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51話・思い出話と年齢差
しおりを挟む第四階層手前での休憩中、荷物を整理している時にリュックのポケットにしまわれた封筒を見て思い出す。
衝撃的な事件に遭遇したせいで忘れかけていた。十年間消息不明だった友だちが実は生きていて、しかもオクトに来るなんて。もうすぐ会えるかもしれないってことだよね。信じられない。
地面に敷いたシートに座り込み、院長先生からの手紙を何度も何度も読み返す。
ちなみに、遺体運びに使うために提供した防水シートは血まみれになってしまったので、メーゲンさんが代わりのものをくれた。
「君の友人はどんな人物だった?」
隣に座るゼルドさんに尋ねられ、ダンジョンの天井を見上げながら子ども時代を思い返す。
「僕より三つ年上で、身軽で強くて物知りで、すっごく頼りになるんですよ」
同年代の子どもが他にいなくて、つるんで遊ぶようになったのは自然な流れだった。村の周りにある森を駆け回り、木登りをしたり。それだけですごく楽しかった。
「ダンジョンを踏破したという話だが、友人は幼い頃から剣を習っていたのか?」
「いえ全然。ただ、野生の獣を追い払う時にそのへんに落ちてる木の棒を振り回してました」
「……なるほど、実践的な訓練だ」
スルトは交通の便が悪い辺境のため、ダンジョンが発見されるまでは観光客どころか冒険者も立ち寄らないような場所で、野生の熊や猿、猪がよく出没していた。大人の狩りを真似て、友だちが一人で猪をやっつけたこともある。怖がりの僕は、友だちが獣を追い回す姿を木の上から眺めるしかできなかった。
彼に憧れ、いつかあんな風になりたいと願った。
「彼は僕にとって大事な人なんです」
思い出すのは勇敢な彼の後ろ姿。
あの日も一人で立ち向かっていった。
──僕を安全な場所に残して。
「私は君の友人に認めてもらえるだろうか」
「ゼルドさんなら大丈夫です。僕の自慢の、こ、恋人なんですから」
周りに『恋人』だと言ったことはない。
男同士だし、年齢差もあるし。
正直、釣り合っているとは思えないし。
「あれ?ゼルドさんて何歳でしたっけ」
そういえば年齢を聞いてなかった。
今まで気にしたことすらなかった。
「…………今年で三十二になる」
「さんじゅうにさい!」
改めて考えると、本当に年齢が離れている。
十年前に騎士団に所属していたんだから、それくらいだよね。親子ほどではないけれど兄弟というにも離れ過ぎている。
「思ったより年嵩でガッカリしたか?」
「いえっ、ゼルドさんは大人で頼り甲斐があって強くてカッコいいと思います!」
「それなら良かった」
ゼルドさんも年齢差を気にしていたようで、僕の返答を聞いて安堵したように表情をゆるめた。
「でも、会えるかな。貴族様の護衛のお仕事をしてるなら自由時間なんてないかも」
せっかくだから直接会って話したい。
十年離れている間に何があったのか。
どうやって助かったのか。
何故すぐ名乗り出なかったのかを聞きたい。
ダンジョン踏破の話も聞きたいけど、とにかく元気な姿を見たい。そもそも僕のことを覚えているだろうか。
「そのことなんだが」
ゼルドさんが自分の手荷物から封筒を取り出した。同時に届いた彼宛ての手紙だ。
「君の友人と一緒に来る貴族は私の弟らしい」
「えっ!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
ダンジョン内に僕の声が反響したことに気付き、咄嗟に手で口を塞ぐ。そして、少し抑えた声で恐る恐る口を開いた。
「ゼルドさんの、弟さん……?」
「ああ。この手紙の差出人は私の古くからの友人なんだが、彼が詳細を教えてくれた」
ゼルドさんは便せんをこちらに向けた。
地味で素朴な封筒とは違い、便せんは上等な紙で作られている。ギルドを通じて送るからか、宛先が冒険者だからか。他の手紙と比べても浮かないようにひと手間かけたのだろう。差出人は随分と気遣いができる人なのだと分かった。さすがゼルドさんのお友だち。
「冒険者ギルドの視察という名目で来るそうだが、恐らく目的は私だろう」
「ゼルドさんに会いに来るってことですか?」
「ああ。弟は、私が家名を捨てることを最後まで反対していた。冒険者をやっていると知られてしまったから、顔を合わせたら何を言われることか……」
憂鬱そうに溜め息をついている。
ゼルドさんにとって、弟さんとの対面はあまり嬉しくないことなのだろう。行動を共にする仲間としてご挨拶したい気持ちはあるけれど、それどころではないのかもしれない。
思い悩む僕に気付き、ゼルドさんが頭をわしわしと撫でる。
「私のことは気にするな。君は友人との再会を楽しみにしているといい」
「はいっ」
休憩を終え、第四階層へと降りる。
宝箱を探しながら大穴を目指して進むと、向かいの通路から疲れ果てた様子の冒険者が四人やってきた。そのうちの一人がこちらに気付き、パッと顔を上げる。
「お、ライル」
「タバクさん」
笑顔で駆け寄ろうとする彼の前にゼルドさんが立ちはだかる。ム、と眉を寄せた後、タバクさんはすぐに普段通りの笑顔を作って見せた。
「俺らはもう帰るとこだ。入れ違いだな」
既に第四階層を探索して戻ってきたのなら数日前から潜っていたのだろう。くたびれ具合から見て探索四日目くらいかな?
「噂の大穴に挑むつもりで来たんだが、水と食いもんが心許ないから断念した」
「そうだったんですか」
ダンジョン探索中は補給ができず、限られた食料と水だけで過ごさねばならない。計画的に消費しないと後々困る。無理せず帰還を決断するのは正しい。
苦笑いを浮かべつつ「次はもうちょい配分考えねーとなァ?」と、タバクさんはちらりと仲間を見た。彼らが予定より多めに飲食してしまったらしく、バツが悪そうな顔で頭を掻いている。
このパーティーを取り仕切っているのはタバクさんで、他の三人は付き従っているみたい。探索もかなり順調なようで、先ほどの話ぶりからすると大穴の手前までは到達したのだろう。
「ま、良さげなもん見つけたからいいけどさ」
第四階層の宝箱の出現場所はギルドを通して情報提供済みだ。幾つか宝箱を発見できたようで、タバクさんたちの表情は明るい。
「そういや、おまえ支援役なんだっけ。食料の管理もやるんだろ?今度俺らの探索に着いてきてくれよ」
突然の誘いに驚き、一瞬反応が遅れた。
またゼルドさんが前に出ようとしたので慌てて腕を掴んで止める。何か言いたげに振り返る彼に目配せしてからタバクさんに向き直った。
「僕、ゼルドさん専属なので」
ほんの少し声が震えてしまったけれど、愛想笑いを浮かべて返事をした。気弱な僕にしてはキッパリ断れたと思う。
タバクさんは数度目を瞬かせた後「そりゃ残念」とアッサリ引いてくれた。やはり本気ではなくただの軽口だったようだ。
「じゃあな」
「は、はいっ。お疲れ様でした」
帰還していく彼らを見送ってから、僕たちも探索を再開した。
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また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。
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