
綺麗にディスプレイされているお高そうなグラスを見て、鹿倉は少しビビりながら扉を開けた。
「もっさん、俺これ、触るの怖いんだけど」
「うん、多分一個ずつ結構なお値段だよ、きっと」
「マジかー。こえー。俺、缶のままでいいや。もっさん、使うなら自分で取ってよ」
「ヤだよ。俺も缶のまんまで十分」
二人でそっと扉を閉めた。
「やっぱ堀さん、稼いでんのかなあ?」
「じゃない? 今日の企画なんて、俺たちにはかなりデカい案件だったけど、堀さんはこういうのいくつも手掛けてるみただし」
「でももっさんも慣れてる感じだったけど」
「前の会社でやってたから、裏方は得意なんだよ。それよか今日マジで驚いたのは志麻さんだけど」
「ああ! わかる! あれは俺もマジびっくりした」
「俺が何かした?」
二人の間に入ってきた志麻は犬を抱えていて。その抱えた犬の前脚で山本の腕をポンポンと突っついてきた。
「わ。あ、パグだ」
「初めましてー、ダイちゃんでーす」
志麻が可愛くアテレコする。
「お、ダイちゃーん。元気だった?」
山本が言って犬の頭を撫でた瞬間、パグは志麻の腕から飛び出して逃げて行った。
「ええー? なんで逃げるかなあ?」
虚しく空を切った山本が手をにぎにぎしながら言って。
鹿倉と志麻が爆笑した。
「もっさん動物ダメだよねー」
「ダメじゃないよ。俺は好きなんだよ、すっげー。なのに」
「嫌われるよね、律。前も動物の企画ん時、たむちゃんにはめっちゃ懐いてた犬が、律見た瞬間ギャンギャン吠えて」
志麻が笑いながら言うので、山本がちょっとイジけてソファに倒れ込んだ。
「ヘコむわー。前来た時も俺が触ろうとしたら逃げてったんだよなー」
「ダイちゃん、結構人見知りだからね」
大皿を抱えた堀が言いながらリビングに戻ってきて、ローテーブルにそれを置いた。
「わ! すごい、旨そうな刺身! と、コレって貝?」
堀の後についてきていた田村が抱えていた皿を見て、志麻が興奮した。
「そう、貝。サザエとアワビ。あとハマグリとついでにエビ。ベランダに出たら赤外線で焼けるヤツあるから、そっちで網焼きにしようと思って」
リビングから見える広いテラスには、確かにBBQコンロのようなものが置いてあり、田村はそのままテラスに向かった。
「志麻ちゃん、貝好きだったっしょ? いつもお世話になってる漁師の友達に、ちょっと無理言って用意してもらったんだよねー」
コンロは既に準備できているようで、田村が堀の指示で網の上に貝をゴロゴロと載せて行く。
「今日は志麻ちゃん、大活躍だったからね」
「びっくりしたよー、俺。志麻さん司会上手いんだもん。田村知ってた?」
鹿倉が言うと、
「あー、一応ね。小さいイベントの司会って、もうそれだけで依頼かけるの邪魔くさいから基本的に志麻さんがやってくれるし」
手を動かしながら田村が答えた。
「そうそう、志麻ちゃんはね、そういうのデキるから。でも今日はねー、さすがに当日司会担当者が事故って会場来られないなんてハプニングは想定外だったから、志麻ちゃんいなかったらどうしようかと思ったよ」
焼く作業は田村に任せた堀が、志麻にビールを手渡す。
「たむちゃん、あとは少しほっといていいから、こっちで乾杯しよう」
海鮮の準備をしている間に宅配の料理も届き――律が律が受け取った――、みんなで缶ビールを開ける。
「ほい。じゃあ、今日はお疲れ様!」
堀の軽い音頭で宴会が始まった。
五人で呑む機会は今までにも度々あったが、いつも店で集まるばかりだったので、魚好きの堀が捌く刺身が旨いことは話には聞いていたものの、口にするのは皆初めてで。
皆が口々に「旨い、凄い、天才」なんて言うので、そんなに喋る方ではない堀もまんざらではなく、釣りでの武勇伝や魚に関する蘊蓄を興奮しながら話した。
料理に関しては田村も興味深々で、海鮮の火の世話をしながら堀に詳しいレシピを聞いたり、道具もあれがいいとかこれがいいとかの話で盛り上がる。
新鮮な貝も、お決まりのピザも、どれも酒が進むには十分だったので、気が付くと酒の弱い鹿倉はソファでパグを抱いて丸まっていた。
その様子に気付いた山本が傍に寄ると、
「かぐちゃん、大丈夫?」
鹿倉に水のペットボトルを手渡しながら訊いた。
「んー……ダイジョブ。俺はダイちゃんとお話してるからー」
どうやら鹿倉にはかなり懐いたようで、鼻を擦り合わせても犬は大人しくされるがまま。クスクスと笑いながら鹿倉が「イイコだねえ」なんて言ってると、山本がそっとパグの頭を撫でた。
「お。そうしてると大人しく触らせてくれるんだ、ダイちゃん」
「うん。最初はびっくりしただけだもんね?」
フガフガと鼻を鳴らすパグの顎の下をごそごそと掻いた。
「かぐちゃん、犬飼ってる?」
「今は飼ってないけど、実家にいたよ。散歩とか、いつも俺がしてたからめっちゃ懐いてたし」
「へえ。だから慣れてるんだ」
「ワンコはね、何言ってるかわかるよー。ヒトより素直で可愛いし」
「何それ?」
