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本編
第16話:家族と他人
しおりを挟む翌朝、今度は謙太が熱を出した。
「やべー、三十九度超えた!」
体温計を見て何故か嬉しそうにはしゃぐ謙太に冷ややかな目を向ける龍之介。
謙太が熱を出した理由。
それは彼が昨日リビングで寝たからだ。陽色と龍之介が一緒に客用布団で寝ることにしたのだが「オレだけ一人で寝るのやだ!」と駄々を捏ね、無理やり布団に入ってこようとしたのだ。
当然入り切らず、後で龍之介がベッドから毛布を持ってきて掛けてやったりしたのだが、敷布団無しで直に床に寝たせいか、謙太はまんまと風邪を引いた。
「病院行ってこい」
「付いてきてくんないの!?」
「俺は陽色の世話があんだよ。まだ微熱あるから連れ回せないし」
「陽色とオレ、どっちが大事なんだよ!」
「めんどくさい彼女か。陽色に決まってんだろーが!」
ぐずる謙太を無理やり送り出し、龍之介はここに来てから何十回目になるか分からない溜め息をついた。
「おかゆのストックなくなったから作らないと」
寧花が置いていった離乳食のレシピ本をパラパラ捲ると、挟まれた付箋にひと言ずつ書かれているのが目に入った。それぞれの食材ごとにコメントが付いている。
『食べない』
『◎』
『吐き出された!』
離乳食に悪戦苦闘する光景が目に浮かぶようで、読みながら龍之介は目を細めた。
本当なら色んな食材を試して食べさせてやりたいが、陽色は体調を崩しているし、もしアレルギー症状が出て病院に連れて行くことになれば大ごとだ。
龍之介は陽色の保護者ではない。何かあっても責任は取れない。
やはり無難におかゆだけを作ることにした。
二時間後、謙太が病院から帰ってきた。
「おかえり」
「た、ただいま」
「……なんだよ」
「いや、リュウがエプロン着けてるから」
龍之介は自宅から持参したエプロンを着けていた。シンプルな黒の胸当てエプロンだ。
「陽色用におかゆ作ってたんだよ。おまえも昼メシおかゆでいい?」
「はあ? やだよ味ないじゃん」
「じゃ、うどん」
「ええ~~……」
昨日『胃に優しいもの』というリクエストに唐揚げ弁当を買ってきたような奴である。うどんにも難色を示すが、かといって自力で何か作ったり買いに行ったりするほどの元気はないらしい。大人しく出されたうどんを啜っている。
陽色も起きたので、龍之介が作ったおかゆを食べさせる。熱はほぼ下がっているがまだ本調子ではない。
「おまえも育児サークルで風邪貰ったのかもな。それ食ったら薬飲んで大人しく寝ろよ」
「リュウは?」
「リビングで仕事する」
「どこもいかない?」
「今日はな。とりあえず、おまえは早く治せよ。寧花さんの実家に行くんだろ?」
「うん」
何をするにしても、謙太と陽色が元気でないと始まらない。謙太の休みは日曜で終わりだ。それまでに寧花が帰ってくる保証はない。早めに行動を起こして今の状況をなんとかしなくてはならない。
薬を飲んだ後、謙太は大人しく寝室に行き、陽色は再びリビングの客用布団で眠り始めた。
幸い前回の買い物で買ったスポーツ飲料があるし、額に貼る冷却ジェルシートも子ども用と大人用の買い置きを見つけた。改めて買いに出なくても済む。
謙太は熱は高いが、咳や鼻水などの症状は出ていない。よく考えれば、簡単に風邪を引くほど体力がないわけではない。一緒に寝たがったのも心細さの表れだったのかもしれない。図太く見えるが、こんな状況になって何の影響もないはずがない。ストレスで熱を出した可能性もある。
しばらくしてから寝室を覗くと、謙太は寝入っていた。熱はまだ高い。額の汗を拭いて冷えピタを貼り、布団を掛け直してやりながら、龍之介は先日の病院で言われたことを思い出していた。
『もし処置が必要になった場合はやはり親御さんでないと……』
陽色に何かあったら謙太が対応すればいい。
だが、例えば今、謙太が大怪我を負ったり急病になって入院したとしても、龍之介には手続きひとつ出来ない。
──このまま寧花が戻ってこなかったら。
何事もなかったとしても、謙太ひとりで働きながら陽色を育てていくのは無理だ。それはこの数日で痛感した。
「いざという時、他人の俺じゃ何もしてやれない」
高熱に魘される謙太を見つめながら、龍之介は唇を噛んだ。
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お付き合いはお試しセックスの後で。
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