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最終章 嵐のあとで
94話・レインディア
しおりを挟む株式会社ケルスト東京支社は本社から完全に切り離され、新会社として再出発した。
社長は翁崎 紡。副社長には新会社設立時に合併した九里峯リサーチの代表、九里峯 廉が就任することになった。
市場調査を自社で行い、効率的に営業を掛けていくスタイルで、同業他社の追随を許さないほどの業績を上げている。
「すみませーん、副社長知りませんか?」
「知らん」
「えー、困ったなぁ。お願いしたいことがあるんですけど」
「あいつが就業時間中に自分のデスクでじっとしていることなんかないぞ」
「ですね」
九里峯の行き先を尋ねにきた伊賀里は、社長の紡にそう返されて苦笑いを浮かべた。
「加津瀬部長も探してましたよ。経費の件で副社長に言いたいことあるらしいです」
「あー……俺から加津瀬さんに話しておく」
「そうしていただけると助かります」
新会社の副社長になった現在、九里峯は調査部門の長である。彼が独自のコネやルートを使って情報を収集し、部下たちが精査するスタイルだ。故に月の半分は会社におらず、居ても副社長室で大人しく座っていることはない。
経費についても謎が多く、経理部長の加津瀬はその度に九里峯の領収書を差し戻している。彼の行動範囲は広い上に、すぐに結果が出るようなものでもない。キッチリした加津瀬とは合わず、いつも紡が間に入っている。
「で、今日はどこに行かれたんでしょう」
「俺に聞くな。新規調査依頼なら個人端末にメールしておけ」
「はーい。了解です」
ところが、用事は済んだはずなのに伊賀里は社長室から出ていこうとはしない。怪訝に思った紡が見ていた書類から顔を上げる。
「なんだ?まだ何かあるか」
「いえ、ちょっと不思議だなと思って」
執務机を挟み、伊賀里は椅子に座る社長を見下ろした。髪を後ろに撫で付け、三揃いのスーツを着た紡は三十代半ばの若さでありながら社長の威厳に満ち溢れている。九里峯は飄々としていて、副社長の立場にありながら根無し草のように一箇所に落ち着かない。
「社長と副社長ってタイプ真逆なのになんで仲良いんですか?」
「む。別に仲は良くない」
「またまたぁ!他の人がフラフラしてたら怒るのに、副社長には何も言わないじゃないですか」
「九里峯は自由にさせていたほうが成果をあげるからだ」
ここまで自由な働き方を許されている社員は新会社の中でも九里峯だけ。特別扱いをしているわけではなく、彼の特性を活かすための措置である。
「やっぱり特別っぽいですけど」
紡と九里峯の関係について社員の誰もが不思議に思っていたが、これまで確認できずにいた。
しかし、伊賀里は踏み込んだ。
デフォルトが仏頂面の紡にここまで突っ込んで質問出来るのは彼くらいなものだろう。興味関心を持ったら最後、全て明らかにするまで質問が止まないと経験から理解している紡は、仕方なく口を開いた。
「……大学時代からの腐れ縁だ。だからあいつの性格も強みもよく知っている。それだけだ」
親友と呼ぶには性格が合わず、かといって仲が悪いわけでもない。そうでなければ社会人になって十年以上も繋がり続けることは出来ない。
「なるほど、わかりました」
「じゃあ仕事に戻れ」
「はーい」
疑問が解消され、伊賀里は満足そうに目を細めた。社長室から退室しようとして、もうひとつ用件があったことを思い出す。
「そうそう。印刷会社さんから新しい名刺のデザイン案が来てました。メール転送しますんで確認お願いします」
「ん、わかった」
「新しい社名、まだ慣れないです」
「営業部のエースがそれじゃ困る」
そう言う紡も名乗る時につい『株式会社ケルスト』と言いそうになる。新会社発足から二ヶ月も経っていないのだから無理もない。
伊賀里が出て行ってからしばらくして、紡のPCにメールが転送されてきた。新会社のロゴ入り名刺の画像が幾つか添付されている。これまで仮の名刺で凌いできたが、そろそろきちんとしたものを社員に支給せねばならない。名刺は会社の顔だ。妥協は出来ない。
社名のロゴの背景にあるシルエットはトナカイ。
サンタクロースを乗せたソリを曳く役割を持つ。
他にも幾つか候補が上がっていたが、紡が考えたモチーフにしようと後押ししてくれたのは九里峯だ。
「……結局、俺もケルストから完全に離れることが出来ないのかもしれんな」
ディスプレイに映る自社のロゴを見て、紡はフッと自嘲気味に笑った。
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