ソファに仰向けになると、パグを抱き上げてフルフルと揺らす。それが楽しいのか、フガフガとした鼻息が荒くなり、鹿倉はくふくふと笑って「可愛いねー」と高い高い、なんてしてみたり。
山本にしてみれば、そんな鹿倉の様子の方が全然可愛いと思う。
「もっさんは何も飼ってない?」
視線をパグに向けたまま問うた。
「うん、飼ったことはないなー。どっちかっつーと猫なら飼いたいとは思うけど、自分のことで手一杯だから無理かな」
「あー、わかる気はする。自分のことで手一杯だと、世話を焼くとかって厳しいよね。俺も今はそんな感じ」
少し、遠い目をしながら言う。その様子がいつもの元気な鹿倉とは違っていたので、山本が
「どうかした? なんかあった?」
と、先ほどの引っかかるセリフから、鹿倉に何かあると感じて促した。
「んー。なんもないよー」
スリスリとパグの背中に鼻を押し当てて返す。
「なんもなくない、としか見えない」
「はいー? 否定の否定の否定?」
「いやいや。じゃなくて。かぐちゃん、元気ないじゃん?」
「元気だよお。全然」
「元気だけど余裕はないんだよね?」
動きが止まる。そして、パグを抱いたままソファに座りなおした。
ので、山本が隣に座った。話をする気になったらしい。
「あのね。今日、みんな凄いなーって。ちょっと、思った」
「ん?」
「ほら。堀さんの仕切りは勿論完璧だしさ、何があっても動じない完璧リーダーだったじゃん?」
パグを抱きしめながら言う。
「で、志麻さんも。あんな急にMCなんて、とっさにできちゃうの、やっぱすげーなって」
「そりゃ、あの人は堀さんの右腕だし、頭のキレも違うし。知ってる? 志麻さんって帝王って呼ばれてんだぜ?」
「何それ? 出身大学だから?」
「いや、それもあるけど。それだけじゃなくて、堀さんのフォロー入ってる時は絶対的に回りを従えて鉄壁で堀さんの脇固めるらしくて。その様子がさ、堀さんが黒って言ったらそれを絶対に黒にしてしまう強引さで、誰も逆らえないんだって」
「怖っ」
「そ、結構怖い人なの、志麻さんって」
山本のその話で、鹿倉も少し気持ちが楽になったのか、くふっと笑うとパグを抱きしめていた腕を緩めた。
「怖いトコは見えなかったけど、とにかくキレるなーって思って。したら、裏まわしてるのは全部もっさんだし、もっさんが休みなく動き回ってるのに、俺何もできなかったし」
「いやいや、そんなことないよ。かぐちゃん、ちょっとしたトラブルの時に俺のことちゃんと見ててくれたからさ、フォロー入れる時に指示出しやすかったし、凄い助かったよ?」
「でも俺、余裕は全然なかった。なんか、必死で」
「必死でいいじゃん。余裕なんて、誰にもないよ。それに、かぐちゃんは基本的に全体を見てくれてるから、そういう第三者的な目線って大事だと思うよ」
「……いや、俺は多分全部が中途半場なんだよ。小手先で騙してる」
器用だと言われるけれど、それは見せ方が器用なだけで。言わばハリボテで固めていいように見せているだけだと、鹿倉は思う。
自分でも、それはわかっているのだ。
誰にも必死なところを見せたくなくて。必死になってもがいてるのに、それ、見られるのがすごく嫌で。
「だからさ。田村に憧れるんだよね」
「あー、わかる。たむちゃんの一生懸命なトコ、かぐちゃんと正反対だよね」
「でしょ? あの人、誰かの為に必死で動くってことを全然厭わないから。そゆとこ、ほんと、尊敬する」
今も、志麻と堀の為に必死で海鮮焼いてる世話をしていて。
「俺は、たむちゃんだけじゃなくてかぐちゃんのことも、えらいと思ってるよ?」
「え?」
「大丈夫。見てる人、ちゃんとわかってるから。かぐちゃんがさらっとやってること、でもちゃんと努力に裏付けされてるの、堀さんも志麻さんもわかってるから」
山本が言って、その言葉が思ったよりすとん、と胸に落ちてきて。
いつもいつも、表面に出ている部分だけを取り繕っているように見せて、でも物凄くいろんなこと、もがいてること。鹿倉自身が気付いていなかったのに、山本が言葉にしたことで何かが見えた気がした。
「俺、何もしてないけど?」
「ダイちゃん抱っこしてるだけだけど?」
ふざけてそんな風に言って、山本がパグを鹿倉から受け取る。が、勿論大人しく抱かれてくれるわけもなく、ダンっと山本を蹴ってパグは堀の方へと駆けて行った。
鹿倉はケラケラと笑いながら、
「ダイちゃん、最高」と、また逃げられてイジけた山本の隣で、飲みかけだった缶ビールを飲み干した。
一方で、そんな風に、まさか自分が鹿倉に褒められているなんて露知らず、田村は少し不愉快な感情を持て余しながらコンロの前で海鮮と格闘していた。
いや、勿論この作業が嫌なわけではない。できたての一番美味しいトコを食べながら呑んでいるし、志麻が美味しそうに頬張っている様子が見られるのも幸せだと思うし。
ただ。
ほんの一瞬、不機嫌な自分を感じたのは確かで。
それは、いい感じに焼きあがったアワビを皿に取って堀に渡した時。
