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最終章 嵐のあとで
86話・わがまま
しおりを挟む「良かったら一緒に住みませんか」
穂堂の言葉に、阿志雄はまず自分の耳を疑った。
「聞き間違いかな。今なんて言いました?」
「私と一緒にここに住んでくれませんか」
「ア゙ッ!聞き間違いじゃなかった!!!」
隣に座る穂堂は真剣な面持ちで返答を待っている。突然のことに狼狽える阿志雄を見て嫌がられたと感じたのか、悲しそうに眉を下げた。
「……すみません。急に言われても迷惑ですよね」
しゅんと肩を落とす穂堂。
酔っている時の彼は普段より素直に感情を表に出す。そうなるように仕向けているのは阿志雄だ。気持ちを抑えることに慣れた穂堂が我が儘を言えるように、少しずつ時間をかけて慣らしている。
阿志雄は慌てて弁解した。
「ビックリしただけで迷惑なんかじゃないです。嬉しいし、オレとしては大歓迎なんですけど、どうして急にそんな話になったんですか」
「実は先日、学さんからマンションの名義を私に変更すると言われまして」
元は先代社長が穂堂のために購入したマンションだが、身内に反対する者が居たことと穂堂が受け取りを遠慮したため名義人は学になっていた。
会社も落ち着いてきたので、そろそろ個人の資産を整理しようという話になったらしい。
「名義変更の手続きはケルストでお世話になっている司法書士の先生がやってくださるそうです」
単なる名義変更と言っても様々な申請書類や提出物がある。不動産評価額に応じた登録免許税を支払わねばならないが、マンション購入に比べれば微々たる金額だ。
「ここはひとりで住むには広過ぎるので」
「今までもひとりだったじゃないですか」
「あくまで『管理のための住み込み』という意識でしたから。本当に住むとなると、何だか急に怖くなってしまいました」
いずれ学に返すつもりで、資産価値を減らさぬよう綺麗に管理してきたのだ。売却も提案したが『父さんが徹のために買った部屋だから』と言われてしまえば断れない。
それに、学も若くはない。後々相続で揉めないためにも、元気なうちに手続きを済ませてスッキリしたいのだろう。
この部屋は駅前の大通りに面した高層マンションの一室である。世帯用の間取りのため部屋数は多く、使っていない部屋が幾つかある。
こんな立派なマンションがいきなり自分のものになると言われれば怖気付く気持ちも理解出来る。
「君の部屋の荷物、まだ片付けてませんよね?」
上目遣いに尋ねられ、阿志雄は天を仰いだ。
断る理由など何一つない。
生活空間を共有してもいいと思えるほど気を許してもらえたのだ。むしろこちらから頭を下げてお願いしたいくらいの話である。
「明日にでも荷物持ってきます……!」
「良かった」
「社長にも改めてご挨拶に行きますんで」
「わかりました。予定聞いておきますね」
阿志雄は自分のアパートを引き払い、穂堂のマンションで一緒に暮らすことになった。
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