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ある騎士の復讐
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祖国ルードガレスはつい一年前まで、隣国ガリアフールと戦争をしていた。それは時の国王がガリアフールの王位継承権と領有権を主張したという、あまりにも一方的なものであった。
この戦いが間違っているのは、誰の目にも明白であった。けれども、父上は自分にこう告げた。
「アヴラム。騎士というものは主君の行いを正しいか誤りかを判断するのが役目では無い。忠誠を誓った国王陛下のため職務を全うする。それだけだ」
「……はい」
親子で交わした言葉はそれが最後だった。その後父上は国王の命令に忠実に従い、戦場で散ったのである。
代々騎士の家系ということもあり、その後俺は王立騎士団に入団した。そして父上と同じく、戦地でひたすらに剣を振った。けれども、自分の行いが間違っている、止めてしまいたいという思いは断ち切れないでいた。
一度だけ、その思いを口にしたことがある。その日の晩はやけに月の明るい夜だったのは、今でもよく覚えている。
「間違ってる……か。確かにそうかもしれないな」
俺の言葉を聞いて、幼なじみのジルは困ったように笑った。彼の家も代々騎士の家系であり、幼少期から交流があった。今思えば、彼のような存在を何でも言い合える親友と呼ぶのだろう。
「きっとこの戦いが終わったら結果はどうであれ、俺らは何かしらの罪悪感を抱えながら生きていくのも、残念ながら事実だろうな」
傷口を擦りながらジルは淡々と言ってのけた。本来であれば野戦病院で治療すべきであるが、戦いが長期化したことで医療物資もベッドも不足していた。そのため俺達は''軽傷''とみなされ、戦地に再び投げ出されたのである。
「でもな、苦しむのはお前一人じゃない。目の前に……もう一人いるだろう?」
包帯の巻かれた手で自らを指し示しながら、ジルは朗らかに笑った。彼の持つ前向きさに助けられたことは、自分の人生で数え切れないほどあったのは事実である。
「愚痴だの文句の言い合いながら、これからも何とかして生きていこうぜ。何かしら生き抜く手立てはあるはずだ」
「……そうだな」
傷跡だらけでボロボロになった拳をぶつけ合い、俺達は笑い合った。
「さて。そろそろ交代で仮眠を取ろう。俺は今目がやたら冴えてるから、先に寝ていいぞ、アヴラム」
「分かった。悪いな」
そう言って、俺は眠りについた。心のそこから安心して眠ったのは、それが最後であった。
目を覚ました夜明け前、ジルは息を引き取っていたのである。俺は必死に身体を揺り動かしたが、彼が目を覚ますことは無かった。
急激に容態が悪化したのか、凍死だったのか、死因は定かでは無い。しかし、そんな些細なことはどうでも良かった。友人を亡くしたことが覆ることは無いのだから。
その後ルードガレス国王の死去を機に、大国の仲裁によりガリアフールとは停戦合意が成された。新国王は戴冠式の際、二度と悲惨な争いを起こさないと国民に誓った。そして、戦争で功績を残した者には爵位や褒賞を十二分に与えて、戦争を''終結''とした。
本当に、都合の良い話だ。
父親も旧友も、戦争で死んだ。その行き場の無い憎悪と心に残った傷痕は、終戦後も自分を苦しめることとなる。
夜の訪れが恐ろしくなり、俺は一人で眠りにつくことが出来なくなっていた。誰でも良い、傍にいて欲しかった。そして娼婦に金貨を握らせては、抱いて眠る日々が続いた。
そんな折、俺はとある夜会でカトリーナと出会うこととなる。彼女はルードガレスの兄弟国ドルシナウの王女であり、穏やかな性格と清楚な外見から《聖女》と呼ばれ、自国民から慕われていた。
兄弟国と言えどルードガレス国王が私利私欲の為に他国に侵攻したという開戦に至った経緯はひた隠しにされていた。それにより、カトリーナは戦争について無知であった。