堀が「さんきゅ」なんて受け取って、皿の上でアワビを一口サイズに切り分け、それを志麻に「あーん」と食べさせる姿を見た瞬間。
ちょっと。いや、結構な勢いでイラついた自分がいたのだ。
「うわ、まじ旨。こんなの初めてだよ」
「でしょ? これねー、ほんと志麻ちゃんに食べさせたかったんだよねー」
いつも優しい中にも厳しさを持ってリーダー然としている堀が、志麻に対してフニャフニャな笑顔で見つめているのを田村は初めて目にした。
「兄さん、そいえば前ゆってたよね。ドハマりしてる漁船の船長がめっちゃいいもの食べさせてくれるって」
堀のことを「兄さん」呼びしている辺り、志麻も結構酔いが回っているようで、田村は年長二人がイチャつき始めたことでかなり居心地の悪さを感じていて。
「そうそれ。ほら、店で呑んでたらいつも志麻ちゃんが仕切ってくれるからさー、俺立場ないじゃん? でもさ、今日はウチに来てくれたし、これはイイトコ見せてやんなきゃって。船長にお願いしちゃったよー」
「いやまじ、こんなの食ったことないよ。今度は兄さんが釣った魚も食べたいなー」
「おう、志麻ちゃんならいつでも食わしてやんよ? なんなら一緒に釣り、行こう」
「えー。俺釣り下手なんだよなー。前も長峰さんたちの企画に混じった時、一緒に釣ったんだけど俺だけ坊主だったしー」
「だいじょぶ、だいじょぶ。俺がついてるから」
激甘なセリフをひゃらひゃらと笑いながら言っている堀が、いつものリーダー堀、のイメージからひどく乖離していて。田村は内心不機嫌な自分を表に出さないよう、黙々と貝をひっくり返していて。
「あ、たむちゃん。もうそろそろいいんじゃない? それ焼き終わったら休憩しなよ。こっちで一緒に呑もう?」
志麻が優しく声をかけてくれたので、「あざーす」と答えて二人の横のガーデンチェアに座った。
「たむちゃん、お疲れー」
もはや、冷蔵庫に取りに行くことすらめんどくさくなってクーラーボックスに氷詰めして冷やしてあったビールを、志麻が新しく田村に手渡してぶつける。
「ごめんね、全部やらせちゃってて」
「いやいや、全然だいじょぶっス。俺、こーゆーの好きなんで」
「でも疲れたでしょ? 食べれてる?」
志麻の言葉はいつも優しい。
「それは勿論。むしろ一番美味しいトコ、頂いちゃってるし」
「焼き手の特権な。この中で料理すんのってたむちゃんだけじゃね?」
堀に言われ、「あー、そっスねー。かぐなんてほんと何もしないし」と答えながらビールを煽った。
「俺も何もしないけどねー」
「志麻ちゃんも外食ばっかっていつもゆってるよね」
「最近は結構宅配だけど」
「いやいや、自炊しないって意味だよ。志麻ちゃん、包丁も握ったことないとかゆってなかった?」
「ないわけじゃないけど、殆ど。あ、だからウチのキッチンめっちゃ綺麗」
「それは自慢にならん」
ドヤったのに堀に突っ込まれ、志麻がケラケラと笑った。
田村が悔しくなるのは、二人の間に流れている空気があまりにも甘々で。
堀の方が志麻より一つ年上なのだけれど、社会に出てしまえば一年の差なんて関係ないから。二人がお互いにそれぞれの仕事を認め合っているせいかまるで夫婦のような空気感があって、そこには田村は勿論だけれど山本でさえ入り込めない。
「あ、そだそだ、志麻ちゃんに見せたいものがあるんだった」
ふと堀が思い出したように言って立ち上がる。
リビングで足元に寄って来たパグを抱き上げると、そのまま廊下に向かった。
と、扉が閉まる瞬間振り返ると。
「志麻ちゃん、ダイスキ」と、言い残して扉を閉めた。
そのセリフに驚愕して呆然とする田村に、志麻が爆笑する。
「まーたもう、兄さんの変なクセが出たよー」
腹を抱えて一人笑い転げる志麻を訝しげに見ると、
「あの人さー、ほんともう、最悪なんだよ」と笑いながら話し始めた。
「昔、あれ何年前だったかな? 合コン一緒に行ったんだよ、兄さんと」
思い出してくふくふと笑う。
「総務の女の子に、男が四人必要、なんて言われて俺も巻き込まれたんだけど、ほんとに最悪でさ」
この二人がいたんじゃ、残り二人の男はなかなかキツかっただろうと田村は今更ながら同情する。
「堀さんって、モテるの、知ってる?」
田村が頷く。
「あー、田村は知ってるか。ほら、寡黙なのにいざって時にめっちゃ優しいし、見た目もあの通りの色黒ワイルドイケメンだからさ、そりゃーもう、無双決めちゃってくれてるわけ」
まあそれは、わからなくもない。志麻の雰囲気とは真逆とも言える堀の雄感は、女子にはかなりの人気であることは明白で。
「でもほら、割と人見知りだから唯一の知り合いである俺の傍離れないのね。で、何だったかなー? 理由は忘れちゃったけどあの人が席外さないといけなくなったんだけど、酔っ払いなもんだから去り際にさっきみたく、志麻ちゃんダイスキなんてくっだらないギャグかましてくれて」
あー、そうか、往年のギャグだったのか、あれは。
