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第7章 未来を切り拓く選択
84話・ひと区切り
しおりを挟む会社全体としてはかなりの変革を余儀なくされたが悪いことばかりではない。帰ってきた社員たちで本社は最盛期の賑わいを取り戻した。これは福利厚生に力を注いできた本社社長の方針の賜物である。
自らの意志で出て行く者もいた。『経理の鬼』こと本社経理部長の加津瀬だ。彼は東京支社に移り、そのまま新会社の設立に手を貸すこととなった。本人は「定年前に冒険したくなっただけ」と笑うが、紡を心配しての行動だろう。学は快く希望を聞き入れた。
着工から一ヶ月後。
ついに休憩所が完成し、関係者にお披露目された。この件を手掛けた佐々原とアルムフードサービスの社長・有里村が自信を持って案内する。
場所は本社のエントランス脇にあるスペース。通路側の壁を全て取り払い、天井高の合わせガラスで仕切ることで、開放的で明るい空間となっている。ソファーやテーブルは丸みを帯びたデザインで統一され、窓際にはパーテーションで区切られた個室や応接用の部屋が設けられた。
通信環境も整っており、ノートPCを持ち込んで作業することも可能。仕事に行き詰まった際の避難所として使うことも想定されている。
中央にあるアイランドカウンターにはドリンクサーバーが置かれ、フレッシュジュースや紅茶、コーヒーがセルフサービスで飲めるようになっている。ドリンクの補充や管理は社員食堂が担当する。
一際目を引く円筒形ガラス製ドリンクサーバーは、佐々原が有里村と共に幾つものメーカーの展示場を回って選び抜いたものだ。
「すっごーい!ここ、前は倉庫だったわよね?こんなに変わるなんて!」
お披露目に招かれた大阪支社長の奏は休憩所の出来映えに感激していた。その様子を見て、佐々原は嬉しそうに笑っている。
「これほど思い切ったプランは私では思い付けません。佐々原さんにお任せして本当に良かった」
「穂堂さん~!ありがとぉございますぅう~!!」
穂堂から褒められ、佐々原は大粒の涙を流した。交際相手としては合わなかったが、短期間とはいえ直接仕事を教えてもらった。尊敬する先輩社員の穂堂から認められることは何より勝る賞賛である。
「有里村さんも。大変良い仕事をしていただき、ありがとうございました」
「とんでもない!こちらこそ大きな案件を任せていただき感謝しております」
改装前、正にこの場所で阿志雄たちが片桐の罪を暴いた。部下が迷惑を掛けてしまったにも関わらず仕事を依頼してくれた穂堂に対し、有里村は感謝の気持ちでいっぱいだった。
そして、傷心の片桐を保護してくれたことも。放っておけば、恐らく自責の念で潰れてしまっていただろう。現在片桐は違う場所で働きながら少しずつ心を癒している最中だ。最近は笑顔を見せることも増えてきたという。
「本当に……何から何までありがとうございました」
「これからもよろしくお願いします」
「はいっ、喜んで!」
有里村は穂堂に対する気持ちを明かさないと決めていた。
佐々原を避けるために自分を頼ってくれた時に一瞬期待をしてしまったが、それは信頼されているからこそ。ここでもし告白などしてしまえばビジネスパートナーでは居られなくなる。ずっと穂堂と組んで仕事をしていくために、有里村は恋心を封印した。
「休憩所も完成したんで、アタシは大阪支社に帰りま~っす!」
仕事の区切りがついたタイミングで、佐々原が大阪支社に戻ることになった。
元はと言えば穂堂との結婚話のために『出向』してきたのだ。破談になった以上、佐々原が本社に残る意味はない。何より大阪支社長の奏が彼女を手元に置きたがっている。引き戻しは支社長権限で行われた。
「短い間でしたが、佐々原さんのおかげで助かりました」
「アタシも楽しかったです。時々様子を見に来ますんで、その時はまたお願いしますね~!」
固く握手を交わす時に佐々原がスッと顔を寄せた。悪戯っぽい笑みを浮かべ、穂堂の耳元で囁く。
「さっさと正当な評価を受け入れてくださいねぇ?次会った時にヒラ社員のままだったら怒りますよ」
「……はい、分かりました」
男性社員たちに惜しまれながら、佐々原は本社から去っていった。まるで嵐のような騒がしい存在だったが、居なくなると寂しくもある。
「さっき佐々原から何言われてたんですか」
「内緒です」
「えーっ、オレに隠し事ですか」
ふくれる阿志雄を見て、穂堂はフッと微笑んだ。
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