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第7章 未来を切り拓く選択
78話・気持ちの代弁者
しおりを挟むしばしの沈黙の後、翁崎 学は気を取り直した。
「えー、阿志雄くん?今のはどういう」
「ハイッ!穂堂さんとオレの交際を認めていただきたいと思いまして、こうして挨拶に参りました!」
「うん???」
聞き間違いかと思って聞き返すが、どうやらそうではないらしい。目の前に正座する青年は至極真面目な表情で学を見上げ、隣に座る穂堂も不安そうな顔で反応を待っている。
これではまるで娘の恋人から結婚の許しを請われている父親のようではないか。確かに学は親代わり、兄代わりという立場ではあるが、当の穂堂は成人済みの男である。まさかそんな挨拶を自分がされる日が来ようとは。しかも男に。
「えー……と、つまり、以前からそういった関係だったということかな?」
以前、阿志雄と休日に一緒に遠出したからと土産をもらったことがある。あの時から交際をしていたのか。
こめかみを押さえ、必死に頭を働かせて言葉を選ぶ。偏見はないが、まさか身内が同性の恋人を連れてくるとは思ってもおらず、学は表情を取り繕うだけで精一杯だった。
「あ、いえ。交際すると決めたのは昨日です」
「昨日!?」
穂堂からの補足に対して反射的に聞き返してしまい、学は大きく咳払いをして体裁を整えた。
「と、徹が良いのなら反対はしない。というか、大人なのだから私に許可を求めなくても」
「そういうわけにはいきません!」
ずいぶん義理堅い性格だと思ったが、すぐに違うと気付く。
穂堂の実の両親は既に他界しており、恋人が出来ても紹介すべき相手がいない。親代わりの学に直接顔を合わせて挨拶をするというプロセスを踏むことで、穂堂に家族らしいイベントを体験させているのだろうか。どちらにせよ生半可な覚悟で出来ることではない。
その点で、阿志雄を信頼に足る人物であると判断する。
「──分かった。交際を認める」
形式に沿うよう応えると、阿志雄と穂堂は笑顔で手を取り合った。その様子だけでふたりの仲の良さが窺えて、学は自分のことのように嬉しく思った。
「徹のことだけが気掛かりだったが、阿志雄くんがそばに居てくれるなら大丈夫そうだな」
穏やかな表情でそう呟き、小さく息をつく。
株式会社ケルストの経営者兄妹による話し合いは難航しており、方針はまだ定まっていない。東京支社を本社化する代わりに本社をイチ営業所に落とす案を出され、学は迷っていた。社長の重責から逃げだしたい気持ちと、今まで支えてくれた社員たちや穂堂への想いの狭間で揺れている。
東京支社長の紡から言われていたように、穂堂を翁崎家に縛り続けて良いものかと悩んでいた。社長の椅子に座り続けるためには穂堂の精神的な支えが必要不可欠。それ故に、ずっと手放せずにいた。
「これでようやく徹を自由にしてやれる。……私は、社長の座から降りるよ」
翁崎家とケルストのことしか頭になかった穂堂に伴侶……支えてくれる存在が出来たというのならば思い残すことなく引退出来る。そう思い、学は初めて社長職を辞する決意を口にしたのだが……。
「ちょっと待ってください。引退なんかしてもらっちゃ困ります!」
ようやく下した大きな決断は、阿志雄によって即座に否定されてしまった。
「本社をイチ営業所にするなんて言語道断です。それで本当に穂堂さんが幸せになれると思ってるんですか」
「いや、しかし」
「社長だって分かってるでしょう。穂堂さんがどれだけ本社を大事に思っているか、一番近くでずっと見てきたんだから」
穂堂は阿志雄の隣に座ったまま、思い詰めた表情で俯いている。大恩ある学に対し、無理を強いていると感じているのだ。自分から要求を口に出来ず、阿志雄に代弁させていることを申し訳なく思っているのだろう。
家族だと言っておきながら直接言いたいことも言えないような関係しか築けなかった。己の不甲斐無さと身勝手さを恥じ、学は唇を噛んだ。
「……徹。おまえは今の本社が好きか?」
そう聞かれ、穂堂は目を見開き、何度も何度も頷く。必死に縋るような表情を向けられ、学は決意を翻した。
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