「俺、その後針の筵よ? まじで。男連中は無双決められてるからイラついてんのに、更に女子が何で俺? みたいな冷たい視線寄越すしさ。ほんと、あの人、サイテー」
言葉よりも、その表情が堀への愛情に満ちていたから。
田村は内心おもしろくなくて。
「堀さん、カッコイイっスよね」
「何で? 今俺、あの人の悪口言ってんだけど?」
「誰の悪口をゆってんのさ?」
絶妙なタイミングでリビングに戻った堀が、パグを田村に手渡しながら言った。
「兄さんの悪口に決まってるっしょ? で? 何見せてくれんの?」
志麻がくふくふと笑いながら堀の手元を見ると。
「え? コレって」
「例の地下アイドルの動画」
「何スか、それ?」
山本と違って、パグは田村の腕の中では大人しくしている。田村には動物にだけは愛される自信があるので、何の不思議もない。
「今度の企画でちょっとした女の子アイドルを起用することになったんだけど、あまりにも無名過ぎてなかなかビジュアル確認できてなくてね」
志麻が答えながら、白いDVDをレコーダーに入れた。
「そのアイドルのプロデューサーってのを探して、家庭用のビデオで撮影されてた動画を焼いて貰ったんだよ」
テレビの大画面に三人組の女の子アイドルの姿が映し出されると、鹿倉と山本も一緒にそれを見始めた。
いかにも、なフワフワドレスを身に纏った十代後半らしき女の子は、予想以上に歌唱力があるようで、ダンスこそ素人クサさが見え隠れしているものの、聴き心地は悪くない。
「いいじゃん。なかなか。ビジュアルはこっちで指示すればどうとでもなるだろうし、微妙なダンスが上手くハマればこっちのモンだし。何より」
「声がいいっすね」
感心しながら言った志麻に、山本が反応した。
上三人が動き出すなら、田村と鹿倉はそれに従うのは絶対で。
酔ってはいるものの、結局仕事が大好きな人間の集まりである。
そこからは件の企画についての意見を出し合うという、なし崩し的にブレインストーミングの場になってしまい、鹿倉と田村が先に寝落ちしてしまった後も、ほぼ朝まで話し合いが続いたらしい。
堀をリーダーとしている田村たちのチームがメインでやっているプロジェクトがある。というか、寧ろそのプロジェクトを受注したことによってこのチームが完成したとも言える、絶対的な企画である。
そんな企画が今日、なんとか第一回のイベント開催を迎え、スタッフ一同東奔西走はしたものの無事盛況のもとに終わったので。
立ち上げから総てを主導していた堀としては、この企画がとりあえずの一段落を見たタイミングで四人を労うつもりでいたので、翌日を全員休日と決めていたし、そのまま慰労会と称して自宅に招いたのだった。
「俺、堀さんち初めてだ」
「安心しろ、田村。俺も初めてだから」
鹿倉と田村は、緊張しながら玄関を入った。
四人がそれぞれ一旦帰宅してラフな状態になって出直してきたので、その間に宴会の準備をしていた堀が四人を迎え入れる。
社内でも業績トップの人間だけあるらしく、一人暮らしとは思えない広く豪華なマンションの一室に通され、二人で固まる。
「志麻ちゃんと律は前に来たよなー」
「一回だけね。たまたま近くで呑んでたから、堀さんウチくるか?なんて珍しく誘ってくれたよね。あれってかなり酔っぱらってたからでしょ」
「俺も一回だけですよ。基本、堀さんって家に人を上げないタイプですよね?」
広いリビングはまるでモデルルームのようで。廊下から扉を開けて奥へと進むと、十畳以上ありそうなリビングと更にダイニングキッチンが広がっている。高層階の角部屋だけあって、二面をガラスで囲まれているせいで明るい陽射しが部屋全体に行き渡っていて、黒を基調にしたシックなデザインの部屋なのに暗さなんて全然感じなくて。
志麻と山本が当たり前のように大きなテレビの前にある三人掛けソファにどっかりと座る。
が、堀がキッチンへと向かったのを見て、田村は堀の後を追った。
「あ、堀さん俺、手伝います」
「いやいや、いいよ。大したことしないから。基本的に料理はデリバリー頼んでたし、さっき刺身切っただけだからさ。冷蔵庫から飲み物だけ出して持ってってくれる?」
田村が堀にくっついて行ったので、鹿倉は手持ち無沙汰な様子でダイニングテーブルの椅子に腰かけた。
「かぐちゃん、こっち来れば? どうせ何もできないっしょ?」
手招きした山本に、
「失礼な。俺だって皿運んだりとかはしますよ?」
と少し反抗する。
「いいよ、何もしなくて」
ビールでいい? と続けながら堀がリビングに戻って来た。
「あ。そいえばパグのダイちゃんは?」
志麻が堀からビールを受け取りながら訊いた。
「多分寝室。人がいっぱいいるからビビって逃げてるよ」
「え、何? 堀さん、パグ飼ってんの?」
動物好きの田村が両手に抱えた缶ビールをリビングのテーブルに置きながら反応した。
「ん。引っ越してすぐだから二年前くらいからかな? 志麻ちゃん、呼んでくる?」
さらっと言ったその言葉が田村には少し引っかかる。志麻は寝室にも入ったことがある、ってこと?
