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 さすがに十二月に入ると週末以外でも宴会が催される。
 忘年会ハイシーズンとなれば、ほぼ毎日が週末と同じような賑わいを見せる為、バイト三人も大忙しである。
 それでも時々朋樹は研究やら何やらで出勤できない日や遅れて出勤したりと、まともに夕賄いでコミュニケーションが取れない日が多くなっていて。
 要するに櫂斗が拗ねているわけである。

「ほのかちゃん、お正月の連休って何か予定ある?」
 夜賄いで女将さんが問いかけた。
 夕賄いこそ三人揃うのは難しいが、夜は揃っている。つまり、櫂斗だってこの時間にはいつだって朋樹とイチャイチャできているわけだが。

「ないっすねー。芳賀みたく帰省しなきゃいけないわけでもないし、今んトコ、寝正月ですねー」
 実家暮らし、親戚付き合いに顔を出さないといけない年齢でもない、というほのかはそう言って苦笑した。まだ杏輔と予定を合わせていないが、どこかで会うくらいはしてもべったり一緒にいることはないだろう。

「あー。そっか、トモくんは実家、帰るかー」
「いや、正月はこっちいます。夏に帰ったし、一泊二日くらいで帰るのはなんか、交通費の無駄だし。今やってる実験もほっとけないし」
 大晦日の最後の最後まで“おがた”に出て、元日は寝て過ごす。というのが去年から今年の状況だったので、恐らく今回も同じパターンだろうことは想像がつく。

「ほんと? じゃあ、丁度良かった」
 二人の返事を聞いた女将さんが、いそいそと取り出したのは。

「じゃーん、あなたたちにボーナスでーす」
 三人分の旅行チケット。

「え?」櫂斗含めた三人が目を丸くした。
「場所はね、電車ですぐのトコなんだけど。ちょっとした温泉旅行をあなたたち三人にボーナスとして支給するわね」

 駅前商店会の福引でペア宿泊券を当てた女将さん――いや実は今年の会長が中野だという裏はあるのだが――、せっかくだからとちょっとだけ手出しして三人分にして。ほのかたちにボーナスというかお年玉というかクリスマスプレゼントというか、名目はなんであれ、譲ってくれたのである。

「まじで? かーちゃん、いいの?」
「だから大みそかまでがっつり働いて貰うことになるけど、これ、励みにして頑張って欲しいなーって」
「いやったあ、トモさんと旅行だー」
「ほのかちゃんも一緒です。なんか、二人きりの旅行をプレゼントするのは、親としてどうかと思うしさ」
 女将さんがほのかに「いちお、監督よろしく」と笑いかける。

「いや……いいんですか? そんな豪華なの、頂いて」
 ほのかが焦る。朋樹も瞠目して固まっているし。手放しで喜んで小躍りしているのは櫂斗だけである。

「んー。ちょっと、今月って結構すごくない? 毎年この時期忙しいのはわかりきってるんだけどさ、こう毎日宴会宴会だと、さすがにねー。ほのかちゃん、トモくん二人のおかげでお客さん増えちゃって嬉しい悲鳴なわけよ。だから、まあそれを労ってあげるのも店としては大事かなって」

 実際のところ。
 先月後半から早めの忘年会をする常連がちらほら出始めたのだが、今月に入ると常連から口コミで宴会の噂が広まったようで。
 ただでさえ、三人目当ての常連が増えている状況なので、今年の忘年会予約は少なく見積もっても例年より三割増し。
 櫂斗とほのかが毎日対応してくれているから何とか捌けているが、この二人のどちらかが欠けるとかなり厳しい状況になるのは間違いなく。――いや、朋樹も全くの戦力外とは言えない――

「でも。温泉旅行なら女将さんも大将と二人で行くのが筋じゃないですか?」
 ほのかが問うと。
「いいの。お正月はあたしの実家に顔出すのが恒例だし、あっち行ったら妹主催で温泉行くのが通例だから」
「かーちゃんの実家、温泉好きなんだよ。昔から、愛羅企画で温泉行ってるよな」
 櫂斗が続けた。
 愛羅と言えば雫。とほのかが櫂斗を見ると、
「雫はカレシとデートだろーよ。さすがに親と一緒に旅行なんてトシじゃねーし」とその目の問いにさらりと答える。
 そんな目と目で通じ合う二人なんて見慣れているから、女将さんはくす、と笑う。
 誰が見てもこの二人の方がカップル。

「明日もキョウさんトコの会社メンバーが揃って宴会するらしいし、土曜日はトモくんは仕事だけど瀬川くん達が宴会するんだって」
「マジひどくないですか? 忘年会、俺も混ぜろっつの」
「でもトモさん、店終わったら二次会に参加する、つってたじゃん」
「それはそうだけど、俺だって純粋にこの店の宴会、楽しんでみたい」
「大丈夫よ、トモくん。大晦日は従業員も一緒に宴会だから」
 女将さんがウィンクしてみせた。

 一年間の打上げのようなその宴会は、去年朋樹も参加した。ほのかはさすがに未成年だったから二十三時の閉店時間で上がらされたけれど、今年は当然最後まで付き合う気でいる。

 昔ながらの常連客が十名ほど集まって、駅前商店会の歳末売り出しの打上を兼ねて行われる年越しのそれは、大将が面白がって初出しの創作料理を振舞ったり、女将さんが密かに取り寄せて店に眠っている秘蔵の酒を出してみたり、カウントダウンを過ぎても暫くは店を開けて盛り上がり続けるという、“おがた”の年に一度のお祭り騒ぎとなるもので。

 参加した全員が翌日の午前中死んでいるという、稀に見る大宴会なので、それはもう、みんなが楽しみで仕方がない。ということで、それを励みに年末の忘年会ハイシーズンを乗り越えるのだ。

「年内は突っ走らなきゃいけないから、そこはみんな覚悟決めて頑張って頂戴ね」
 そんな女将さんの笑顔の鬼発言に、三人は頷くしかできなかった。
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