陽気な吸血鬼との日々

波根 潤

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つかのま

三十八、

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 「お邪魔します……カレーのいい香り」

すぐにケリーの姿が見えたはずなのに、部屋に入って最初に出た言葉はカレーついてだった。

「こんばんは!食べてく?ごはんはまだあるし、足りなかったら冷凍の温めるし」
「じゃあ、いただきます」
「……」

清水が手を洗い、テーブルの空いたスペースに座るとケリーがカレーをよそって清水の前に置いた。

「どうぞ!たくさん食べてね!」
「いただきます。……美味しいですね」
「本当?良かった!」
「……」
「しっかりコクがある。何か隠し味とか入れてます?」
「おこのみソース入れてる!甘みが出て美味しいんだよ!」
「なるほど、家で作ってもらう時言ってみます」
「待って、なんでそんなに普通に会話してるの?」

暫く静かに見守っていたが、二人の様子が信じられずついに声をかけた。カレーを勧めるケリーもだが、見知らぬ人が作った料理を食べる清水もなんなんだ、怖くないのか。

「部活終わりでお腹空いてて。カレー勧めてくれたから、つい」
「休日にこの時間までってすごいね!お疲れさま!」
「ありがとうございます。杉野の知り合いですか?」
「うん、島崎っていいます。君は清水くんだよね。清飛から名前は聞いてるよ!」
「杉野が俺のこと話してくれてるなんて感動。はい、清水です」
(え、俺が過剰に反応してるだけ?これが普通?)

 普段通りの二人の様子に、もしかして俺が可笑しいのでないかと思いはじめる。ケリーがすっかり冷めたカレーを食べ始めたので俺も再度スプーンを手に取った。

「杉野の弁当って島崎さんが作ってるんですか?」
「うん、そうだよー!」

カレーを口に運ぼうとした手が止まる。

(ケリー、言うの?)
「毎日美味しそうで羨ましいです。杉野も嬉しそうにしてるし」
「簡単なものだけどね。清水くんはいつも清飛と一緒に食べてるの?」
「そうですね。俺と、時々もう一人います。俺と杉野は出席番号前後なんで、それで話しはじめて」
「なるほど!それで仲良くなったんだね!」
(いや、やっぱりこの状況は可笑しい。清水はケリーのことが気にならないのか?)

 さっきまで美味しく感じていたカレーの味が今ではよく分からない。そして、清水に対しても今までよく分からない男だと思っていたけどこんなにもよく分からない男だとは思っていなかった。
 異常な光景にうーん、と悩んでいると「杉野」と清水に呼びかけられた。

「なに?」
「別にそんなに悩まなくていい。良い人かそうでないかの区別はつく」
「へ?」

「ごちそうさま」と俺が悶々と考え込んでいる間に清水はもうカレーを食べ終えていた。

「最近の杉野、元気そうだし。良い環境に身を置いてるんだなって思ってた。意固地にならず安心できる場所にいられるならそれが一番」
「気にならない?ケイのこと」
「杉野が信頼できる人と暮らせてるならそれでいい。あ、水貰ってもいい?」

温かい清水の言葉にじーんとしていたのだが、変わらない調子に拍子抜けする。

「杉野の家に麦茶がある。感動」

ケリーが持ってきた麦茶を清水は一気に飲み干した。

「じゃあ、帰る」
「え、もう?」
「顔見にきただけだし。カレーいただいてむしろもてなされたけど。本当に大丈夫そうで良かった」

そうだ。そもそも清水は俺を心配して来てくれたのだ。ケリーの存在を隠そうと躍起になっていたからすっかり忘れてしまっていた。

「うん、ありがと清水」
「いや、勝手に来ただけだし」
「あ、ごめん!清水くん、ちょっと頼みがあるんだけど」

帰ろうと立ち上がりかけた所でケリーが清水に声をかけた。不思議そうな顔をしてまた座り直す。

「なんですか?」
「美恵子さんって分かる?清飛の叔母さんの」
「はい、超元気なお姉さんですよね」
(超元気なお姉さん……そういう認識なのか。)
「そう。ちょっと色々あって俺と清水くん友達ってことになってるんだ。だからもし美恵子さんに会うことがあればそう言う感じで話してほしい」
「なにその面白い状況。わかりました、いいですよ」

