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50話・重い話
しおりを挟む翌日、仕切り直して探索に出ることにした。
朝イチで携帯食の不足分を買い足し、ギルドに向かう。少し出遅れたからか、受付カウンターに並んでいる冒険者はいなかった。
「ふたりとも、ちょっといい?」
「?はい」
マージさんに奥の部屋へと通される。室内には難しい顔をしたメーゲンさんとアルマさんがいた。テーブルを囲むソファーの一つに座るよう促され、ゼルドさんと並んで腰掛ける。
「悪いな、出発前に時間もらっちまって」
「構わない。昨日の件だろうか」
「ああ、一応おまえたちも当事者だ。報告だけはしておこうと思ってな」
向かいに座るメーゲンさんは疲れた顔をしていた。
昨日ダンジョン内で発見した遺体をギルドに送り届けた後すぐ辞したため、僕たちはまだ何も知らない。気にはなっていたので、教えてもらえるなら聞いておきたい。
「まず、今回死んだ奴は探索計画書を提出していなかった」
メーゲンさんは眉間に刻まれた深いシワを伸ばすように指で揉みながら事情を話し始めた。
「ここ半月どこのパーティーにも加わっていない。多分、その頃から一人でこっそりダンジョンに潜ってたんだろうな」
「彼が泊まっていた宿屋にも確認したんだけど、時々二、三日留守にしていたらしいのよね」
補足するようにマージさんが情報を付け足す。ギルドの受付嬢として、今回の無許可での単独探索は許容できなかったのだろう。丸眼鏡の奥の瞳に、事件を未然に防げなかったことへの後悔をにじませている。
「そんで、これを見てくれ~」
重苦しい表情のメーゲンさんとマージさんに代わり、アルマさんがいつもと変わらぬ調子で口を開いた。
彼女がテーブルに置いたのは一振りの長剣。これは昨日現場から回収したものだ。
「検死の結果、遺体の足の甲に剣による刺し傷があったんだ~。当初はモンスターと戦ってるうちに誤って自分で刺しちまったのかと思ってたんだけどな~」
長剣を手に取り、僕たちによく見えるように掲げるアルマさん。口調は普段通りだけど、眼帯に覆われていないほうの眼は笑っていない。彼女の指先が剣身を這い、剣先でぴたりと止まる。
「ところが、この剣で刺しても遺体にあるような傷痕にはならない。この剣以外……つまり、他の誰かがやった可能性が高いんだ~」
僕とゼルドさんが同時に「えっ」と声を上げると、アルマさんはニヤリと笑って更に説明を続けた。
「念のため第一発見者のパーティー四人の武器も調べてみたが、全然合わなかったんよな~」
昨日の四人がやったわけではないと知り、ホッと安堵の息がもれる。彼らはわざわざ探索を切り上げて遺体を運んでくれたのだ。僕を気遣ってくれたし、悪い人たちじゃない。
「じゃあ、傷は一体誰が?」
僕が問うと、今度はメーゲンさんが口を開いた。
「誰かは知らねえが、わざと奴の足を刺して逃げられないようにしたんだろう。そこをモンスターに襲わせた。昨日の四人とおまえらはその後現場に駆けつけた、というワケだ」
「えぇ……なんでそんな酷いことを」
「冒険者の間では『ハイエナ』は忌み嫌われてる存在だから、彼を懲らしめるためにやったんじゃないかしら」
マージさんの言葉に血の気が引いた。
確かに、昨日の四人も遺体の男が『ハイエナ』ではないかと思い至った瞬間、心底軽蔑したような眼差しを向けていた。真っ当に冒険者活動をしている者が、こっそり後をつけて宝箱をかすめ取ろうとする輩を良く思うはずがない。
「ま、憶測に過ぎん話だ。犯人探しをしても仕方がねえ。現行犯か自白でもなきゃ捕まえられねえしな。そもそも死んだ奴はギルド規定を破ってダンジョンに潜ったんだ。言い方はキツいが自業自得だ」
探索計画書を提出せずダンジョンに潜れば全て自己責任。そう理解をした上で、うまく立ち回れば儲かると踏んで実行したのだ。同情の余地はない。
