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本編
第15話:彼の特効薬
しおりを挟むタクシーで帰宅した龍之介は、すぐに処方されたシロップ薬を陽色に飲ませ、リビングに敷いたままだった客用布団に寝かせた。ずっと抱っこ紐で固定されていただけとはいえ、外出して疲れたのだろう。薬の効果か、陽色はすぐに眠った。
時刻はまだ午前十時半過ぎだというのに、龍之介は疲れ果てていた。眠る陽色のそばに腰を下ろして膝を抱える。やらねばならないことはたくさんあるのに、何故かやる気が起きない。気を抜くと何度も溜め息が出てしまう。
謙太はまだ帰っていない。
先程スマホを見たら『もうすぐ帰る』とメールが届いていた。だが、それから既に三十分以上経っている。何処かへ寄り道しているのか、それとも上司に捕まって帰りそびれたか。
「早く帰ってこい、馬鹿……」
沈む気持ちを無理やり奮い立たせ、ベビーベッドの布団をベランダに干す。洗濯もしたかったが、これは明日やることにした。フローリングに軽くモップを掛けたり、使用済みのコップを洗ったり。細々とした家事を片付けていく。
そうこうしているうちに、ようやく謙太が帰宅した。
マンションの通路をドタバタと走ってくる音が聞こえた時、龍之介は無意識に安堵の息を漏らしていた。
「すまん、遅くなった!」
「もう病院連れてったからな」
「ありがとう。で、どうだった?」
「風邪の引き始めだって。薬が四日分出た」
「はぁ~、そっか。よかった」
謙太は陽色の隣に寝そべり、その寝顔を眺めて笑った。そして、龍之介に向き直る。
「リュウがいてくれて助かったよ」
「うん」
「……あれ、なんか元気なくね?」
「少し疲れただけだ」
素っ気なくそう答え、龍之介は持参した荷物の中からノートPCと眼鏡を取り出した。
「ちょっと仕事するわ。テーブル借りるな」
「わかった。じゃあオレ昼メシ買ってくる」
「うん」
スーツから私服に着替えて出掛ける支度をする謙太を横目で見ながら、龍之介は深い溜め息をついた。それが聞こえたのだろう。謙太はすぐにテーブルまでやってきて、向かいの椅子に座った。
「なあ、やっぱ元気ないじゃん。もしかして、おまえも熱あるんじゃねーの?」
「いや、大丈夫」
「……じゃ、なんかあった?」
普段は鈍い癖にこんな時ばかり鋭い、と龍之介は眉間にしわを寄せた。本当の理由は言いたくない。
「いや、ホントに疲れてるだけ」
無理に笑ってみせれば、謙太もそれ以上は突っ込んで尋ねることはしなかった。
「弁当屋行くけど何がいい?」
「胃に優しいやつ」
「なんだそれ。じゃあ行ってくる」
ガチャ、と玄関のドアが閉まる音と共に再び訪れる静寂。メールチェックしていた手を止め、龍之介は目を伏せた。
眞耶との再会は本当に偶然で、それだけに何の心の準備もしていなかった。
陽色が熱を出さなければ。
近所の小児科が休診日でなければ。
謙太が会社に呼び出されなければ。
ひとつでも違えば会わずに済んだ。
とっくに吹っ切れたと思っていたのに、こんな些細な切っ掛けで当時の記憶が蘇り、気持ちを沈ませていく。
龍之介は椅子から立ち上がって陽色の隣に横になった。すうすうと小さな寝息が聞こえる。汗で張り付いた前髪を指の先でどけてやりながら、そのあどけない寝顔に見入る。
「可愛いな、子ども」
まともに見ることすら出来なかったが、眞耶が抱いていた赤ん坊もきっと可愛いのだろう、と龍之介は思った。
「買ってきたぞー! 唐揚げ弁当!!」
テーブルにドサッと置かれたのは、なんと二つとも大盛りの唐揚げ弁当だった。
「……『胃に優しい』はどこいった」
「うまいもん食ったほうが元気出るだろ?」
「おまえ、体調崩してる時でも平気で焼き肉とか食うタイプの人間か」
「え、違うの?」
「ははっ、フツーは違うだろ」
能天気な謙太と話すうちに自然と笑えてきて、龍之介は悩んでいるのがバカバカしくなった。
「あーなんかハラ減ってきた。食べるか」
「お、調子戻ってきたな」
「元から元気だっつーの」
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お付き合いはお試しセックスの後で。
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