清水はあっさりと了承した。

「ありがとう!じゃあ敬語もさん付けも無くていいよ。っていうか普通に友達になりたい」
「友達は嬉しいです。でも俺、根っからの体育会系なので年上にいきなり敬語外すのは難しいです」
「……え?清水、ケイが年上ってわかるの?」

俺は最初同い年と思っていたし、美恵子さんもケリーのことは高校生だと疑っていなかった。見た目だけだと年上だと断言できそうにない。

「なんとなく雰囲気で。話し方とか声は大きくても落ち着いてるし、世話好きな感じがする。四、五歳くらい上じゃないですか?」
「……当たってる。二十二歳です」
「わーい」
(こんなに無表情なわーいは初めて聞いた。)
「でも一応同級生ってことになってるから、美恵子さんの前ではちょっと気をつけてくれる?」
「わかりました、努力します」

そう答えて、今度こそ清水は立ち上がった。

「一応伝えておきますが、フルネームは清水雪久ユキヒサです。清水でも雪久でも好きなように呼んでください」
「わかった!美恵子さんの前では清水って何度か呼んだし、ひとまずそう呼ばせてもらおうかな。俺は島崎京だから、こっちも好きに呼んで」
「じゃあ俺も名字呼びで。杉野もそうだし」

俺とケリーも立ち上がり、玄関まで清水を見送った。

「じゃ、杉野。また月曜日に」
「うん、来てくれてありがと。明日も部活頑張って」
「ありがと、島崎さんも。お邪魔しました」
「また来てね!」

後ろ姿を見送り、自転車に乗って去っていく清水が見えなくなった頃部屋の中に入った。

「なんか、すごい手強い子だった……!」

部屋に入った瞬間、ケリーは膝から崩れ落ちた。

「え、ケリー落ち着いてるように見えたけど」
「そう見せるように必死だったよ!気を抜くとすぐにのまれそうだっだ!誰なのか怪しまれた方がまだ落ち着いていられたよ。清水大物すぎる」

この世渡り上手な吸血鬼にそこまで言われるなんて清水は恐ろしい。やっぱり清水の不思議さってみんな感じる物なのだなと納得してしまった。

「ぴゃー?」
「ああ、テテ。隠れてたんだね。ごめんね」

カーテンの裏からテテがひょっこりと出てきた。清水からは見えない筈だが、びっくりしたのか本能的に隠れたんだろう。そういえば豆腐がのった皿が見当たらない。どこかに隠したのだろうか。

「ケリー、色々大変な目にあわせてごめん」
「いや、大丈夫。清水が本当に良い人なんだっていうのも同時に分かったから。でもよかった、ちゃんと口裏合わせてくれる約束とれたし」
「ああ、それは本当によかった……」

ケリーの言葉に思わずホッとしかけたが、ここである事実を思い出した。

(あれ?誤解解いてなくない?)

俺が呼び戻したのは清水の誤解を解くためで、友達だと口裏を合わせてもらおうと頼むのはその時は頭から抜けていた。結局、清水がケリーと俺のことをどう思っているのかは謎のままだ。
 今度は俺が膝から崩れ落ちた。

「え、清飛?どうしたの?」
「……なんでもない」
(月曜日にちゃんと清水に聞こう。なんか勘違いしていたらちゃんと訂正しよう。)

そう心に決めて、テーブルに戻り残ったカレーを電子レンジで温め直し、たいらげた。カレーは二日目が一番美味しいし、問題なく美味しく食べることができた。


 
 これまで不安にかられていた母の命日は、今年も苦しくなる程悲しい時間もあった。だけど、美恵子さんと大翔に会って、仁さんからメッセージを貰って、テテに癒されて、清水もわざわざ来てくれて、そしてケリーがずっと一緒にいてくれて……これまでのようなひたすら悲しみに耐えるような一日では無かった。バタバタとした一日ではあったけど、今は穏やかな心境でいられていることが嬉しかった。





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