【完結】君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
15 / 86
本編

第15話:彼の特効薬

しおりを挟む


 タクシーで帰宅した龍之介りゅうのすけは、すぐに処方されたシロップ薬を陽色ひいろに飲ませ、リビングに敷いたままだった客用布団に寝かせた。ずっと抱っこ紐で固定されていただけとはいえ、外出して疲れたのだろう。薬の効果か、陽色はすぐに眠った。

 時刻はまだ午前十時半過ぎだというのに、龍之介は疲れ果てていた。眠る陽色のそばに腰を下ろして膝を抱える。やらねばならないことはたくさんあるのに、何故かやる気が起きない。気を抜くと何度も溜め息が出てしまう。

 謙太けんたはまだ帰っていない。
 先程スマホを見たら『もうすぐ帰る』とメールが届いていた。だが、それから既に三十分以上経っている。何処かへ寄り道しているのか、それとも上司に捕まって帰りそびれたか。

「早く帰ってこい、馬鹿……」

 沈む気持ちを無理やり奮い立たせ、ベビーベッドの布団をベランダに干す。洗濯もしたかったが、これは明日やることにした。フローリングに軽くモップを掛けたり、使用済みのコップを洗ったり。細々とした家事を片付けていく。

 そうこうしているうちに、ようやく謙太が帰宅した。
 マンションの通路をドタバタと走ってくる音が聞こえた時、龍之介は無意識に安堵の息を漏らしていた。

「すまん、遅くなった!」
「もう病院連れてったからな」
「ありがとう。で、どうだった?」
「風邪の引き始めだって。薬が四日分出た」
「はぁ~、そっか。よかった」

 謙太は陽色の隣に寝そべり、その寝顔を眺めて笑った。そして、龍之介に向き直る。

「リュウがいてくれて助かったよ」
「うん」
「……あれ、なんか元気なくね?」
「少し疲れただけだ」

 素っ気なくそう答え、龍之介は持参した荷物の中からノートPCと眼鏡を取り出した。

「ちょっと仕事するわ。テーブル借りるな」
「わかった。じゃあオレ昼メシ買ってくる」
「うん」

 スーツから私服に着替えて出掛ける支度をする謙太を横目で見ながら、龍之介は深い溜め息をついた。それが聞こえたのだろう。謙太はすぐにテーブルまでやってきて、向かいの椅子に座った。

「なあ、やっぱ元気ないじゃん。もしかして、おまえも熱あるんじゃねーの?」
「いや、大丈夫」
「……じゃ、なんかあった?」

 普段は鈍い癖にこんな時ばかり鋭い、と龍之介は眉間にしわを寄せた。本当の理由は言いたくない。

「いや、ホントに疲れてるだけ」

 無理に笑ってみせれば、謙太もそれ以上は突っ込んで尋ねることはしなかった。

「弁当屋行くけど何がいい?」
「胃に優しいやつ」
「なんだそれ。じゃあ行ってくる」

 ガチャ、と玄関のドアが閉まる音と共に再び訪れる静寂。メールチェックしていた手を止め、龍之介は目を伏せた。

 眞耶まやとの再会は本当に偶然で、それだけに何の心の準備もしていなかった。



 陽色が熱を出さなければ。

 近所の小児科が休診日でなければ。

 謙太が会社に呼び出されなければ。

 ひとつでも違えば会わずに済んだ。



 とっくに吹っ切れたと思っていたのに、こんな些細な切っ掛けで当時の記憶が蘇り、気持ちを沈ませていく。

 龍之介は椅子から立ち上がって陽色の隣に横になった。すうすうと小さな寝息が聞こえる。汗で張り付いた前髪を指の先でどけてやりながら、そのあどけない寝顔に見入る。

「可愛いな、子ども」

 まともに見ることすら出来なかったが、眞耶が抱いていた赤ん坊もきっと可愛いのだろう、と龍之介は思った。






「買ってきたぞー! 唐揚げ弁当!!」

 テーブルにドサッと置かれたのは、なんと二つとも大盛りの唐揚げ弁当だった。

「……『胃に優しい』はどこいった」
「うまいもん食ったほうが元気出るだろ?」
「おまえ、体調崩してる時でも平気で焼き肉とか食うタイプの人間か」
「え、違うの?」
「ははっ、フツーは違うだろ」

 能天気な謙太と話すうちに自然と笑えてきて、龍之介は悩んでいるのがバカバカしくなった。

「あーなんかハラ減ってきた。食べるか」
「お、調子戻ってきたな」
「元から元気だっつーの」
しおりを挟む
《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。
感想 37

あなたにおすすめの小説

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...