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お別れまでの日々
四十六、
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お別れに気づいた翌日の朝、いつものように目が覚めた。ケリーのいる方に顔を向けて、料理をしている後ろ姿を見る。
昨夜、寝る前は残りの日々がどうなってしまうのだろうという不安があった。ケリーも気まずいだろうし俺は悲しみに耐えることができるだろうかと。しかし、母が亡くなった夢を見たことで、まだ猶予がある分できるだけ穏やかに過ごそうと決心がついた。そのおかげかは知らないが、今はケリーを見ても心が乱れることは無かった。
(まだ一週間……いや、六日か。残された日はある。)
少しでも、この共同生活を楽しもうと改めて心に決めて、起き上がった。昨夜血を吸われたおかげで体が軽い。
そういえば俺が起きる時にいつもベッドの上にいるテテが見当たらないと、辺りを見回す。すぐにテーブルの脚から覗くように俺をじっと見るテテに気づいて笑いかけた。
「テテ、おはよ」
「ぴゃー……」
小さな声だ。今も傷ついているのか、夜中俺が魘されていたことにまだ驚いているのか、元気が無い。申し訳なさを感じたが、それを表情に出さないように優しく呼びかけた。
「昨日はごめんね。おいで」
呼びかけた声に耳をピンと立てて、次の瞬間ベッドに駆け上がってきた。腕をつたって肩に乗り、俺の頬に擦り寄ってくる。
「テテは眠れた?」
「ぴゃー!」
「そう、良かった」
元気になった声にホッとしていると頭を撫でられる感触がした。驚いて、テテから視線を外すとケリーがすぐ傍で立っていた。全然気づかなかったが、優しく笑いかけられて安心する。
「おはよ、清飛」
ベッドに腰掛けて、ケリーが言う。
「おはよ」
「あの後から眠れた?体しんどくない?」
「うん、大丈夫」
ケリーと出会うまではよくあったのだ。何度もあの光景を見るのは辛いが、慣れている。しかも、これまでは一人だったが今のうちはケリーがいてくれる。緩やかに心は凪ぎ、心配されるようなことはなかった。
「テテがあの後ずっと心配してた。清飛が起きるまでは枕元にいたんだよ。夜食にアーモンド一粒あげようとしても食べなかったし」
「ぴゃ!」
テテが「言うな!」と抗議するように短く鳴く。テテは言ってほしくなかったようだが、ずっと傍にいてくれたこと、アーモンドも食べられないくらい心配してくれていたと知って愛しさがこみあげてくる。
「そう……テテ、ありがとね」
「ぴゃー!」
テテの頭を指で撫でようとすると、その指にギュッと抱きついてきた。初めてされた行動に目を見開く。好きだよと言ってくれているようで嬉しかった。
(可愛い。)
酷いことを言ったのをテテは許してくれて、魘されていたことを心配して慰めようとしてくれて、そして応えるように好きだよと示してくれた。賢い子、優しい子。不思議な生き物だけど、この子に出会えて良かったと思った。別れの日がくるのは寂しいけど、仲違いして別れなくてよかった。
「いいな、テテ」
「え?」
ケリーが羨ましそうに言った言葉を不思議に思い、聞き返すとはっとして「いや、なんでもない!」と慌てたように手をブンブンと振った。何を慌てる必要があるのだろうかと首を傾げるが、まあいいかと何も言わずにいた。
「朝ごはん、なに?」
「フレンチトースト!清飛好きだよね」
「うん、好き」
昨日の会話があっても、俺の好きな物を作ってくれて嬉しい。心がほわほわして、温かい。
「ありがと、作ってくれて」
そう言ってベッドからおり、立ち上がった。
朝ごはんを食べ、ケリーから弁当を渡された。
「今日はオムライスにしてみたよ!別の容器にケチャップ入れてるから、かけて食べてね」
「すごい、お弁当にオムライス」
食べるのが楽しみだなとそう思ったのも束の間、昨日の昼休憩で清水とオムライスの話をしたのを思い出した。そして芋蔓式に、昨日の会話を思い出す。
(そうだ、清水に心配をかけたままだ。)
昼休憩の後半からの記憶が曖昧で、帰る間際にも気にかけて声をかけてくれたことを今更ながら思い出した。
『杉野、大丈夫?』『ごめん、何か不安にさせるようなこと言った?』『また明日。何かあったらメッセージ送って』
そのようなことを言ってくれていたと思う。清水が謝るようなことは何一つ無いし、またいらぬ心配をかけてしまった。しかも、ケリーがオムライスの話題を出す今の今までそのことを忘れてしまっていた。
(心配かけたこと、ちゃんと謝ろう。)
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!気をつけて!」
「ぴゃー!」
ケリーに頭を撫でられて、アパートを出た。若干曇っていて、今年も梅雨入りが早そうだとぼんやりと思った。
昨夜、寝る前は残りの日々がどうなってしまうのだろうという不安があった。ケリーも気まずいだろうし俺は悲しみに耐えることができるだろうかと。しかし、母が亡くなった夢を見たことで、まだ猶予がある分できるだけ穏やかに過ごそうと決心がついた。そのおかげかは知らないが、今はケリーを見ても心が乱れることは無かった。
(まだ一週間……いや、六日か。残された日はある。)
少しでも、この共同生活を楽しもうと改めて心に決めて、起き上がった。昨夜血を吸われたおかげで体が軽い。
そういえば俺が起きる時にいつもベッドの上にいるテテが見当たらないと、辺りを見回す。すぐにテーブルの脚から覗くように俺をじっと見るテテに気づいて笑いかけた。
「テテ、おはよ」
「ぴゃー……」
小さな声だ。今も傷ついているのか、夜中俺が魘されていたことにまだ驚いているのか、元気が無い。申し訳なさを感じたが、それを表情に出さないように優しく呼びかけた。
「昨日はごめんね。おいで」
呼びかけた声に耳をピンと立てて、次の瞬間ベッドに駆け上がってきた。腕をつたって肩に乗り、俺の頬に擦り寄ってくる。
「テテは眠れた?」
「ぴゃー!」
「そう、良かった」
元気になった声にホッとしていると頭を撫でられる感触がした。驚いて、テテから視線を外すとケリーがすぐ傍で立っていた。全然気づかなかったが、優しく笑いかけられて安心する。
「おはよ、清飛」
ベッドに腰掛けて、ケリーが言う。
「おはよ」
「あの後から眠れた?体しんどくない?」
「うん、大丈夫」
ケリーと出会うまではよくあったのだ。何度もあの光景を見るのは辛いが、慣れている。しかも、これまでは一人だったが今のうちはケリーがいてくれる。緩やかに心は凪ぎ、心配されるようなことはなかった。
「テテがあの後ずっと心配してた。清飛が起きるまでは枕元にいたんだよ。夜食にアーモンド一粒あげようとしても食べなかったし」
「ぴゃ!」
テテが「言うな!」と抗議するように短く鳴く。テテは言ってほしくなかったようだが、ずっと傍にいてくれたこと、アーモンドも食べられないくらい心配してくれていたと知って愛しさがこみあげてくる。
「そう……テテ、ありがとね」
「ぴゃー!」
テテの頭を指で撫でようとすると、その指にギュッと抱きついてきた。初めてされた行動に目を見開く。好きだよと言ってくれているようで嬉しかった。
(可愛い。)
酷いことを言ったのをテテは許してくれて、魘されていたことを心配して慰めようとしてくれて、そして応えるように好きだよと示してくれた。賢い子、優しい子。不思議な生き物だけど、この子に出会えて良かったと思った。別れの日がくるのは寂しいけど、仲違いして別れなくてよかった。
「いいな、テテ」
「え?」
ケリーが羨ましそうに言った言葉を不思議に思い、聞き返すとはっとして「いや、なんでもない!」と慌てたように手をブンブンと振った。何を慌てる必要があるのだろうかと首を傾げるが、まあいいかと何も言わずにいた。
「朝ごはん、なに?」
「フレンチトースト!清飛好きだよね」
「うん、好き」
昨日の会話があっても、俺の好きな物を作ってくれて嬉しい。心がほわほわして、温かい。
「ありがと、作ってくれて」
そう言ってベッドからおり、立ち上がった。
朝ごはんを食べ、ケリーから弁当を渡された。
「今日はオムライスにしてみたよ!別の容器にケチャップ入れてるから、かけて食べてね」
「すごい、お弁当にオムライス」
食べるのが楽しみだなとそう思ったのも束の間、昨日の昼休憩で清水とオムライスの話をしたのを思い出した。そして芋蔓式に、昨日の会話を思い出す。
(そうだ、清水に心配をかけたままだ。)
昼休憩の後半からの記憶が曖昧で、帰る間際にも気にかけて声をかけてくれたことを今更ながら思い出した。
『杉野、大丈夫?』『ごめん、何か不安にさせるようなこと言った?』『また明日。何かあったらメッセージ送って』
そのようなことを言ってくれていたと思う。清水が謝るようなことは何一つ無いし、またいらぬ心配をかけてしまった。しかも、ケリーがオムライスの話題を出す今の今までそのことを忘れてしまっていた。
(心配かけたこと、ちゃんと謝ろう。)
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!気をつけて!」
「ぴゃー!」
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