「ダイちゃん、俺には懐いてくれたもんねー」
言いながら志麻が廊下を出て行った。
「刺身と、冷蔵庫にいくつかある料理出すから、田村手伝って。あと、もーちょいしたらデリバリーでピザと寿司が来る予定だから、もし手が離せなかったら律はそれ受け取っといて」
「俺は?」
「かぐちゃんは、そーだね、そっちにあるカップボードからグラス出しといて」
綺麗にディスプレイされているお高そうなグラスを見て、鹿倉は少しビビりながら扉を開けた。
「もっさん、俺これ、触るの怖いんだけど」
「うん、多分一個ずつ結構なお値段だよ、きっと」
「マジかー。こえー。俺、缶のままでいいや。もっさん、使うなら自分で取ってよ」
「ヤだよ。俺も缶のまんまで十分」
二人でそっと扉を閉めた。
「やっぱ堀さん、稼いでんのかなあ?」
「じゃない? 今日の企画なんて、俺たちにはかなりデカい案件だったけど、堀さんはこういうのいくつも手掛けてるみただし」
「でももっさんも慣れてる感じだったけど」
「前の会社でやってたから、裏方は得意なんだよ。それよか今日マジで驚いたのは志麻さんだけど」
「ああ! わかる! あれは俺もマジびっくりした」
「俺が何かした?」
二人の間に入ってきた志麻は犬を抱えていて。その抱えた犬の前脚で山本の腕をポンポンと突っついてきた。
「わ。あ、パグだ」
「初めましてー、ダイちゃんでーす」
志麻が可愛くアテレコする。
「お、ダイちゃーん。元気だった?」
山本が言って犬の頭を撫でた瞬間、パグは志麻の腕から飛び出して逃げて行った。
「ええー? なんで逃げるかなあ?」
虚しく空を切った山本が手をにぎにぎしながら言って。
鹿倉と志麻が爆笑した。
「もっさん動物ダメだよねー」
「ダメじゃないよ。俺は好きなんだよ、すっげー。なのに」
「嫌われるよね、律。前も動物の企画ん時、たむちゃんにはめっちゃ懐いてた犬が、律見た瞬間ギャンギャン吠えて」
志麻が笑いながら言うので、山本がちょっとイジけてソファに倒れ込んだ。
「ヘコむわー。前来た時も俺が触ろうとしたら逃げてったんだよなー」
「ダイちゃん、結構人見知りだからね」
大皿を抱えた堀が言いながらリビングに戻ってきて、ローテーブルにそれを置いた。
「わ! すごい、旨そうな刺身! と、コレって貝?」
堀の後についてきていた田村が抱えていた皿を見て、志麻が興奮した。
「そう、貝。サザエとアワビ。あとハマグリとついでにエビ。ベランダに出たら赤外線で焼けるヤツあるから、そっちで網焼きにしようと思って」
リビングから見える広いテラスには、確かにBBQコンロのようなものが置いてあり、田村はそのままテラスに向かった。
「志麻ちゃん、貝好きだったっしょ? いつもお世話になってる漁師の友達に、ちょっと無理言って用意してもらったんだよねー」
コンロは既に準備できているようで、田村が堀の指示で網の上に貝をゴロゴロと載せて行く。
「今日は志麻ちゃん、大活躍だったからね」
「びっくりしたよー、俺。志麻さん司会上手いんだもん。田村知ってた?」
鹿倉が言うと、
「あー、一応ね。小さいイベントの司会って、もうそれだけで依頼かけるの邪魔くさいから基本的に志麻さんがやってくれるし」
手を動かしながら田村が答えた。
「そうそう、志麻ちゃんはね、そういうのデキるから。でも今日はねー、さすがに当日司会担当者が事故って会場来られないなんてハプニングは想定外だったから、志麻ちゃんいなかったらどうしようかと思ったよ」
焼く作業は田村に任せた堀が、志麻にビールを手渡す。
「たむちゃん、あとは少しほっといていいから、こっちで乾杯しよう」
海鮮の準備をしている間に宅配の料理も届き――律が律が受け取った――、みんなで缶ビールを開ける。
「ほい。じゃあ、今日はお疲れ様!」
堀の軽い音頭で宴会が始まった。
五人で呑む機会は今までにも度々あったが、いつも店で集まるばかりだったので、魚好きの堀が捌く刺身が旨いことは話には聞いていたものの、口にするのは皆初めてで。
皆が口々に「旨い、凄い、天才」なんて言うので、そんなに喋る方ではない堀もまんざらではなく、釣りでの武勇伝や魚に関する蘊蓄を興奮しながら話した。
料理に関しては田村も興味深々で、海鮮の火の世話をしながら堀に詳しいレシピを聞いたり、道具もあれがいいとかこれがいいとかの話で盛り上がる。