自分が戦地で血みどろの争いに身を投じている時、この女は幸せな結婚を夢見て楽しく生活していたという事実は、これ以上無い程の憎悪を湧き上がらせた。
そして俺は、カトリーナを壊すことを密かに決意する。ルードガレス王室とドルシナウ王室は血縁関係にあるため、それはルードガレス王室への復讐でもあった。
誠実な男を装って近寄ると、あっという間にカトリーナは自分に惚れた。温室で大切に育てられていた花も手折るのは容易であるなんて、何とも皮肉なことである。
ガラスの花瓶は高い場所から落とした方が、激しく割れる。だから俺は、その為に着々と準備を進めた。
わざと香水くさい女を抱いて移り香を残し、カトリーナの不安を煽った。しかし浮気を認めたくない彼女は、自分を面と向かって問い詰めることは無かった。無理矢理作り笑いを浮かべ、自分に愛想を振りまくばかりであった。
世間知らずの馬鹿女が辛さに耐える姿を見るのは、この上無く快感であった。夫に裏切られただけでこんなにも傷付くものかと内心ほくそ笑んでいた。
この女にこれだけ苦しみを与えられるのは自分だけであるという自負は、いつしか心の支えにすらなっていた。彼女が内側から崩壊していく様を見るのが楽しみで仕方なかったのである。
それが、どうしたことか。
化粧師に口紅を塗られて喜ぶカトリーナの姿を見て、自分の中の歯車が狂うのを感じた。そして気付いたのだ。自分以外の男に彼女の目が向いているのが許せないのだと。全ての感情を自分に向けさせたい、この女の全てを奪い、粉々に崩したいのだと。
そして破壊衝動の赴くまま、俺は無理矢理にカトリーナを抱いた。否、犯したと言った方が正しいだろう。
化粧で綺麗に整えられた顔は、涙によりぐちゃぐちゃになった。その胸の内が自分への恐怖と憎悪で満たされているのは確実であった。
全部完璧だった。しかし、俺の中には何か満たされぬ思いが心の片隅に残っていた。
底に穴の空いたバケツのように満たされない。何故だかは自分でも分からなかった。
「嫌、嫌あああ!!」
その苛立ちをぶつけるように、俺は何度も嫌いな女の中に精を放ったのである。
この戦いが間違っているのは、誰の目にも明白であった。けれども、父上は自分にこう告げた。
「アヴラム。騎士というものは主君の行いを正しいか誤りかを判断するのが役目では無い。忠誠を誓った国王陛下のため職務を全うする。それだけだ」
「……はい」
親子で交わした言葉はそれが最後だった。その後父上は国王の命令に忠実に従い、戦場で散ったのである。
代々騎士の家系ということもあり、その後俺は王立騎士団に入団した。そして父上と同じく、戦地でひたすらに剣を振った。けれども、自分の行いが間違っている、止めてしまいたいという思いは断ち切れないでいた。
一度だけ、その思いを口にしたことがある。その日の晩はやけに月の明るい夜だったのは、今でもよく覚えている。
「間違ってる……か。確かにそうかもしれないな」
俺の言葉を聞いて、幼なじみのジルは困ったように笑った。彼の家も代々騎士の家系であり、幼少期から交流があった。今思えば、彼のような存在を何でも言い合える親友と呼ぶのだろう。
「きっとこの戦いが終わったら結果はどうであれ、俺らは何かしらの罪悪感を抱えながら生きていくのも、残念ながら事実だろうな」
傷口を擦りながらジルは淡々と言ってのけた。本来であれば野戦病院で治療すべきであるが、戦いが長期化したことで医療物資もベッドも不足していた。そのため俺達は''軽傷''とみなされ、戦地に再び投げ出されたのである。
「でもな、苦しむのはお前一人じゃない。目の前に……もう一人いるだろう?」
包帯の巻かれた手で自らを指し示しながら、ジルは朗らかに笑った。彼の持つ前向きさに助けられたことは、自分の人生で数え切れないほどあったのは事実である。
「愚痴だの文句の言い合いながら、これからも何とかして生きていこうぜ。何かしら生き抜く手立てはあるはずだ」
