【完結】君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

みやこ嬢

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番外編

禁酒令

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「ケンタ、これ何?」

 いつになく険しい顔をした龍之介りゅうのすけが仁王立ちで謙太けんたの行く手を阻んでいる。その手には封筒が握られていた。
 昨夜リビングのゴミ箱に捨てたものだ。マズいものが見つかってしまった、と謙太は焦った。

「それはだな、ええと、その」

 伸ばされた手を振り払い、龍之介は封筒の中の書類を広げてみせた。

「なんで黙って捨てたんだよ」
「だ、だって」

 書類は健康診断の結果だった。
 龍之介が指差しているのは肝機能と血圧の数値である。再検査とまではいかないが、基準値の上限ギリギリで要経過観察と記されている。
 健康診断を受けたのは同居を始める少し前。

「あ、あのな、これは営業ん時に無茶した名残で、精神的にもボロボロだったし、だから」

 営業部にいた時、謙太は毎晩のように接待で酒を飲まされていた。終電間際まで付き合わされることもしょっちゅうで、まともな食事と睡眠時間にありつけるのは休日のみという生活だった。

 寧花ねいかが出て行った後は会社に気を使われて残業がなくなり、離婚後は別の部署に異動となった。接待飲みはもう無い。龍之介が用意してくれる食事は健康を気遣ったものが多く、現在は規則正しい生活を送っている。

 だから、健康診断の結果が多少悪くても謙太は全く気にしていなかった。

 しかし、龍之介は違う。
 平日の食事担当として、同居人の食生活には気を使ってきた。それなのに、謙太は何も言わずに健康診断の結果を捨てた。その行為にショックを受けた。

「今日から晩酌は無しだ」
「えっ、それは困る!!」
「駄目だ、しばらく禁酒」
「うっ……」

 同居を始めてから晩酌が日課となっていた。一日の終わりに二人で酒を酌み交わす時間が何よりも好きだった。それを禁じられるのは日々の楽しみが失われるということ。
 龍之介は自分の身体を心配してくれているのだから、抗議したくても出来ない。

 謙太は渋々禁酒を受け入れた。





 禁酒令が出てから数日。

 風呂上がりの晩酌がなくなっただけではなく、夕食のメニューにも変化が現れた。
 しじみのスープやカボチャの煮物、豆腐料理などが並ぶようになった。最初は気付かなかったが、これらが全て肝臓に良い献立だと知り、謙太は龍之介の心遣いに感激した。

「リュウ、ありがとな」
「別に。俺の自己満足だから」

 食卓を囲んでいる時に礼を言うと、龍之介はプイと目を逸らした。

「おまえには長生きしてもらわないと困る。だから、これは俺のためにやってることなんだよ」

 謙太に何かあればまた一人になってしまう。そうならないように努めることは、謙太のためというより龍之介自身のためだ。

 その言葉に、謙太は箸で掴んでいたカボチャを取り落とした。

「死ぬまで一緒に居てくれるって意味?」
「そのつもりだけど、おまえは違うの?」

 なにを当たり前のことを、と言わんばかりの龍之介に、今度は箸を落とした。片方はテーブルの上に、もう片方は足元に転がっていった。

「ケンタ、どうした」
「いや、手が滑った」
「なにやってんだか」

 仕方ないなと笑いながら落ちた箸を拾い、キッチンで洗い直してから手渡すと、謙太は呆然とした表情でそれを受け取った。

 こんなやり取りは以前もあった。
 もっとも、その時とは心境は真逆だ。

「もしかしてだけど、オレ愛されてる?」
「さっきからなんだよ。いちいち言うな」

 自分が何を言ったのかようやく理解したのだろう。返事は素っ気ないが、耳まで真っ赤になっている。そんな龍之介を見て、謙太は幸せを噛み締めた。





「ところで、いつまで禁酒すればいいの」
「えーと、……数値が下がるまでかな?」
「来週にでも血液検査受けてくる」
「せめてあと一、二ヶ月は我慢しろよ」
「でも、リュウと早く晩酌したい……」
「……ノンアルコールなら買ってある」
「ヨッシャ!」

 なんだかんだで龍之介も謙太との晩酌が日々の楽しみだったのだ。
 我慢も過ぎれば身体に悪い。
 多少の息抜きは必要。
 そんなことより、元気のない謙太を見ている方が何倍もツラい。

「一本だけだぞ!」
「分かってるって」



 本当に、龍之介は謙太に甘い。
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