でも、やっぱり気の毒に思えてしまう。
「他の地域のダンジョンでも冒険者の不審死が起きてたらしい。それも、一箇所じゃなく転々とな。偶然なのかどうかは知らねえが」
何それ怖い。
「死んだ男は最初から一人で活動していたわけではないだろう。仲間はどうした」
これまで黙って話を聞いていたゼルドさんがマージさんに尋ねた。
「もともとはパーティーを組んでたんだけど、一ヶ月くらい前に外されちゃったみたい。その後は他のパーティーを転々としていたんだけど……」
「報酬の分配で毎回揉めてたからな~。あの様子じゃ長続きしないだろ~」
「あんまり役に立ってないのに頭割り以上の取り分を要求してたみたいなのよね」
仲間は彼を外した後、他に拠点を移したらしい。
実際揉めている現場を目撃したことがあるのだろうか。アルマさんがあきれたように肩をすくめた。
「そんな人いるんですね」
何の気なしに呟くと、メーゲンさんが驚いたように顔を上げた。
「なんだライル、死んだ奴の顔見てないのか」
「え?見てないですけど」
怖かったので、極力遺体を視界に入れないようにしていた。検死の前に防水シートをめくった時にチラッと見えたくらい。すぐに宿屋に帰ったから、しっかりとは見なかったけど。
そういえば、昨日は動揺していてそれどころじゃなかったけど、どこかで見た覚えがあるような。
「おまえ前に絡まれてただろ。アイツだよ」
「えっ!?」
メーゲンさんに言われ、初めて気が付いた。
遺体の男は以前パン屋で絡んできた冒険者だ。
ゼルドさんと組みたいから自分を後釜に据えろ、と身勝手な要求をしてきた。パン屋の奥さんがメーゲンさんを呼んでくれたおかげで助かったのだ。
「キツく言い聞かせたつもりだったがなぁ……」
丸腰の支援役に対して剣を抜いたため、彼はメーゲンさんに性根を叩き直されたはずだった。でも、人間は簡単には変わらない。結局、自分を律することもせずにラクなほうへと流れ、最悪の結果となった。
僕がパーティー入りを断ったせいだろうか。
ちょっと責任を感じてしまう。
話を終え、ダンジョンへと向かう。
出がけに聞くには重い話だった。こんなに陰鬱な気持ちでダンジョンに潜ることになるとは。隣を歩くゼルドさんも、ギルドを出てからずっと無言だ。ざくざくと土を踏む音と木々の騒めきだけが聞こえる。
もうすぐダンジョンに着くといった辺りでゼルドさんが立ち止まり、僕のほうに向き直った。
「さっきの話だが」
表情が険しい。ギルドで聞いた話について考え込んでいたのだろう。僕も同じだ。
「思っていたより大事になりそうですね。単なる無許可探索の事故じゃないかも、だなんて」
「そのことではない。君のことだ」
「ふぇっ!?」
何故、と疑問に思う間もなくゼルドさんが僕の身体を力強く抱きしめた。太い腕と金属鎧に挟まれてちょっと苦しい。
「絡まれたのは私と組んでからの話だろう。何故すぐに言わなかった」
「えっ」
「先ほど聞くまで知りもしなかった。私ではなくギルド長に助けを求めたのか?……私はそんなに頼りないか」
そうだ、絡まれた件は内緒にしていたんだった。要らぬ心配をかけたくなかっただけなのに、結局こうして知られてしまった。
「ち、違うんです。確かに絡まれましたけど、パン屋の奥さんがメーゲンさんを呼んできてくれて、特に何事もなく済んだので」
「私はその件について何も聞いていない」
「だ、だって」
終わったことだ。わざわざ話す必要はないと考えていた。でも、僕の判断はゼルドさんはお気に召さなかったらしい。明らかに不機嫌になっている。
「やはり君をひとりにしてはおけない」
「ゼルドさんたら、心配し過ぎですよ」
この日以降、ゼルドさんの過保護っぷりが更に酷くなったのは言うまでもない。
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