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本編
最終話:ただひとつの方法
しおりを挟むそれから、謙太が龍之介の部屋に転がり込む形での同居が始まった。
離婚は確定していたので、寧花の両親が荷物を運び出すのを待ってマンションを引き払い、僅かな荷物だけを持って引っ越した。その中には、小さな額に飾られた陽色の写真もあった。
今までより通勤に時間が掛かるようになったが、謙太は特に不満もなく笑顔で出勤していく。それを毎朝玄関で見送るのが龍之介の新たな日課となった。
完全に受け入れたわけではない。
『当たり前の関係だと思わない』
これが龍之介が謙太に課したルールだ。
一緒に暮らしているからといって当てにし過ぎないこと。自分のことは自分でやること。互いを尊重すること。
もちろん家事の分担もそう。
在宅仕事の龍之介に負担が大きくなりがちなので、休みの日は全て謙太がやるといったように、不満が出ない形を探りながら生活している。
「長ネギいっぱい貰ったんだけどどうしよう」
「ひと抱えもあるじゃん、誰がくれたの」
「取引先の奥さん」
「リュウって妙におばさんからモテるよな」
「うっ、……そうかも」
「酢味噌で和えるやつ作ろう。母さんに作り方聞いてみる」
「ネギぬた ってやつ? 楽しみ」
こんな感じで、最初は何も出来なかった謙太も料理の楽しさに目覚めた。他の家事に関してもそう。怒られてもへこたれずに教えを乞う姿勢に、次第に龍之介も絆されていった。
結局、寧花は前の交際相手とヨリを戻すことになった。喧嘩別れをした後も寧花に未練があったらしい。彼女も、恐らくずっと心のどこかで彼を想い続けていたのだろう。あちらの親族とは多少揉めたようだが、息子似の子どもを見た途端に態度を軟化させたらしい。入籍は寧花の再婚禁止期間が過ぎるのを待ち、その間に陽色の戸籍の手続きを進めている。陽色はまだ幼い。今からでも十分本当の父親に馴染めるはずだ。
謙太側の実家が出した離婚の条件として、親戚付き合いを続けることになっている。年に数回、正月やお盆に顔を合わせる程度。それでも、陽色の成長を見守ることが出来て、謙太も龍之介も嬉しかった。
「本当にすみません龍之介さん。急に母がギックリ腰になっちゃって」
「いいよ、こっちは大歓迎。出産頑張って」
「はいっ! ではよろしくお願いします」
数年後、龍之介は寧花の自宅を訪ねていた。これから彼女が計画分娩で入院するため、上の子……陽色を預かるために来たのだ。
離婚前後は精神的に不安定だった寧花も、今の夫と暮らすうちに落ち着きを取り戻した。現在、謙太や龍之介とはまるで従兄弟のような関係になっている。困った時に頼ってくれるのも、そうした積み重ねがあったからだ。
年に数回会う親戚のおじさん。
それが陽色の抱く謙太と龍之介のイメージ。いつも全力で遊んでくれるから、陽色は二人が大好きだった。
「おじさんたちのおうちに、おとまり?」
「そうだよ。陽色のママはこれから赤ちゃんを産む大事なお仕事があるからね、入院してる間はうちにお泊まりだよ」
「わかった!」
「夜にはケンタおじさんも帰ってくるよ。今日は何が食べたい?」
「ハンバーグたべたい」
「よーし、わかった。じゃあまずは電車に乗っておじさん達のおうちに行こうか」
「やったぁ!」
四歳になった陽色はお喋りが得意で、とても人懐こい性格をしていた。たまにしか会わない遠縁の親戚である龍之介にもすぐにうち解けている。
その日の夜は、陽色を真ん中にして三人でベッドに寝た。二人暮らしを始めた時に大きなベッドに買い替えているから狭くはないが、もう少し陽色が大きくなったら一緒に眠ることは出来なくなるだろう。
川の字になって寝るのはあの日以来で、龍之介は陽色の寝顔を眺めながら胸がいっぱいになった。それを見て、謙太も泣きそうになっている。
「可愛いな」
「うん、可愛い」
起こしてしまわぬように小さな声で話す。
「……なあ、ニュース見た? 同性婚、もうすぐ出来るようになるって」
「ふうん。まあ、今のパートナーシップ制度はちょっと不便だもんな」
「そうなったら結婚してくれる?」
「今の生活と何が変わるんだよ」
「何にも変わらない。社会的に認められるだけ」
「だよな。……じゃあ、してみるか」
「今度は嫌がらないんだ?」
「今更だろ」
謙太の気持ちに嘘がないのは分かっていた。
龍之介に信じてもらうため、彼は口先だけではなく行動で示していた。何年も一緒に暮らすうちに、お互いが側にいるのが一番しっくりくるのだと実感してしまった。
なんだかんだで龍之介は謙太に弱い。
あの夜に笑い飛ばした婚姻届を二人で提出する日まで、あとわずか。
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お付き合いはお試しセックスの後で。
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