新鮮な貝も、お決まりのピザも、どれも酒が進むには十分だったので、気が付くと酒の弱い鹿倉はソファでパグを抱いて丸まっていた。
その様子に気付いた山本が傍に寄ると、
「かぐちゃん、大丈夫?」
鹿倉に水のペットボトルを手渡しながら訊いた。
「んー……ダイジョブ。俺はダイちゃんとお話してるからー」
どうやら鹿倉にはかなり懐いたようで、鼻を擦り合わせても犬は大人しくされるがまま。クスクスと笑いながら鹿倉が「イイコだねえ」なんて言ってると、山本がそっとパグの頭を撫でた。
「お。そうしてると大人しく触らせてくれるんだ、ダイちゃん」
「うん。最初はびっくりしただけだもんね?」
フガフガと鼻を鳴らすパグの顎の下をごそごそと掻いた。
「かぐちゃん、犬飼ってる?」
「今は飼ってないけど、実家にいたよ。散歩とか、いつも俺がしてたからめっちゃ懐いてたし」
「へえ。だから慣れてるんだ」
「ワンコはね、何言ってるかわかるよー。ヒトより素直で可愛いし」
「何それ?」
ソファに仰向けになると、パグを抱き上げてフルフルと揺らす。それが楽しいのか、フガフガとした鼻息が荒くなり、鹿倉はくふくふと笑って「可愛いねー」と高い高い、なんてしてみたり。
山本にしてみれば、そんな鹿倉の様子の方が全然可愛いと思う。
「もっさんは何も飼ってない?」
視線をパグに向けたまま問うた。
「うん、飼ったことはないなー。どっちかっつーと猫なら飼いたいとは思うけど、自分のことで手一杯だから無理かな」
「あー、わかる気はする。自分のことで手一杯だと、世話を焼くとかって厳しいよね。俺も今はそんな感じ」
少し、遠い目をしながら言う。その様子がいつもの元気な鹿倉とは違っていたので、山本が
「どうかした? なんかあった?」
と、先ほどの引っかかるセリフから、鹿倉に何かあると感じて促した。
「んー。なんもないよー」
スリスリとパグの背中に鼻を押し当てて返す。
「なんもなくない、としか見えない」
「はいー? 否定の否定の否定?」
「いやいや。じゃなくて。かぐちゃん、元気ないじゃん?」
「元気だよお。全然」
「元気だけど余裕はないんだよね?」
動きが止まる。そして、パグを抱いたままソファに座りなおした。
ので、山本が隣に座った。話をする気になったらしい。
「あのね。今日、みんな凄いなーって。ちょっと、思った」
「ん?」
「ほら。堀さんの仕切りは勿論完璧だしさ、何があっても動じない完璧リーダーだったじゃん?」
パグを抱きしめながら言う。
「で、志麻さんも。あんな急にMCなんて、とっさにできちゃうの、やっぱすげーなって」
「そりゃ、あの人は堀さんの右腕だし、頭のキレも違うし。知ってる? 志麻さんって帝王って呼ばれてんだぜ?」
「何それ? 出身大学だから?」
「いや、それもあるけど。それだけじゃなくて、堀さんのフォロー入ってる時は絶対的に回りを従えて鉄壁で堀さんの脇固めるらしくて。その様子がさ、堀さんが黒って言ったらそれを絶対に黒にしてしまう強引さで、誰も逆らえないんだって」
「怖っ」
「そ、結構怖い人なの、志麻さんって」
山本のその話で、鹿倉も少し気持ちが楽になったのか、くふっと笑うとパグを抱きしめていた腕を緩めた。
「怖いトコは見えなかったけど、とにかくキレるなーって思って。したら、裏まわしてるのは全部もっさんだし、もっさんが休みなく動き回ってるのに、俺何もできなかったし」
「いやいや、そんなことないよ。かぐちゃん、ちょっとしたトラブルの時に俺のことちゃんと見ててくれたからさ、フォロー入れる時に指示出しやすかったし、凄い助かったよ?」
「でも俺、余裕は全然なかった。なんか、必死で」
「必死でいいじゃん。余裕なんて、誰にもないよ。それに、かぐちゃんは基本的に全体を見てくれてるから、そういう第三者的な目線って大事だと思うよ」
「……いや、俺は多分全部が中途半場なんだよ。小手先で騙してる」
器用だと言われるけれど、それは見せ方が器用なだけで。言わばハリボテで固めていいように見せているだけだと、鹿倉は思う。
自分でも、それはわかっているのだ。
誰にも必死なところを見せたくなくて。必死になってもがいてるのに、それ、見られるのがすごく嫌で。
「だからさ。田村に憧れるんだよね」
「あー、わかる。たむちゃんの一生懸命なトコ、かぐちゃんと正反対だよね」
「でしょ? あの人、誰かの為に必死で動くってことを全然厭わないから。そゆとこ、ほんと、尊敬する」
