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本編
第33話:堂々巡り
しおりを挟む謙太の言葉を信じられるほど龍之介は単純ではなかった。彼の過去の経験が全てを拒む。また捨てられるかもしれないと怯えるくらいなら最初から受け入れなければいい。
一生独りで生きていく。
それが龍之介の選んだ道だった。
「子どもだけが家族の絆じゃないだろ」
「子どもが原因で離婚する予定の奴に言われたくないね」
「……ホントだな。説得力ないわオレ」
「ケンタの癖に物分かりがいいじゃねーか」
「今までなんだと思ってたんだよ」
「………………バカ?」
「想像以上にディスられてる!」
真面目な話からいつもの掛け合いに移り、二人は声をあげて笑った。笑い過ぎて目の端から涙がこぼれる。ひとしきり笑った後、冷静に戻って気まずい沈黙が流れた。
「……でさぁ、おまえは結局どうしたいわけ?」
「どうって……」
「寂しさを舐め合って、男二人で一緒に暮らそうってか?」
「うん、まあ、そうなるかな」
「否定しろよ」
「いや、だって実際リュウと暮らしたいし」
「…………はあ~~……」
深く長い溜め息を吐き出して、龍之介はガクリと肩を落とした。何をどう言おうと謙太は譲りそうにない。堂々巡りだ。
時刻は真夜中。
そもそも、うたた寝しているところを起こされたのだ。精神的な疲れもあって、龍之介はもう休みたかった。
「その話はまた今度な。おまえもう帰れ」
「やだ」
「おまえが帰らなきゃ寝られねえじゃねーか」
「一緒に寝ればいいじゃん」
「は? やだよ」
龍之介の家には客用の布団は無い。誰かを泊める予定など無いからだ。普段使ってる寝室のベッドには自分以外誰も寝たことはない。
「追い返したらまた騒ぐぞ」
「……おまえ、ホントふざけんなよ」
無理に部屋から出せば再びマンションの通路で騒がれてしまう。先ほど既に近隣の住民に迷惑を掛けたばかりだ。また騒ぎを起こせば確実に住みづらくなる。
拒否するという選択肢を封じられ、龍之介は謙太を睨みつけた。
しかし、だんだんとどうでもよくなってきた。どうせ追い出すつもりなのだ。謙太が根を上げて逃げ出すまで付き合ってやってもいいかと思い始めていた。
眠くて正常な思考が出来なくなっていただけかもしれないし、今度こそ信じてみたいと思ったからかもしれない。
「……わかったよ、今日は泊まってけ。言っとくけど、おまえに貸す服なんかないぞ」
「大丈夫。リュウが持たせてくれた着替えがあるから」
そう言って、謙太はカバンを軽く叩いた。
金曜の朝、土日二日分の着替えを持たせていたことを思い出し、龍之介は準備の良過ぎる過去の自分を呪った。
「狭い」
「文句言うなら床で寝ろ」
「すんませんでした」
龍之介の寝室にあるのはセミダブルのベッドだ。一人ならこれで十分だが、男二人で寝るには狭い。それでも謙太の家の客用布団よりはマシだ。肩はくっつくが、なんとか並んで仰向けにはなれる。
「そういえば、おまえ一度自宅に帰ったんだろ? なんで着替えのカバン持ってきてんの?」
「リュウんちに泊めてもらおうと思って」
「最初からそのつもりで来たのかよ。……はあ、信じらんねえ。馬鹿じゃねーの」
「電話通じないしドア叩いても出てこなかったから焦った焦った」
もし龍之介が不在だったり宿泊を拒否されたとしても、その辺のホテルに行くか自宅に帰れば済む話だ。しかし、謙太はそうはしなかった。
「おまえ、もしかして一人で寝られないのか?」
「確かに実家では眠れなかった」
「……、……そっか」
今回の件で謙太も深い傷を負った。そう考えると何だか気の毒に思えて、龍之介は謙太を蹴落とそうとしていた足を引っ込めた。
「まあ、家族と話し合ってたら夜が明けただけなんだけど」
「なんだそりゃ」
前日の夜から実家に帰ればそうなるだろうと分かっていた。先に身内と今後の方針を擦り合わせておかないと話し合いが進まなくなってしまうからだ。
逆に、そのせいですんなり話し合いが終わったとも言える。良かれと思って早めに実家に行かせたのだが、その結果がコレだ。
「母さんと父さんは陽色に会えなくなるのは嫌だから絶縁だけはしないでほしいって譲らなくて。前々から寧花に頼んで写真いっぱい送ってもらったりしてたらしい。血が繋がってなくても、もう関係ないってさ」
戸籍の話や子連れ再婚での虐待の可能性云々は主に謙太の母親からの入れ知恵だったようだ。
「あと、リュウと暮らしたいって言ったら母さんにグーで殴られた」
「は? おまえ親に何言ってんの???」
「別れた後どうする気だって詰め寄られたから、つい。そしたら『リュウ君に迷惑かけるな!』って」
「おばさんの言う通りだよ。早速迷惑掛けられてるもん。あーあ、布団狭いなー」
「でも、あったかいよな」
「…………そうだな。湯たんぽ代わりにはなるかもしれないな」
一緒にいるとあたたかい。
二人はいつの間にか眠りに落ちていた。
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