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番外編
あの日の面影 後編
しおりを挟む「もうこれただのコスプレじゃねーか……」
「ギャハハ、リュウ完全に高校生じゃん!」
「おまえが着ろっつったんだろ!!」
おねだりに負け、きっちり上から下まで高校時代の制服を着てネクタイまで締めた状態で、龍之介は笑う謙太に詰め寄った。スラックスが少し長かったのがプライドを逆撫でし、やや気が立っている。
全く悪びれた様子もなく、にまにまと笑いながら謙太は龍之介の手を掴んだ。
「ほんと、懐かしいなあ」
「離せよ」
「ひでえな、感傷に浸ってんのに」
「そんな繊細な神経してたか?」
「オレをなんだと思ってんだよ」
「………………単細胞?」
「想像以上にディスられてる!!」
龍之介はいつもの掛け合いで妙な空気になりかけていた現状を変えようとした。
しかし、謙太はその程度では引き下がらない。
「なあリュウ。もしオレが高校ん時に好きだって言ってたら、なんか変わったかな」
「は? おまえ何言ってんの」
「いや、なんか、リュウの制服姿見てたら当時のことをブワッと思い出しちまって」
ブレザー姿の龍之介の腕を掴み、自分の方に引き寄せながら、謙太は小さな声で呟いた。
「色々あって今は一緒にいるけど、もっと早くにこうなってたら良かったなと思ってさ」
「それは……無理じゃね?」
「やっぱり?」
今でこそこういう関係になってはいるが、高校時代は単なる友人だった。遊んで騒いで、一緒にいるのが楽しいだけの存在。当然恋愛感情を向ける相手ではなかった。他の友人とは違う、親友という関係。
──もし当時告白されていたら。
「たぶん俺、びっくりして距離置くと思う」
「……だよなあ」
同性の友達だから何も考えずに互いの家を行き来出来た。そこに友情以上の感情が絡むとしたら、気軽に話したり遊んだりは出来なかっただろう。
「でもさ、なんか時間が勿体なかったかなって時々思うんだ。ずっとリュウと一緒にいれば、あんな思いをしなくて済んだのかなって」
「……」
それは龍之介も考えていた。
離れている間に龍之介は恋人に棄てられ、謙太は結婚に失敗した。二人とも心に深い傷を負った。最初からこうなっていれば悲しい出来事を全て避けられた。
だが、それは結果論に過ぎない。
「あの経験がなかったら、そもそもおまえと一緒に住んでないだろ。だから『もしも』の話は意味ねえよ」
「うん……」
普段は元気で能天気だが、たまにこうして過去を振り返って沈む。なんだかんだで謙太もトラウマになるくらいの辛い経験をした。間近で見ていたから分かる。まだ妻子との別れを完全に乗り越えられてはいないのだと龍之介は知っている。
今回はたまたま制服がトリガーになっただけ。
「元気出せよ」
「うん」
まだ声に張りがない。
謙太が凹んでいると調子が出ない。慌てて龍之介は先ほどのセリフを弁解し始めた。
「あ、あのさ、さっきはああ言ったけど、ケンタから好きだって思われてたら当時の俺も喜ぶよ」
「でも距離置くんだろ?」
「そりゃ、だって」
高校時代は自分がまさか子供が作れない身体だとは知らなかった。龍之介の母はぽんぽん弟妹を産んでいたし、自分もいずれは好きな女性と結婚して父親になるのだと当たり前のように思っていた。そんな時期に同性から告白されても一蹴するに決まっている。
龍之介が謙太を受け入れたのは辛い出来事を共有したから。それがなければ親友のままで終わっていただろう。
元気づけるように、龍之介は謙太の背中を軽くポンポンと叩いてやった。
「……俺は今の生活結構気に入ってるよ。この前までは死ぬほどしんどかったけど、今が幸せだって思えるのは色々あったからこそだし」
「リュウは幸せ?」
「うん、満足してる」
「オレは満足してない」
「へ?」
突然、謙太が龍之介の身体を抱き寄せた。
予想外の返事と抱擁に思わず腕を突っ撥ねて身体を離すと、至近距離で視線が交わった。
「制服姿で色々やってみたかったんだよな」
「…………おまえ、確信犯かよ」
ギラついた目で見られ、龍之介は顔を引き攣らせた。
間違えて持ってきたとか過去がどうとかは全て口実で、要は制服を着た状態でイチャつきたいだけだった。それに気付いて腕を振り解こうとするが、既に身体はしっかりホールドされていて逃げられそうにない。
弱ったフリで油断させ、腕の中に収まるのを待ち構えていたのだ。
「高校ん時に付き合えてたらこんな感じか~」
「フザケんな馬鹿、離せ!!」
「口が悪いのも昔からだもんな~」
「だ、駄目だこいつ聞いてねえ」
「ブレザー姿も可愛いなあリュウ」
「俺の青春時代の思い出を穢すな!!」
その後、散々な目に遭った龍之介は汚れた制服をすぐに処分した。
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