今も、志麻と堀の為に必死で海鮮焼いてる世話をしていて。
「俺は、たむちゃんだけじゃなくてかぐちゃんのことも、えらいと思ってるよ?」
「え?」
「大丈夫。見てる人、ちゃんとわかってるから。かぐちゃんがさらっとやってること、でもちゃんと努力に裏付けされてるの、堀さんも志麻さんもわかってるから」
山本が言って、その言葉が思ったよりすとん、と胸に落ちてきて。
いつもいつも、表面に出ている部分だけを取り繕っているように見せて、でも物凄くいろんなこと、もがいてること。鹿倉自身が気付いていなかったのに、山本が言葉にしたことで何かが見えた気がした。
「俺、何もしてないけど?」
「ダイちゃん抱っこしてるだけだけど?」
ふざけてそんな風に言って、山本がパグを鹿倉から受け取る。が、勿論大人しく抱かれてくれるわけもなく、ダンっと山本を蹴ってパグは堀の方へと駆けて行った。
鹿倉はケラケラと笑いながら、
「ダイちゃん、最高」と、また逃げられてイジけた山本の隣で、飲みかけだった缶ビールを飲み干した。
一方で、そんな風に、まさか自分が鹿倉に褒められているなんて露知らず、田村は少し不愉快な感情を持て余しながらコンロの前で海鮮と格闘していた。
いや、勿論この作業が嫌なわけではない。できたての一番美味しいトコを食べながら呑んでいるし、志麻が美味しそうに頬張っている様子が見られるのも幸せだと思うし。
ただ。
ほんの一瞬、不機嫌な自分を感じたのは確かで。
それは、いい感じに焼きあがったアワビを皿に取って堀に渡した時。
堀が「さんきゅ」なんて受け取って、皿の上でアワビを一口サイズに切り分け、それを志麻に「あーん」と食べさせる姿を見た瞬間。
ちょっと。いや、結構な勢いでイラついた自分がいたのだ。
「うわ、まじ旨。こんなの初めてだよ」
「でしょ? これねー、ほんと志麻ちゃんに食べさせたかったんだよねー」
いつも優しい中にも厳しさを持ってリーダー然としている堀が、志麻に対してフニャフニャな笑顔で見つめているのを田村は初めて目にした。
「兄さん、そいえば前ゆってたよね。ドハマりしてる漁船の船長がめっちゃいいもの食べさせてくれるって」
堀のことを「兄さん」呼びしている辺り、志麻も結構酔いが回っているようで、田村は年長二人がイチャつき始めたことでかなり居心地の悪さを感じていて。
「そうそれ。ほら、店で呑んでたらいつも志麻ちゃんが仕切ってくれるからさー、俺立場ないじゃん? でもさ、今日はウチに来てくれたし、これはイイトコ見せてやんなきゃって。船長にお願いしちゃったよー」
「いやまじ、こんなの食ったことないよ。今度は兄さんが釣った魚も食べたいなー」
「おう、志麻ちゃんならいつでも食わしてやんよ? なんなら一緒に釣り、行こう」
「えー。俺釣り下手なんだよなー。前も長峰さんたちの企画に混じった時、一緒に釣ったんだけど俺だけ坊主だったしー」
「だいじょぶ、だいじょぶ。俺がついてるから」
激甘なセリフをひゃらひゃらと笑いながら言っている堀が、いつものリーダー堀、のイメージからひどく乖離していて。田村は内心不機嫌な自分を表に出さないよう、黙々と貝をひっくり返していて。
「あ、たむちゃん。もうそろそろいいんじゃない? それ焼き終わったら休憩しなよ。こっちで一緒に呑もう?」
志麻が優しく声をかけてくれたので、「あざーす」と答えて二人の横のガーデンチェアに座った。
「たむちゃん、お疲れー」
もはや、冷蔵庫に取りに行くことすらめんどくさくなってクーラーボックスに氷詰めして冷やしてあったビールを、志麻が新しく田村に手渡してぶつける。
「ごめんね、全部やらせちゃってて」
「いやいや、全然だいじょぶっス。俺、こーゆーの好きなんで」
「でも疲れたでしょ? 食べれてる?」
志麻の言葉はいつも優しい。
「それは勿論。むしろ一番美味しいトコ、頂いちゃってるし」
「焼き手の特権な。この中で料理すんのってたむちゃんだけじゃね?」
堀に言われ、「あー、そっスねー。かぐなんてほんと何もしないし」と答えながらビールを煽った。
「俺も何もしないけどねー」
「志麻ちゃんも外食ばっかっていつもゆってるよね」
「最近は結構宅配だけど」
「いやいや、自炊しないって意味だよ。志麻ちゃん、包丁も握ったことないとかゆってなかった?」
