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本編
第31話:謙太の選択 3
しおりを挟む告白とも取れる謙太の言葉を、龍之介は笑い飛ばした。
「妻子が居なくなって出来た穴を俺で埋めるつもりか? 随分と調子がいい話だな。俺はおまえにそこまでしてやる義理はない」
勘違いしているだけの友人を正しい道に戻すため、わざと突き放すように冷たく言い放つ。そんな龍之介に対し、謙太は食って掛かった。
「代わりなんかじゃない、オレは──!」
「代わりだよ。何も違わない。そんなの真っ平御免だ。ていうか、わざわざ夜中に騒ぎまくって訪ねてきて言いたかったのはソレだけか」
「リュウ」
「おまえんちと違ってこっちは分譲なんだぞ。迷惑考えろ馬鹿。住みづらくなったらどうしてくれるんだよ。勝手なことばっかしやがって」
「リュウ」
「あーあ、勘弁してくれよ。俺はようやくきままな一人暮らしに戻れるってのに、またおまえのお守りをしろってか? 冗談じゃない!」
「リュウ!」
いつになく饒舌な龍之介を謙太が止めた。
「泣いてる」
身体を起こし、ソファーの座面に手をついて、謙太が龍之介の頬を伝う涙を指で拭った。そうされるまで、龍之介は自分が涙を流していることに全く気付いていなかった。震える手で自分の目尻に触れ、信じられないといった様子で口を噤む。
「確かにオレは身勝手だよ。ひとりになりたくなくてリュウに甘えてるだけだ。……でも、リュウだって、ひとりは寂しいんじゃないか」
「…………そんなこと、は」
「本当に?」
真っ直ぐな瞳に捉えられ、龍之介は否定の言葉を飲み込んだ。
謙太のマンションで過ごしたあの数日間が眩し過ぎて、自宅に帰ってから抜け殻のようになっていたのは事実。これが寂しいという気持ちなのだと、独りで生きる辛さなのだと思い知らされてしまった。
「オレには家族が必要だって言ったのはリュウだろ?」
「それは、俺のことじゃない」
茫然とした表情のまま首を横に振る龍之介に、謙太は困ったように笑った。
「家事をしてほしいわけじゃない。ただ毎日顔を合わせて一緒にメシ食ったり、おかえりとかただいまを言いたい。……そうなりたいって思ったんだ」
そう言って、謙太は上着のポケットから何かを取り出した。乱雑に折り畳まれた市役所の封筒。それを広げ、中から書類を引っ張り出す。
「責任とか義務とかじゃなくて、家族になりたいって思えたのはリュウが初めてなんだ。ホントはもっと早く言おうと思ってたんだけど」
それは婚姻届だった。
数日前、この封筒を手にした謙太が何かを言おうとしていたことを思い出す。龍之介は封筒の中身が離婚届だと思い込んでいたし、結局その時は何も話せずに終わったけれど。
ぐしゃぐしゃの婚姻届を見てしばらく無言で固まった後、龍之介はプッと吹き出した。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、なんで婚姻届なんだよ!!」
しんみりした空気から一転、龍之介は腹を抱えて笑いだした。一世一代の決意を笑われ、謙太は気まずそうに床に座り直す。
「……家族になるなら届を出さないとだろ」
「まだ離婚も成立してない癖に! あー、マジで笑える。しかも同性婚なんて日本じゃまだ認められてねーんだよ!!」
「そ、そうだったのか……! なんかそういうのニュースで見た気がしたんだが」
「そりゃパートナーシップ制度! どっちにしろ普通の婚姻届で申請するもんじゃねーよ! あー阿呆らし。何も知らない癖によく書類なんか貰ってきたな」
うろ覚えの情報だけで行動に移そうとしたのは、やはり無知故の無謀さだろうか。
「……必死だったから」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして呟く謙太に、龍之介は笑うのをやめた。
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