陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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忘れていたこと

三十九、

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 「ああ、恋人かどうかだと思ってるかってこと?」

休み明けの月曜日、誤解を解くために話しかけようとしたが、清水は朝練があるし授業の合間は短すぎるしで結局昼休憩になってしまった。
 清水の様子は普段となにも変わらなかった。朝ギリギリに来て「おはよ。今日も後輩が可愛かった」と無表情で言っていた。その後も「次の授業なんだっけ?」と聞いてくるくらいしか話さなかった。あまりにも普段通りなのでもういいかとも思ったが、迷惑がかかるのはケリーだと自分を奮い立たせ、例の件について話しかけた。だが、自分から言うのはなんだか恥ずかしくて回りくどい言い方になってしまった所を清水にストレートに言い当てられてしまった。

「……なんでそんな真っ直ぐ聞けるの?」
「別に可笑しいことでもないし。「あなたは犯罪者ですか?」とかだと流石に俺でも聞くのは躊躇うけど」
「極端すぎる」

 犯罪者かどうかなんて聞くタイミングあるのだろうか。しかし、清水にとってはあまり大事のようには思っていないようだったので少しホッとする。相手が男なのは別に重要では無いらしい。

「それで、恋人かどうかって話だけど別に思ってはいないよ」
「え、そうなの?」

てっきりそう信じ込まれている思っていたので拍子抜けする。

「本当にそうならおめでたいし分かり易いけど。色んな関係があるってことは周囲の人たちで体感したし。枠にはめるのもどうなんだろうってこの二年間で学んだから」
「なんか難しいんだけど」

この二年間に清水に何があったのだろうか。

「大丈夫、あんまり理解しないでいい。まあ、もし恋人同士になってもそうなんだとしか思わないから安心して。お祝いの品は送るかもしれないけど」
「ならないとは思うけど、分かった」

どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。昨日から悶々と考え込んでいたことが解決したことと、ケリーに迷惑をかけることにならなかったことに安心する。

「でも、良い人だね。島崎さん」
「あ、うん」

ケリーを島崎というのには慣れない。

「今日の弁当も島崎さんでしょ。毎日レパートリー違って羨ましい」

 清水が俺の弁当を覗き込んで言う。今日の弁当は生姜焼きだった。どうやって料理したのか冷めてもお肉が柔らかい。あと、「玉子焼き、甘くて好き」って言ったら毎日いれてくれるようになって嬉しかった。

「料理人だったらしい。なんでも美味しいけど、オムライスが綺麗に包まれてて綺麗だった」
「いいな、あれ難しそう。うちもよく破れまくった薄焼き卵がのったチキンライスが出てくる。美味しいけど」
「わかるかもしれない。お母さんが作るのはそうなってた。でもパカって開いてトロトロのやつより片目の薄焼き卵の方が好き」
「俺も」

意外なところで食の好みが合い、盛り上がった。こういう話をするのは初めてかもしれない。授業のことを少し話したら静かに過ごすことが多かった。

(オムライスで話が広がるとは。)

ケリーにまたも感謝した瞬間だった。

「っていうか、恋人かどうかよりも島崎さんとどうやって出会ったのかの方が気になるんだけど」
「あ、えっと……」
「言いづらい?」

いきなりそう聞かれて言葉に詰まった。道に倒れていて助けたなんて言ったら、なんで救急車を呼ばなかったのかと怪しまれるだろう。拒否されたあと吸血鬼だって知ったけど、そんなこと言える訳ないし。
 だが、どうも俺は嘘を吐くのが苦手なようだ。上手い言い訳は何もでてこない。まあ、吸血鬼だということさえ黙っておけばいいだろうと、正直に話し始めた。

「バイト帰りに道に倒れてたんだ。その日帰るの遅くて誰も周りにいなくて、仕方なく助けることにして。空腹だったみたいでカップ麺あげる為にアパートに連れていって……」
「待って待って待って待って」

清水が慌てたように制止させるので、話すのをやめる。

「ごめん、流石に予想の斜め上だった。え、ってことはその時からずっとアパートに?」
「うん、家事とかやってくれてる」
「危険な人だったらどうしたんだよ。なんでアパートに入れたの?」
「いや、あの……」
「バカ?」

いつもより語気の強い清水に少し圧倒され、言葉が尻すぼみになる。

「断るの面倒くさくて……」
「杉野の面倒くさがりは仕方ないけど、身の危険が迫るようなことを受け入れるのはどうかと思うよ。たまたま本当に困ってる人で、島崎さんが優しい人だったから良かったけど、酷い目に遭ってた可能性の方が高いし、そうなったら叔母さんも悲しむ」
「はい、ごめんなさい……」

何を考えているのか分からないが、基本的に普段の清水は優しいし色々と察して口は出さないでいてくれる。その清水にここまで言わせてしまうことが申し訳なく、そして少し怖かった。
 だが、その言葉の中に清水が心配してくれているのだと感じることができて同時に嬉しくも思った。一通り言うと、清水の怒りはすぐにおさまりいつもの無表情に戻った。

「……なんて、以前の杉野だったらそういうことするのも不思議じゃなかったかも。なんだかすごく危うかったし」
「危うかった?どこが?」

なんだか気になることを言われたので聞き返すと、「自覚なし?」と首を傾げられた。


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