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最終章 嵐のあとで
85話・爆弾投下
しおりを挟む平穏な日常が戻ってきた。
株式会社ケルスト本社に社員が増えたことで総務の仕事も地味に増えている。佐々原が抜けた穴を埋めるため、総務に新たに数名の社員が配属された。そのタイミングで穂堂はついに昇進話を受け入れ、総務部の課長に就任することとなった。
「穂堂さん、おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
穂堂のマンションで祝杯を挙げる。広々としたリビングのど真ん中に敷かれたラグに並んで腰を下ろし、グラスに注がれたビールを飲む。
「ついに穂堂さんが課長に……一気に偉い人になったみたい」
「肩書きだけです。何も変わりませんよ」
ふーっと息を吐き出しながら阿志雄が感慨深そうに呟くと、穂堂は照れ臭そうに笑った。
「でも、備品の補充とかは新人がやるようになったじゃないですか。社内での遭遇率が減っちゃって少し寂しいかも」
「こうして会っているのに?」
「プライベートは別です。会社の廊下とかで思いがけず顔が見れるのが嬉しいんじゃないですか!」
細々とした業務を部下に任せるようになり、穂堂は以前ほど忙しくはなくなった。その代わりにデスクワークが増えた。とはいえ、取り引き先とのやり取りや決済などは以前からやっている。おかげで随分と時間に余裕が生まれ、残業や休日出勤はほぼ無くなった。
「なんで昇進する気になったんですか?」
これまでの穂堂は社長から何度勧められても昇進話を断っていた。直属の上司から頼まれた阿志雄や鍬沢が言っても聞く耳を持たなかった。育ててくれた翁崎家への恩返しのため、ケルストに尽くすことだけが生き甲斐だったからだ。
「阿志雄くんのおかげですよ」
「オレの?」
「ええ。少しだけ欲が出ました」
ケルスト以外に大事な存在が出来た時に、このままではいけないと思うようになった。生活の安定が何よりも大事であると穂堂は気付いた。大阪支社長の奏が主張していた『恋人が出来れば将来を真剣に考えるようになる』は強ち間違ってはいなかった、ということだ。
それと、佐々原から最後に言われた言葉。
『さっさと正当な評価を受け入れてくださいねぇ?次会った時にヒラ社員のままだったら怒りますよ』
あの挑発的な言葉が背中を押した。
なんだかんだ言って、穂堂は部下としての佐々原を気に入っていた。優秀な彼女に胸を張って再会出来るようにという気持ちもある。
交際を始めてから数ヶ月。
ふたりはお互いの家を行き来して同じ時間を過ごしてきた……と言っても泊まりは無し。仕事おわりに予定を合わせ、外で食事を済ませてからどちらかの家に寄り、日付が変わる前には解散する。そんな健全な付き合いが続いていた。
会社は同じでも部署が違う。営業部の阿志雄は昼間のほとんどを得意先回りで社外に出ているため、就業時間中は滅多に話も出来ない。退勤後や週末に時間を貰えるだけで構わないと阿志雄は考えていた。
もちろん触れ合いたい気持ちはあるが、変に焦って穂堂から嫌われては元も子もない。今はコツコツと信頼を積み上げ、安心出来る相手としての立場を不動のものにすることを目指している。
しかし、そんな決意を揺るがすような爆弾が投下された。
「阿志雄くん、良かったら一緒に住みませんか」
「……エッ……?」
一瞬何を言われたか分からず、阿志雄は手にしたグラスを落とし掛けた。
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