32 / 86
本編
第32話:龍之介の事情
しおりを挟む家族になりたい。
謙太の言葉に嘘がないのは分かっていた。
それでも、龍之介はそれを素直に信じることが出来なかった。簡単に信じられない理由があった。
封じ込めていた過去の記憶が蘇る。
「……俺さぁ、結婚を約束した子がいたんだよね」
「大学ん時の?」
「うん。すごく可愛くて、気が合って、体の相性も良くて。一生この子を大事にするって、そう思ってた」
まだ正座したままの謙太をぼんやりと視界に入れ、龍之介はぽつぽつと話し始めた。
「大学卒業したら結婚しようって話になって、彼女の親に挨拶に行ったんだ。そしたらブライダルチェックを受けるようにって言われて」
「なんだそれ」
「子作り出来る体かどうか調べるってこと。彼女は一人娘だし、あっちの実家は地域の有力者みたいだったし、どうしても跡継ぎが欲しいって。健康には自信あったし、軽い気持ちで受けた」
問診、血液検査、尿検査、そして精液検査。
指定された病院で言われるがままに検査を受けた。検査費用は割高だが、全てあちら持ちだった。
「結果は『無精子症』。要するに、俺は種無しってことだ。その結果を見た途端、彼女はすぐ別れを切り出してきた。……あんなに好きだ、愛してるって言ってくれてたのに」
「……」
謙太は何と反応したらいいか分からず、黙ってその言葉を聞いていた。辛そうに顔を歪める龍之介を見上げ、唇を噛む。
「この前、偶然小児科で会ったんだ。別れてから二年しか経ってないのに、もう違う男と結婚して子ども産んでた」
それが陽色を病院に連れて行った時のことだと気付き、謙太は俯いた。
あの日、謙太が会社からの呼び出しを後回しにして自分で病院に連れていっていれば、龍之介は別れた彼女と遭遇することは無かった。龍之介に辛い思いをさせてしまったのは自分だと理解した。
「俺が結婚に向いてないのはコレが理由。分かるだろ? 子どもが作れない役立たずだから捨てられたんだ」
「リュウ……」
「おまえに呼ばれた時、ホントにムカついたんだ。恵まれた環境にいる癖に家族を大事にしてなかったから。俺がどんなに望んでも持てないものを持ってる癖に」
必要以上に罵ったのは全て八つ当たりだった。龍之介の欲しいものを持っていながら、それを全く顧みない謙太に怒りを覚えた。
──自分なら絶対に家族を優先するのに。
それが当たり前の幸せではないと知っているからこそ龍之介は憤った。
「今まで半日くらい妹の子を預かったりしたことあったけど、朝から晩まで小さな子の面倒見たのは初めてだった。陽色は可愛くて仕方ないし、おまえに説教したり一緒に飯食うのも楽しかった。あんなに賑やかな時間は久し振りだった」
「だったら、」
「だからだよ。俺はおまえが妬ましかった。望めば普通の家庭が持てるおまえが。俺はおまえを憎みたくない。……嫌いになりたくないんだよ」
寧花と陽色を連れ帰ってやり直すようであれば、龍之介は二度と謙太に会わないつもりでいた。『普通の幸せ』を目の当たりにして、平常心で居られる自信がなかったからだ。
家族になりたいと言われて嬉しくないと言えば嘘になる。でも、龍之介には捨てられた過去がある。それが心の中でいつも重くのしかかり、受け入れたいと願う気持ちを萎れさせていく。
検査結果ひとつで失われてしまった。
それは謙太も同じこと。
だが、謙太は別の未来を選ぶことができる。
「絶対の約束なんかない。いくら言葉で誓っても、おまえだって気が変わればいなくなるだろ?」
そんな不確かなものに縋って再び捨てられたら今度こそ耐えられない。家族が欲しいだけなのに、過去のトラウマが謙太の言葉を拒絶してしまう。
予想以上に深い傷を負っていた龍之介に、謙太は何も言えなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
不幸の手紙に“男に告白される”って書いてあったんだが?
すもも
BL
磯城亮輔のもとに、毎日「不幸の手紙」が届く。
書かれた内容はなぜか必ず当たるが、だいたいが地味に嫌なだけの不幸。
亮輔はすっかり慣れきっていた。
しかしある日、こう書かれていた。
「男に告白されるだろう」
いや、ちょっと待て。
その翌日から手紙は呪詛じみていき、命の危機すら感じ始める。
犯人を探し始めた亮輔だが、周囲は頼りにならず——。
これは、少し性格に難ありな主人公が、不幸と告白に振り回される青春BL。
他のサイトにも掲載していますが、こちらは修正したものとなっています。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)
turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。
徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。
彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。
一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。
ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。
その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
読んでくださった方ありがとうございます😊
♥もすごく嬉しいです。
不定期ですが番外編更新していきます!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