「……そうだな」
傷跡だらけでボロボロになった拳をぶつけ合い、俺達は笑い合った。
「さて。そろそろ交代で仮眠を取ろう。俺は今目がやたら冴えてるから、先に寝ていいぞ、アヴラム」
「分かった。悪いな」
そう言って、俺は眠りについた。心のそこから安心して眠ったのは、それが最後であった。
目を覚ました夜明け前、ジルは息を引き取っていたのである。俺は必死に身体を揺り動かしたが、彼が目を覚ますことは無かった。
急激に容態が悪化したのか、凍死だったのか、死因は定かでは無い。しかし、そんな些細なことはどうでも良かった。友人を亡くしたことが覆ることは無いのだから。
その後ルードガレス国王の死去を機に、大国の仲裁によりガリアフールとは停戦合意が成された。新国王は戴冠式の際、二度と悲惨な争いを起こさないと国民に誓った。そして、戦争で功績を残した者には爵位や褒賞を十二分に与えて、戦争を''終結''とした。
本当に、都合の良い話だ。
父親も旧友も、戦争で死んだ。その行き場の無い憎悪と心に残った傷痕は、終戦後も自分を苦しめることとなる。
夜の訪れが恐ろしくなり、俺は一人で眠りにつくことが出来なくなっていた。誰でも良い、傍にいて欲しかった。そして娼婦に金貨を握らせては、抱いて眠る日々が続いた。
そんな折、俺はとある夜会でカトリーナと出会うこととなる。彼女はルードガレスの兄弟国ドルシナウの王女であり、穏やかな性格と清楚な外見から《聖女》と呼ばれ、自国民から慕われていた。
兄弟国と言えどルードガレス国王が私利私欲の為に他国に侵攻したという開戦に至った経緯はひた隠しにされていた。それにより、カトリーナは戦争について無知であった。
自分が戦地で血みどろの争いに身を投じている時、この女は幸せな結婚を夢見て楽しく生活していたという事実は、これ以上無い程の憎悪を湧き上がらせた。
そして俺は、カトリーナを壊すことを密かに決意する。ルードガレス王室とドルシナウ王室は血縁関係にあるため、それはルードガレス王室への復讐でもあった。
誠実な男を装って近寄ると、あっという間にカトリーナは自分に惚れた。温室で大切に育てられていた花も手折るのは容易であるなんて、何とも皮肉なことである。
ガラスの花瓶は高い場所から落とした方が、激しく割れる。だから俺は、その為に着々と準備を進めた。
わざと香水くさい女を抱いて移り香を残し、カトリーナの不安を煽った。しかし浮気を認めたくない彼女は、自分を面と向かって問い詰めることは無かった。無理矢理作り笑いを浮かべ、自分に愛想を振りまくばかりであった。
世間知らずの馬鹿女が辛さに耐える姿を見るのは、この上無く快感であった。夫に裏切られただけでこんなにも傷付くものかと内心ほくそ笑んでいた。
この女にこれだけ苦しみを与えられるのは自分だけであるという自負は、いつしか心の支えにすらなっていた。彼女が内側から崩壊していく様を見るのが楽しみで仕方なかったのである。
それが、どうしたことか。
化粧師に口紅を塗られて喜ぶカトリーナの姿を見て、自分の中の歯車が狂うのを感じた。そして気付いたのだ。自分以外の男に彼女の目が向いているのが許せないのだと。全ての感情を自分に向けさせたい、この女の全てを奪い、粉々に崩したいのだと。
そして破壊衝動の赴くまま、俺は無理矢理にカトリーナを抱いた。否、犯したと言った方が正しいだろう。
化粧で綺麗に整えられた顔は、涙によりぐちゃぐちゃになった。その胸の内が自分への恐怖と憎悪で満たされているのは確実であった。
全部完璧だった。しかし、俺の中には何か満たされぬ思いが心の片隅に残っていた。
底に穴の空いたバケツのように満たされない。何故だかは自分でも分からなかった。
「嫌、嫌あああ!!」
その苛立ちをぶつけるように、俺は何度も嫌いな女の中に精を放ったのである。
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