79 / 142
第7章 未来を切り拓く選択
78話・気持ちの代弁者
しおりを挟むしばしの沈黙の後、翁崎 学は気を取り直した。
「えー、阿志雄くん?今のはどういう」
「ハイッ!穂堂さんとオレの交際を認めていただきたいと思いまして、こうして挨拶に参りました!」
「うん???」
聞き間違いかと思って聞き返すが、どうやらそうではないらしい。目の前に正座する青年は至極真面目な表情で学を見上げ、隣に座る穂堂も不安そうな顔で反応を待っている。
これではまるで娘の恋人から結婚の許しを請われている父親のようではないか。確かに学は親代わり、兄代わりという立場ではあるが、当の穂堂は成人済みの男である。まさかそんな挨拶を自分がされる日が来ようとは。しかも男に。
「えー……と、つまり、以前からそういった関係だったということかな?」
以前、阿志雄と休日に一緒に遠出したからと土産をもらったことがある。あの時から交際をしていたのか。
こめかみを押さえ、必死に頭を働かせて言葉を選ぶ。偏見はないが、まさか身内が同性の恋人を連れてくるとは思ってもおらず、学は表情を取り繕うだけで精一杯だった。
「あ、いえ。交際すると決めたのは昨日です」
「昨日!?」
穂堂からの補足に対して反射的に聞き返してしまい、学は大きく咳払いをして体裁を整えた。
「と、徹が良いのなら反対はしない。というか、大人なのだから私に許可を求めなくても」
「そういうわけにはいきません!」
ずいぶん義理堅い性格だと思ったが、すぐに違うと気付く。
穂堂の実の両親は既に他界しており、恋人が出来ても紹介すべき相手がいない。親代わりの学に直接顔を合わせて挨拶をするというプロセスを踏むことで、穂堂に家族らしいイベントを体験させているのだろうか。どちらにせよ生半可な覚悟で出来ることではない。
その点で、阿志雄を信頼に足る人物であると判断する。
「──分かった。交際を認める」
形式に沿うよう応えると、阿志雄と穂堂は笑顔で手を取り合った。その様子だけでふたりの仲の良さが窺えて、学は自分のことのように嬉しく思った。
「徹のことだけが気掛かりだったが、阿志雄くんがそばに居てくれるなら大丈夫そうだな」
穏やかな表情でそう呟き、小さく息をつく。
株式会社ケルストの経営者兄妹による話し合いは難航しており、方針はまだ定まっていない。東京支社を本社化する代わりに本社をイチ営業所に落とす案を出され、学は迷っていた。社長の重責から逃げだしたい気持ちと、今まで支えてくれた社員たちや穂堂への想いの狭間で揺れている。
東京支社長の紡から言われていたように、穂堂を翁崎家に縛り続けて良いものかと悩んでいた。社長の椅子に座り続けるためには穂堂の精神的な支えが必要不可欠。それ故に、ずっと手放せずにいた。
「これでようやく徹を自由にしてやれる。……私は、社長の座から降りるよ」
翁崎家とケルストのことしか頭になかった穂堂に伴侶……支えてくれる存在が出来たというのならば思い残すことなく引退出来る。そう思い、学は初めて社長職を辞する決意を口にしたのだが……。
「ちょっと待ってください。引退なんかしてもらっちゃ困ります!」
ようやく下した大きな決断は、阿志雄によって即座に否定されてしまった。
「本社をイチ営業所にするなんて言語道断です。それで本当に穂堂さんが幸せになれると思ってるんですか」
「いや、しかし」
「社長だって分かってるでしょう。穂堂さんがどれだけ本社を大事に思っているか、一番近くでずっと見てきたんだから」
穂堂は阿志雄の隣に座ったまま、思い詰めた表情で俯いている。大恩ある学に対し、無理を強いていると感じているのだ。自分から要求を口に出来ず、阿志雄に代弁させていることを申し訳なく思っているのだろう。
家族だと言っておきながら直接言いたいことも言えないような関係しか築けなかった。己の不甲斐無さと身勝手さを恥じ、学は唇を噛んだ。
「……徹。おまえは今の本社が好きか?」
そう聞かれ、穂堂は目を見開き、何度も何度も頷く。必死に縋るような表情を向けられ、学は決意を翻した。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる