【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

文字の大きさ
上 下
94 / 142
最終章 嵐のあとで

93話・安心させるための方法

しおりを挟む


 突然抱き締められた穂堂ほどうは驚きで身を固くした。

阿志雄あしおくん?」
「何もなくて良かった。いつもならすぐに返信あるのに、二時間以上反応ないから焦りました」

 そんなに経っていたのか、とリビングの時計を見て初めて気付く。買い物で寄り道したとはいえ、まだ何も完成していないのに同居人が帰ってきてしまい、穂堂は己の不甲斐なさに少し気落ちした。

 阿志雄は更に腕に力を込めて抱き締めてくる。痛いくらいの抱擁に苦笑いしつつ、穂堂は何とか腕を伸ばして阿志雄の背中をぽんぽんとなだめるように軽く叩いた。

「おかえりなさい阿志雄くん」
「ただいま穂堂さん。いま泣いてませんでした?」
「いや、玉ねぎが滲みて……すみません、心配させてしまいましたね」
「オレが勝手に慌てただけです」

 身体を離してお互いに謝り合い、そのうちプッと吹き出す。

「これからどうしたものかと迷っていたんです。手伝ってくれますか?」
「何を作るつもりだったんです?」
「肉じゃがに挑戦したかったんですが、手間取ってしまって……味を染み込ませるには時間が足りないかもしれません。あ、あと炊飯器のスイッチも入れ忘れてました」

 調理台の上にある不揃いに切られた野菜と肉を見て、阿志雄は穂堂の努力を察した。

「んじゃカレーにしますか。材料大体同じだし、前に作った時のルーが半分残ってるし。コメ炊いて、鍋を火に掛けてる間に風呂入っちまいましょう」
「いいですね、そうしましょう」

 具材を炒めて鍋に移し、煮込んでいく。
 風呂に入る際は交替で鍋の見張りをすることにした。

「メールに気付かなくてすみませんでした」
「晩メシどうするか確認したくて。なければ帰りに買っていこうかと……まさか作ってくれてるとは思いませんでした」
「外食や弁当ばかりでは体に悪いですから」

 鍋をかき混ぜながら穂堂が視線を落とす。
 その小さな揺らぎを見て、阿志雄は彼が何を考え、何を不安に思っているか分かった気がした。笑顔の裏で、どうすれば不安を解消できるだろうと考えを巡らせる。曖昧で根拠のない言葉は気休めにすらならない。頭の中で具体的な方法を練り、すぐ行動に移せるようにした。





 二週間後。

 阿志雄は退勤後にある場所に寄っていた。
 そこで受け取った封筒を手に帰宅する。キッチンでは穂堂が夕食の支度の真っ最中だった。少し慣れてきたからか、今では簡単なものなら手際良く作れるようになっている。

「穂堂さん見て」
「なんですかこれは」

 差し出された封筒には病院名が印刷されており、穂堂は思わず手を引っ込めた。代わりに阿志雄が封を開け、中身を取り出す。

「人間ドック?」
「この前有休取って受けてきたんです。ほら、どこも悪いとこないでしょ」
「ああ、だから朝ごはん食べない日があったんですね」

 結果表を上から下まで食い入るように見る。全項目A判定、異常なしの文字に、穂堂は安堵の息を吐き出した。

「……良かった。急に病院の封筒なんか持ち帰るから、どこか悪いのかと。というか、なぜ人間ドックを?君の年齢ならまだ必要ないのに」

 総務部では年に一度、社員の健康診断の手配もおこなっている。若い者は検査項目の少ない健康診断、三十五才以上の者は人間ドックの対象となる。阿志雄はまだ二十六才のため対象外である。

「びっくりさせてすみません。でも、結果が出るまでは何にも言えなくて」
「え?」
「ついでにがんリスク検査も受けてきました」
「そんな検査まで、どうして」

 あと数ヶ月待てば会社の健康診断の時期になる。わざわざ自費で受ける必要などないというのに。
 穂堂の問いに、阿志雄は笑った。

「オレ、長生きすると思いますよ」

 その言葉を聞いて全てを理解した。
 穂堂の両親は四十代の若さで病に倒れ、亡くなっている。先代社長も癌で亡くなった。大事な人との別れは穂堂のトラウマのようなもの。

「これから食事も気をつけるし、運動もします。もちろん幾ら気を付けていても病気になる時はなるけど、もしそうなっても治療に全力で取り組みますんで」
「阿志雄くん……」

 阿志雄は穂堂が抱えている不安を軽くするため、人間ドックと癌リスク検査を受けられる病院を探して検査を受けてきたのだ。

「健康を気遣って料理を頑張ってくれてるの、すげえ嬉しいです。でも、あんまり気負い過ぎないでください。一緒に楽しんでやりましょ」
「ふふ、そうですね。毎日続けていくことですから」
しおりを挟む
▼▽▼ みやこ嬢のBL作品はこちら ▼▽▼

《 最新作!大学生同士のえっちな純愛 》
お付き合いはお試しセックスの後で。

《 騎士団長と貴族の少年の恋 》
侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい

《 親友同士の依存から始まる関係 》
君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

《 異世界最強魔法使い総受 》
魔王を倒して元の世界に帰還した勇者パーティーの魔法使い♂が持て余した魔力を消費するために仲間の僧侶♂を頼ったら酷い目に遭っちゃった話

《 ダンジョン探索で深まる関係 》
凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...