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52話・捨てられた剣

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 第四階層を真っ二つに分断する大穴に降り、底で再び休憩をとる。

 穴の底にはモンスターはおらず比較的安心して過ごせるので、ゼルドさんに仮眠してもらうことにした。完全には油断できないので僕は眠らず見張りをする。

「君も少し寝たほうがいい」
「大丈夫です」
「宿でも眠れていなかっただろう」
「いえ、本当に平気ですから」

 僕の言葉に、ゼルドさんは眉間にシワを寄せた。あんまり納得してなさそう。

 確かに、発見した遺体をギルドまで運んだ日の夜はなかなか寝付けなかった。ゼルドさんに添い寝してもらったから怖くはなかったけど、考え事をしていたら目が冴えてしまったのだ。結局眠れたのは横になってしばらく経ってからだった。

「私のそばから離れないように」
「分かってます」

 ゼルドさんは壁に背を預けて目を閉じ、しばらくして小さな寝息を立て始めた。

 ダンジョン内では休める時に休むのが鉄則だ。疲労で体の動きが悪くならないよう適度に休息をする。眠れなくても、じっとしているだけで多少は体力が回復する。

 また院長先生からの手紙を読み返そうかと隣に置いたリュックに手を伸ばした時、視界の端に何かが光った。
 目をこらして見てみれば、少し離れた場所に何かが落ちている。そばから離れないようにと言われているけれど、見える範囲だから問題ないだろう。ゼルドさんを起こさないよう立ち上がり、忍び足でそちらに向かう。

 落ちていたのは一振りの剣だった。
 ダンジョンの宝箱から出てくるものとは明らかに意匠が違う、ごく普通の長剣が打ち捨てられていた。前回大穴越えをした時には無かったものだ。

「誰かが落としちゃったのかな」

 と言っても、現在第四階層に到達している冒険者パーティーは僕たちとタバクさんたちくらいだろうか。知らないだけで、他にも何組かいるかもしれない。
 しかし、先ほど会った際、彼らは全員武器を所持していた。

 じゃあ、これは一体誰の剣だろう。

 剣の柄を掴んで持ち上げる。しゃら、と剣身が岩に擦れて音を立てた。鞘はない。使い込まれたからか、それとも大穴に落ちた時に欠けたのか、僅かに刃こぼれしていた。拵えも悪くないし研ぎ直せば十分使えそう。捨てていくには勿体ないように思えた。

「うーん、どこかで見たような……」

 オクトの武器屋に並べてあった品と同じ型だろうか。ゼルドさんの大剣の研ぎ直しに同行した際に見かけて記憶に残っていたのかもしれない。際立った特徴のないその剣がなぜか気になった。

「ま、いっか」

 考えても仕方がない。
 鞘のない抜き身の剣は持ち歩きに向かない。元あった場所に剣を置き、ゼルドさんの傍らに戻った。

「……ライルくん?」
「まだ寝ててください」
「では、君もこちらへ」

 眠そうな目をわずかに開け、ゼルドさんが僕の姿を確認してから手招きしている。隣に腰を下ろし、毛布の中に潜り込む。そのまま肩を抱かれて身動き取れないようにされてしまった。

 次にゼルドさんが目を覚ます頃には、僕はすっかり剣のことを忘れていた。






 大穴を乗り越えて対岸に渡り、モンスターを倒しつつ『対となる剣』を探す。

 発見した宝箱からは連続して小瓶が出てきた。美しい装飾が施されたガラス瓶の中にとろりとした桃色の液体が入っている。

「また媚薬!」
「この辺りは媚薬だらけだな」

 以前アルマさんに鑑定してもらったものと同じ装飾の小さな瓶だ。鑑定結果は昔の媚薬。意外と高値で買い取ってもらえるから捨て置くわけにもいかない。

 そんなものばかりを引き当ててしまい、深い溜め息をつく。

「……早く見つけたいのに」

 割れないように手拭いで包んだ媚薬の瓶をリュックに詰めながら、小声でボヤく。

 ゼルドさんの鎧が脱げなくなって、どれくらいの日々が過ぎただろうか。こんなに探しているのに見つけられないなんて思わなかった。

 『対となる剣』は本当にあるのか。
 このまま見つからなかったらどうしよう。

 ゼルドさんは僕を責めることなく宥めてくれる。僕に気を遣ってくれる。彼の優しさに甘えてばかりの自分に嫌気がさす。

「ライルくん、そろそろ帰ろう」
「……、……はい」

 何の成果も得られぬままタイムリミットがやってくる。この瞬間は何度経験しても慣れない。

 後ろ髪を引かれながら第四階層を後にして、真っ直ぐ出口に向かう。誰かが代わりに見つけてくれますようにと願いながら、僕たちはオクトに帰還した。


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