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最終章 嵐のあとで
95話・夫婦の在り方
しおりを挟む阿志雄も穂堂も数年一人暮らしをしていただけあって、料理はともかく掃除や洗濯といった家事は手慣れている。
普段使っていない部屋はフロアモップを掛けるくらいで済む。水回りと寝室、リビングは使う度に軽く片付け、週末に気合いを入れて磨く。
「掃除用品めっちゃありますね」
「掃除が休日の日課だったので」
玄関からリビングに続く廊下にある収納スペースには掃除機やモップだけでなく、ありとあらゆる住居用洗剤がキッチリ棚に並べられている。ひと目では何に使うか分からないような外国製の洗剤まであった。
興味深そうに眺めていた阿志雄が収納スペースの隅に置いてあるものを見つけた。
「アイロンがある!穂堂さんアイロン掛け自分でやるんですか」
「ええ。阿志雄くんは仕事用のワイシャツはどうしてます?」
「日替わりで着て、週末まとめてクリーニングに出してます」
「合理的ですね」
営業マンが身嗜みを気を使うのは当然のこと。
だが、今まで狭いアパート暮らしだった阿志雄はアイロンを持っておらず、シャツやスーツは毎週クリーニングに出していた。受け取りし忘れても困らないよう数着余分に所持している。
「これからは私がやりましょうか」
「エッ、いいんですか」
「ついでですから構いませんよ」
早速リビングにアイロン台を出し、その日洗濯したシャツにアイロンを掛けていく。手際良く作業を進める穂堂の姿に見入りながら、阿志雄は隣で洗濯物を畳んでいく。
「アイロン掛け上手いですね」
「子どもの頃に先代社長の奥様から教えていただいたんです」
「先代の……てことは社長のお母さん?」
「ええ。家政婦さんがいましたが、奥様は社長が身に付ける物だけは自分でやる、と」
「おお~、愛ですねえ」
「本当に仲の良いご夫婦でした」
小学生の頃に翁崎家に引き取られた穂堂は、家の手伝いをすることで自分の居場所を得ようと必死だった。台所は家政婦の管轄で『危ないから』と入れてもらえなかったが、庭の草むしりや掃き掃除などを率先してやっていたという。
そんな彼を先代社長の妻は可愛がってくれていた。
当時の思い出を語る穂堂の表情は柔らかい。
先代社長は穂堂の母親を心の拠り所としていたが、そこには男女の情はない。あくまで仕事上の支えとしての繋がり。
夫のシャツやハンカチに丁寧にアイロンを掛け、身だしなみの管理をすることで、先代社長の妻は自分なりに役割を果たしていたのだろう。
「自分がアイロンを掛けたシャツを着た先代社長を見送る時、奥様は嬉しそうにしていました。子どもの頃はよく分かりませんでしたが、今は何となく理解出来る気がします」
襟、カフスに始まり、袖のプリーツを整えてから袖全体と肩回り、身ごろの順に掛けていく。終わったらハンガーに掛け、クローゼットに仕舞う。ずらりと並んだ皺ひとつないシャツに、阿志雄は感嘆の息を漏らした。
「穂堂さんありがとうございます!仕事行くの楽しみになりました!」
「それは良かった」
営業部と総務部は仕事内容が真逆のため、就業時間中ほとんど関わらない。こうして身に付けるシャツを手入れして気持ちだけでも寄り添う。それは先代社長夫婦の在り方に似ていて、穂堂は少し誇らしかった。
一緒に暮らし始めて早二ヶ月。
家事の分担などで揉めることもなく、ふたりでの生活に慣れていった。
しかし、恋人としての進展はほぼ無し。
その大きな理由が寝室だった。
寝室にはセミダブルのベッドが二台、ナイトテーブルを挟んで置かれている。同じ部屋で寝てはいるもののベッドは別。これは穂堂が希望した配置だ。
(つまり、穂堂さんはそういうの求めてないってコトだよな)
下手に警戒されて寝室を分けられたり、マンションから追い出されるより、今の状態を維持したほうがいい。
穂堂の側に居続けるため、阿志雄は現状に満足しているように振る舞った。
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