「ないわけじゃないけど、殆ど。あ、だからウチのキッチンめっちゃ綺麗」
「それは自慢にならん」
ドヤったのに堀に突っ込まれ、志麻がケラケラと笑った。
田村が悔しくなるのは、二人の間に流れている空気があまりにも甘々で。
堀の方が志麻より一つ年上なのだけれど、社会に出てしまえば一年の差なんて関係ないから。二人がお互いにそれぞれの仕事を認め合っているせいかまるで夫婦のような空気感があって、そこには田村は勿論だけれど山本でさえ入り込めない。
「あ、そだそだ、志麻ちゃんに見せたいものがあるんだった」
ふと堀が思い出したように言って立ち上がる。
リビングで足元に寄って来たパグを抱き上げると、そのまま廊下に向かった。
と、扉が閉まる瞬間振り返ると。
「志麻ちゃん、ダイスキ」と、言い残して扉を閉めた。
そのセリフに驚愕して呆然とする田村に、志麻が爆笑する。
「まーたもう、兄さんの変なクセが出たよー」
腹を抱えて一人笑い転げる志麻を訝しげに見ると、
「あの人さー、ほんともう、最悪なんだよ」と笑いながら話し始めた。
「昔、あれ何年前だったかな? 合コン一緒に行ったんだよ、兄さんと」
思い出してくふくふと笑う。
「総務の女の子に、男が四人必要、なんて言われて俺も巻き込まれたんだけど、ほんとに最悪でさ」
この二人がいたんじゃ、残り二人の男はなかなかキツかっただろうと田村は今更ながら同情する。
「堀さんって、モテるの、知ってる?」
田村が頷く。
「あー、田村は知ってるか。ほら、寡黙なのにいざって時にめっちゃ優しいし、見た目もあの通りの色黒ワイルドイケメンだからさ、そりゃーもう、無双決めちゃってくれてるわけ」
まあそれは、わからなくもない。志麻の雰囲気とは真逆とも言える堀の雄感は、女子にはかなりの人気であることは明白で。
「でもほら、割と人見知りだから唯一の知り合いである俺の傍離れないのね。で、何だったかなー? 理由は忘れちゃったけどあの人が席外さないといけなくなったんだけど、酔っ払いなもんだから去り際にさっきみたく、志麻ちゃんダイスキなんてくっだらないギャグかましてくれて」
あー、そうか、往年のギャグだったのか、あれは。
「俺、その後針の筵よ? まじで。男連中は無双決められてるからイラついてんのに、更に女子が何で俺? みたいな冷たい視線寄越すしさ。ほんと、あの人、サイテー」
言葉よりも、その表情が堀への愛情に満ちていたから。
田村は内心おもしろくなくて。
「堀さん、カッコイイっスよね」
「何で? 今俺、あの人の悪口言ってんだけど?」
「誰の悪口をゆってんのさ?」
絶妙なタイミングでリビングに戻った堀が、パグを田村に手渡しながら言った。
「兄さんの悪口に決まってるっしょ? で? 何見せてくれんの?」
志麻がくふくふと笑いながら堀の手元を見ると。
「え? コレって」
「例の地下アイドルの動画」
「何スか、それ?」
山本と違って、パグは田村の腕の中では大人しくしている。田村には動物にだけは愛される自信があるので、何の不思議もない。
「今度の企画でちょっとした女の子アイドルを起用することになったんだけど、あまりにも無名過ぎてなかなかビジュアル確認できてなくてね」
志麻が答えながら、白いDVDをレコーダーに入れた。
「そのアイドルのプロデューサーってのを探して、家庭用のビデオで撮影されてた動画を焼いて貰ったんだよ」
テレビの大画面に三人組の女の子アイドルの姿が映し出されると、鹿倉と山本も一緒にそれを見始めた。
いかにも、なフワフワドレスを身に纏った十代後半らしき女の子は、予想以上に歌唱力があるようで、ダンスこそ素人クサさが見え隠れしているものの、聴き心地は悪くない。
「いいじゃん。なかなか。ビジュアルはこっちで指示すればどうとでもなるだろうし、微妙なダンスが上手くハマればこっちのモンだし。何より」
「声がいいっすね」
感心しながら言った志麻に、山本が反応した。
上三人が動き出すなら、田村と鹿倉はそれに従うのは絶対で。
酔ってはいるものの、結局仕事が大好きな人間の集まりである。
そこからは件の企画についての意見を出し合うという、なし崩し的にブレインストーミングの場になってしまい、鹿倉と田村が先に寝落ちしてしまった後も、ほぼ朝まで話し合いが続いたらしい。
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